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YOASOBI「アイドル」国際チャート1位の快挙に学ぶ、日本の音楽が世界で勝つ方法

徳力基彦noteプロデューサー/ブロガー
(出典:YOASOBI公式ツイッターアカウント)

YOASOBIの「アイドル」の勢いが止まりません。リリース後、国内のビルボードジャパンのチャートでは8週連続で首位を獲得。2位以下に大きな差をつけてトップを独走しています。

さらに注目すべき出来事は、6月10日付の米ビルボード・グローバル・チャート“Global Excl. U.S.”で日本語楽曲史上初の1位を獲得したことでしょう。

参考:YOASOBI、「アイドル」が米ビルボード・グローバル・チャート“Global Excl. U.S.”で首位獲得

もちろん、この“Global Excl. U.S.”は文字通り、米国を除いた国際チャートであるため、真の世界1位というわけではありません。

ただ、「アイドル」は”Global 200"というグローバルチャートにも、6週連続でランクインし現在9位にはいっており、日本の楽曲としては間違いなく大きな快挙であることは間違いありません。

しかも、こうした日本の楽曲のランクインは、日本だけの数値で達成されることもあるのですが、YOASOBIの楽曲は、特にYouTubeの動画が幅広い国で視聴されている点が特徴と言えます。

(出典:徒然研究室 ツイッターアカウント)
(出典:徒然研究室 ツイッターアカウント)

文字通り世界中にYOASOBIのファンが拡がっているわけです。

勝ちにいくと宣言した後に生まれた楽曲

実は今回の「アイドル」は、年始にYOASOBIのAyaseさんが「今年は明確に明瞭に、勝ちにいく。」と宣言した後に発表された楽曲である点が、業界でも注目されていました。

参考:異次元ヒットで世界14位。YOASOBIの「アイドル」は、日本の音楽業界の新しい扉を開くか

その「アイドル」がリリースされ異次元の快進撃がはじまってから2ヶ月。

AyaseさんやYOASOBIのチームが、世界で「勝ちにいく」ためにトライしたポイントが明確になってきましたので、まとめてみたいと思います。

特に注目したいポイントは下記の5点です。

■世界の音楽トレンドを意識

■「歌ってみた」コミュニティを意識

■「踊ってみた」コミュニティを意識

■世界のビルボードチャートを明確に意識

■世界のアニメファンを意識

一つ一つ見ていきましょう。

■世界の音楽トレンドを意識

当然のことながら、今回の「アイドル」の世界ヒットは、楽曲の力が最重要であることは間違いありません。

過去にも藤井風さんの「死ぬのがいいわ」など、楽曲の力によって世界で注目された曲は日本にも複数存在します。ただ、今回のYOASOBIのケースの凄さは、「アイドル」がたまたま世界に受けたのではなく、明らかに最初から世界を意識して創られていると思われる点です。

わかりやすいポイントは、今回の「アイドル」が従来のJ-POP軸ではなく、明らかにヒップホップの要素を軸にした作りになっている点でしょう。

日本ではヒップホップと聞くと、自分は聞かないという方がまだまだ多いと思いますが、世界の音楽のトレンドは明らかにヒップホップ中心になっています。

ビルボードジャパンのインタビューで、実はこの楽曲はAyaseさんが1年半前に「推しの子」のマンガを読んだ際に、インスパイアされながら楽曲を書いたものがベースになっており、YOASOBIとして発表する予定はなかったというくだりが印象的です。

参考:YOASOBIが語る「アイドル」誕生秘話、完璧で究極な“アイ”への想い

特に、冒頭で紹介したAyaseさんが影響を受けたNewJeansに代表されるように、最近のグローバルチャートでは、中毒性の強いサビの楽曲が音楽配信サービスによって繰り返し聞かれて上位にランクインする傾向があります。

今回の「アイドル」はそうした楽曲を参考にしながら、ある意味、従来のYOASOBIらしくない新しい挑戦をした曲だからこそ、大きなヒットにつながったということも言えそうです。

■「歌ってみた」コミュニティを意識

そんなYOASOBIとしては新しい挑戦となった今回の「アイドル」ですが、高速ラップなど、非常に難易度の高い楽曲になっています。

これはYOASOBI側が最初から意識してそうなったのかは分かりませんが、ある意味非常に挑戦し甲斐のある歌となっていたことが、楽曲公開直後にYouTubeの歌い手さんを中心に、多数の「歌ってみた」動画を生み出す結果になっていたようです。

「アイドル」のリリース直後のツイートのネットワークを分析された徒然研究室さんの記事を読むと、公式やアニメ関係のアカウントにまじって、無数の歌い手さんやVTuberによる「歌ってみた」動画が拡がりを見せていたことが分かります。

参考:YOASOBIさん「アイドル」の記録的人気をリツイートネットワークから可視化してみる

こうしたYouTubeやツイッター上の多数の「歌ってみた」動画の話題が、「アイドル」をYOASOBIファンや「推しの子」ファン以外の人たちにも届ける結果になっているわけです。

■「踊ってみた」コミュニティを意識

さらに、今回YOASOBI側が明確に意識していたことが、はっきり分かるのがTikTokを中心とした「踊ってみた」コミュニティです。

YOASOBIが「アイドル」の公開直後、TikTokライブを実施したことも非常に重要だったと考えられます。

参考:原点から踏み出す、YOASOBIの新たな一歩 | YOASOBI TikTok LIVE at THEATER MILANO-Za

ただ、YOASOBIのTikTok活用で特に注目したいのが、「アイドル」ではTikTokに複数パートを選択することができるようにしている点です。

通常は1曲につき1〜2パート程度であることが多いことを考えると、このアプローチは非常に象徴的と言うことができるでしょう。

「アイドル」は曲調がめまぐるしく変わる楽曲と言うこともあり、TikTokで使われるポイントもいくつも存在しますし、踊ってみたで使われるシーンも複数存在します。

明らかにミュージックビデオも、TikTokのトレンドを意識して作成されており、結果的に既に「アイドル」を使った動画がTikTokに29万本以上アップされる結果になっているのです。

(出典:TikTok検索画面)
(出典:TikTok検索画面)

2019年にリリースされたYOASOBIの代表曲である「夜に駆ける」の動画数が現時点で14万本であることを考えると、いかに「アイドル」の動画が凄い勢いでアップされているかが分かると思います。

TikTokの露出が海外での音楽のヒットにつながることは、既に藤井風さんの「死ぬのがいいわ」など複数のケースで明らかになっています。

参考:藤井風「死ぬのがいいわ」の世界的ヒットは、日本のアーティストの海外への扉を開くか

今回の「アイドル」のヒットにも明らかにTikTokの好影響があったと言えるでしょう。

■世界のビルボードチャートを明確に意識

さらに興味深いのは、YOASOBIが明らかに世界のビルボードチャートを明確に意識していると思われる点です。

象徴的なのは、今回の“Global Excl. U.S.”の1位獲得の大きな原動力となったと思われる、英語版「Idol」のリリースでしょう。

YOASOBIは、これまでも複数の楽曲を英語版にしてYouTubeにアップしてきましたが、今回は従来に比べると異例のスピードで英語版も公開。

5月6日にYOASOBIの公式ツイッターに収録中の様子の動画がアップされていたことを考えると、急遽前倒しで収録することにしたのかもしれません。

その結果、この英語版はYouTubeでは1週間で1000万再生されるなど大きな話題になります。

参考:「YOASOBI」英語版「Idol」が配信開始、なぜか日本語に聞こえる“空耳”マジックで海外ファン「完ぺき」「スペイン語版待ってる」

実は日本と異なり、ビルボードチャートのような海外のチャートでは、アレンジ曲や多言語曲なども合算してチャートに反映されるというのがポイントです。

これにより、一旦グローバルチャートで9位から10位へと落ち着きを見せていた「アイドル」のランキングも9位にアップし、“Global Excl. U.S.”での1位獲得という快挙を成し遂げる結果になっているわけです。

なお、ビルボードチャートの分析を日々されているイマオトさんのブログによると、海外のチャートは金曜が集計期間初日であることが多いため、今回のYOASOBIの「Idol」も明らかにそれを意識した形で金曜にリリースしていたようです。

参考:YOASOBI「アイドル」がGlobal Excl. U.S.を初めて制した理由、そしてYOASOBI側の巧さに触れる

しかも、YOASOBIの公式アカウントは、冒頭で紹介した“Global Excl. U.S.”の1位獲得のツイートを、米国の元ツイートが行われた16分後の午前5時45分という早朝にしています。明らかに、チャートの上位ランク入りを確信して、早朝の発表を待っていた、と考えられるわけです。

■世界のアニメ好きコミュニティを意識

もちろん、今回の「アイドル」がアニメ「推しの子」の主題歌であることが、スタートダッシュに大きく影響したのは間違いありません。

これまでにも、「鬼滅の刃」の主題歌であったLiSAさんの「炎」や、「チェンソーマン」の主題歌であった米津玄師さんの「KICK BACK」、「ONE PIECE FILM RED」の主題歌であったAdoさんの「新時代」など、アニメの主題歌がグローバルチャートで躍進する傾向があったことを考えれば、今回の「アイドル」もその延長線上にあると言えます。

特に今回のアニメ「推しの子」の放映においては、アニメの放映開始に先立って、第1話を90分拡大スペシャルとして制作。映画館で先行上映をするという非常に珍しい取り組みが行われ、それが「アイドル」リリース時のスタートダッシュにも好影響を明らかにもたらしていました。

Ayaseさん自身が漫画「推しの子」のファンであったからこその、ストーリーと連動した歌詞や楽曲と言うことも、「推しの子」ファンに強く歓迎されたポイントであったことも間違いありません。

ただ、一方で「推しの子」の知名度は、ワンピースやチェンソーマンなどに比べると、まだまだ世界では低いのが現状です。

アニメの主題歌だから海外でも必ずヒットするというわけではなく、YOASOBIや関係者の様々な努力があったからこそ、今回の大ヒットにつながっているというのは忘れてはいけないポイントであるように感じます。

米国ツアーでさらにファンを増やすはず

現在、YOASOBIは、「電光石火」と名付けられたアリーナツアーの真っ最中ですが、なんと8月にはLAの「Head In The Clouds」というフェスへの出演が予定されているとのこと。

まさに、本気で世界を目指しているからこその取り組みと言えるでしょう。

昨年はTravis Japanが米国留学に挑戦し、アメリカズゴット・タレントで準決勝進出を果たしたことなどがアメリカの音楽会社の目にとまり、米国でデビューを果たしたことが大きな話題になりましたが、おそらくYOASOBIも米国でのフェス出演をきっかけに現地のメディアや関係者のファンを増やすことになるはずです。

YOASOBIが「夜に駆ける」の英語版をリリースし、大きな話題になったのは2021年6月の話です。

参考:YOASOBI「夜に駆ける」英語ver.衝撃の初解禁 ファンから反響「言葉遊びが詰まっている」「空耳アワーみたい」

それから2年。

世界で勝つためにどうすれば良いかを、YOASOBIや関係者の方々が一つ一つ積み上げてきたノウハウが、今回の「アイドル」に凝縮されているからこそ、ここまでの大ヒットにつながっているということなのかもしれません。

今後もYOASOBIの世界への挑戦に注目したいと思います。

noteプロデューサー/ブロガー

Yahoo!ニュースでは、日本の「エンタメ」の未来や世界展開を応援すべく、エンタメのデジタルやSNS活用、推し活の進化を感じるニュースを紹介。 普段はnoteで、ビジネスパーソンや企業におけるnoteやSNSの活用についての啓発やサポートを担当。著書に「普通の人のためのSNSの教科書」「デジタルワークスタイル」などがある。

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