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「父が愛した歌手」名指しで攻撃…金正恩の行動に国民も驚愕

高英起デイリーNKジャパン編集長/ジャーナリスト
金正恩氏(朝鮮中央テレビ)

日本でも活躍している韓国の歌手、キム・ヨンジャ。最近では「アモール・ファティ」がロングランヒットを続けているが、2001年に「第19回4月の春親善芸術祝典」の出演で平壌を訪れ、金正日総書記と面会するなど、北朝鮮とも縁が深い。

北朝鮮でもよく知られた韓国の歌手であるが、最近になって「キム・ヨンジャ禁止令」が下されたという。韓流コンテンツへの接触を禁じる命令はよくあることだが、個人名を出しての禁止は非常に異例のことだ。米政府系のラジオ・フリー・アジア(RFA)が報じた。

咸鏡北道(ハムギョンブクト)の情報筋によると、道内の安全局(県警本部)、保衛部(秘密警察)などに「キム・ヨンジャの歌を聞くことも歌うことも禁じよ」との批准課業、つまり金正恩総書記からの命令が下された。

(参考記事:【写真】夜な夜な金正日の「個人指導」に呼び出された天才美女パク・エラの運命

この話は、安全局に通う知人から聞いたものだという。キム・ヨンジャという個人名を出しての禁止令は初めてだとのことだが、北朝鮮国民の間での人気の高さを示している。

「キム・ヨンジャの歌は歌詞の内容も歌い方もここ(北朝鮮)の人たちの感情にピッタリハマり、心を掴まえて離さない」

上述の通り、キム・ヨンジャは金正日氏にも会ったことがある。北朝鮮国民の場合、最高指導者と席を同じくすることは、思想的に問題ないと認められたことを意味し、「謁見者」と呼ばれ、社会的に様々なメリットが与えられる。そんな謁見者の歌を禁止したことも、驚きとして受け止められている。

また、金正恩氏は最近、金日成氏、金正日氏の存在を格下げして、自らを最高指導者として位置づける作業に取り掛かったが、「キム・ヨンジャ禁止令」はこの一環でもあるようだ。

「先代(金正日氏)が好んでいた歌まですべてなくせという司法当局の指示に言葉を失う人もいる」(情報筋)

また、根強い韓流人気に対する当てつけとの見方もあるようだ。

「南朝鮮(韓国)の歌は人の生きざまを反映したもので、人気が高いのに、なぜ歌うのを禁じるのか」(北朝鮮国民)

しかし、キム・ヨンジャの歌のデータは、USBメモリやSDカードで全国に広がってしまっている。また、データを消したとしても人々の記憶から彼女の歌を消すことはできない。今後、当局が強硬姿勢に出るのか、命令そのものが有耶無耶になってしまうのか、注目される。

デイリーNKジャパン編集長/ジャーナリスト

北朝鮮情報専門サイト「デイリーNKジャパン」編集長。関西大学経済学部卒業。98年から99年まで中国吉林省延辺大学に留学し、北朝鮮難民「脱北者」の現状や、北朝鮮内部情報を発信するが、北朝鮮当局の逆鱗に触れ、二度の指名手配を受ける。雑誌、週刊誌への執筆、テレビやラジオのコメンテーターも務める。主な著作に『コチェビよ、脱北の河を渡れ―中朝国境滞在記―』(新潮社)『金正恩核を持つお坊ちゃまくん、その素顔』(宝島社)『北朝鮮ポップスの世界』(共著)(花伝社)など。YouTube「高英起チャンネル」でも独自情報を発信中。

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