「タバコをやめたい喫煙者」はどれくらい? 最新研究から「喫煙者の非合理的な心理」を考える
タバコが喫煙者自身の健康に悪影響があり、他者へも危害をおよぼすことは周知の事実だが、喫煙者はなぜタバコをやめられないのだろうか。そして、タバコをやめたい喫煙者はいったいどれくらいいるのだろうか。そんな喫煙者の心理を考える。
ほとんどの喫煙者が後悔するタバコ
いったい、どれくらいの喫煙者がタバコをやめたいと考えているのだろうか。日本人でタバコを吸ってもかまわない20歳以上の総人口は約1億人だ。喫煙率は18%程度になっているから(ただし、30代から50代の男性の喫煙率は30%以上)、喫煙者は約1800万人となる。
ちょっと古いが、2019年の厚生労働省の調査(※1)によると、喫煙者の約26%がタバコをやめたいと回答している。また、約31%が本数を減らしたいと考え、約14%がやめたいかやめたくないかわからないとし、28.5%が「やめたくない」と回答している。
よくわからないという回答がけっこういることで、喫煙者の心は揺れ動いているのがわかる。こうした数字をもとに、タバコをやめたいと考える喫煙者がもし1/4から1/3とすると、その数は450万人から600万人程度となる。一方、本数を減らしたいという回答を加えたタバコをやめるつもりのない喫煙者は1200万人から1350万人だ。
だが、タバコをやめたいという喫煙者が1/4から1/3という割合、本当なのだろうか。
米国の喫煙者1331人を対象にした調査によれば、タバコを吸い始めたことを後悔している喫煙者は71.5%いた(※2)。タバコをやめる気がない喫煙者は13.4%で、日本の28.5%より少なかった。また、喫煙者が肺がんを心配していることもわかった。
米国の喫煙者1284人を対象にしたオンライン調査によれば、喫煙者の80%以上がタバコを吸い始めたことを後悔し、禁煙できないことに対して不満を抱いていることがわかっている。また、肺がんにかかるのではないかと恐怖を感じている喫煙者も多かった(※3)。
合理的な判断や行動ができない
喫煙者は、得てしてタバコが健康にどんな悪影響を与えるか、自分で調べてよく知っている(※4)。また、喫煙によるニコチン依存により、自分の行動がコントロールされていることも理解している(※5)。
喫煙者の知識は、ご都合主義で正確といえないことも多いが(※4)、禁煙の効果を本心から知ったとき、喫煙者はタバコをやめる行動に移る。
生活習慣病や依存症の治療は、何より医師や医療関係者が患者の行動を変えるのではなく、患者自らの考えで患者自身の行動が変容することが大切だ。依存症の治療には、数多くの行動変容理論を統合して考えられたプロチャスカの段階(ステージ)モデルというものがある(※6)。
このモデルは、患者の関心の度合いや状況により、行動変容の段階を分類したものだ。段階ごとに適切な介入が提案されていて、患者はそれぞれの段階を行きつ戻りつしながら、最終的には行動変容を達成し、依存サイクルから離脱することができる。
だが、喫煙者の心理は、それほど合理的ではない。禁煙の困難さを知らずにタバコを吸い始めたことを後悔している喫煙者が多いことが示す通り、自分の意思を合理的な行動に反映しにくくなるからだ(※7)。
最新研究から喫煙者の心理と行動をみてみよう。
米国カリフォルニア大学サンフランシスコ校などの研究グループが、喫煙者52人(21歳から50歳、女性65.88%)を対象に、スマホやウエアラブル端末などを使った日記型のアンケート調査(Ecological Momentary Assessment、EMA、※8)を行い、「タバコを吸ったらもっとリラックスできそうだ」といった期待、「タバコは健康に悪そうだ」といったリスク認識、「タバコを吸うことで人間関係が良くなる」といった社会的な要因など、喫煙時の心理状態と行動の関係を調べた(※9)。
その結果、喫煙者によってタバコを吸う際の心理状態は、その状況や環境、誰と一緒にいたかなどによって様々であり、タバコのリスク認識も多様なことがわかった。ただ、喫煙者ごとの心理状態と行動は大きく変化することなく、ほぼ一貫していた。
共通するのは、リスク認識が不安定に変化し、タバコを吸う状況や環境などによって左右されやすく、それがタバコを吸おうとする行動(喫煙意図)に影響をおよぼしていることだ。
特に、一緒にいる人間が喫煙者である場合、次の一本を吸おうとする気持ちへの抵抗感を下げる傾向があった。これは喫煙所などに喫煙者が集まる心理に関係しているのかもしれない。
タバコ規制では、喫煙者の合理的な判断や認識に期待することが多いが、同研究グループは、喫煙者のリスク認識の脆弱性を考えれば新たなタバコ政策が必要になるだろうとしている。
喫煙者の「タバコをやめたい気持ち」というのは、けっこう揺れ動いている。常にそれは一定ではないし、依存症の特徴として合理的な判断や行動もしにくい。
だから「タバコをやめたい喫煙者」がどれくらいいるのかは正確にはわからない。ただ、タバコを吸い始めたことを後悔しているのだけは確かであり、社会全体で非喫煙者がタバコに手を出さないよう注意を喚起し、喫煙者をサポートしてタバコをやめるように支えていくことが大切だ。
※1:2019(令和元)年の国民健康・栄養調査
※2:Pratibha Nayak, et al., "Regretting Ever Starting to Smoke: Results from a 2014 National Survey" International Journal of Environmental Research and Public Health, Vol.14(4), 390, 6, April, 2017
※3:Terry Frank Pechacek, et al., "Reassessing the importance of ‘lost pleasure’ associated with smoking cessation: implications for social welfare and policy" Tobacco Control, Vol.27, Issue e2, 28, November, 2017
※4:Jon A. Krosnick, et al., "Perceptions of health risks of cigarette smoking: A new measure reveals widespread misunderstanding" PLOS ONE, doi.org/10.1371/journal.pone.0182063, 14, August, 2017
※5:James Balmford, Ron Borland, "What dose it mean to want to quit?" Drug and Alcohol Review, Vol.27, Issue1, 21-27, January, 2008
※6:J O. Prochaska, Carlo C. DiClemente, "Stages and Processes of Self-Change of Smoking- Toward An Integrative Model of Change." Journal of consulting and clinical psychology, Vol.51(3), 390-395, 1983
※7:Anna V. Song, et al., "When Health Policy and Empirical Evidence Collide: The Case of Cigarette Package Warning Labels and Economic Consumer Surplus" American Journal of Public Health, doi.org/10.2105/AJPH.2013.301737, 16, January, 2004
※8:EMA:デジタルデバイスを使い、回答者の記憶の間違いを少なくし、虚偽報告を防止するなどの効果のある調査方法。調査対象の時系列的な変化を知ることができる。
※9:Deanna M. Halliday, et al., "Variances in Smoking Expectancies Predict Moment-to-Moment Smoking Behaviors in Everyday Life" International Journal of Behavioral Medicine, doi.org/10.1007/s12529-024-10276-4, 3, April, 2024