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論文不正の告発を受けた東京大学(1) どこまで調査をするのか?

詫摩雅子科学ライター&科学編集者
東京大学が揺れている(写真は東大・安田講堂)(写真:アフロ)

東京大学は、この夏に2回にわたって届いた研究不正の告発書を受けて、規程に従って予備調査を行い、正式に調査に入ると9月20日に発表した。医学部を中心とした6つの研究室から出ている合計22本の論文で、不自然な点があるという。6つの研究室の主宰者は、いずれもその分野では名前の知れた大物教授ばかりだ。国から受けている研究費の額も大きい。

研究不正に対する措置を定めた「東京大学科学研究行動規範委員会規則」によれば、調査の実施を決めたら、そのことを本人(不正の疑いを告発された研究者)に知らせ、30日以内に調査を開始、原則として150日以内に調査結果に基づいた裁定することになっている(規則の第8条と第11条)。すでに本調査が始まっている可能はあるが、遅くとも10月20日には着手し、2017年春には結果が出ることになる。

今回の告発を東京大学はどのように処理するだろうか? 早々の幕引きを図ろうとしたSTAP細胞事件の理化学研究所のときのように、対応の仕方をあやまると、アカデミアの自浄能力がまた疑われることになる。それは日本の科学のためにならない。

お盆の時期に来た1通目

これまでの経緯を振り返っておこう。8月中旬に東京大学に研究不正に関する最初の申立書(告発書)が届いた。内容は医学部の4人の教授が主宰する研究室からの合計11本の論文に不自然な点が見られるというもの。指摘の内訳は、以下の通りだ。

・A教授研究室から2003年から2013年に発表された7本

・B教授研究室から2011年発表の1本

・C教授研究室から2013年発表の1本

・D教授研究室から2014年と2015年に発表された計2本

(A、Bなどは名前のイニシャルとは無関係。以下同。告発書ではもちろん名指し)。

東京大学はこの申立を受けて8月23日に予備調査を開始した。

予備調査をするとは「告発に合理性がある」

「東京大学科学研究行動規範委員会規則」(以下、規則)の第8条を読み解くと、予備調査に入るということは2つのことを意味している。1つは告発書の内容に(少なくとも一部は)科学的な合理性が認められたこと。かみ砕いて言えば、単なる“いちゃもん”ではなく、論文のデータに告発書が指摘したような「不自然さ」を大学側が認め、調査の必要ありと判断したということだ。もう1つは、対象となっている論文がそれほど古くなく、生データなどの記録が残っているだろうと判断したことを意味する。

2通目が届く

この予備調査のおそらく最中にあたったはずだが、9月1日までに東京大学は2通目の告発書を受け取る。今度は2人の教授、11本の論文が挙げられていた。

・医学部のE教授研究室から出ている2015年の3本と2016年の1本の合計4本

・分子細胞生物学研究所(分生研)のF教授研究室から2005年から2015年に出された7本

ネットにはその前から流れていたようだが、大手メディアがこの件を報じたのは9月1日からだ。

9月20日の日本経済新聞の報道を見ると、2通目についても予備調査をしていたようで、20日付で本格的な調査に移行すると東京大学は発表した。

本格調査をするとは「不正の疑いがある」

予備調査を経て、本格的な調査に入るとはどういうことか? 端的に言えば、予備調査で「シロ判定」とできなかったことを意味している。それほど長くないので、東大の規則を引用しよう(太字は筆者)。

第9条 委員会は、前条の予備調査の結果に基づき、不正行為が存在する疑いがあると判断する場合には、第4条の2の調査委員会に第10条及び第10条の2に規定する調査その他の手続(以下「調査等」という。)を行わせるものとし、不正行為が存在する疑いがないと判断する場合には、調査等を行わない

出典:東京大学科学研究行動規範委員会規則

調査をすることが決まっても、すぐに始まるわけではなく、30日の猶予がある。規則の第9条の2項以下を時系列で整理すると、まず調査委員会のメンバーを仮決めするようだ。そして、告発をされた本人に調査することを告げ、調査への協力を求める。同時に調査委員会のメンバーも伝える。これは、告発をした人(今回は匿名)にも伝えられる。

告発をした人もされた人も、調査委員会のメンバーに対して異議を唱えることができる。委員長がその異議申立に「理由があると認める場合」は、メンバー交代となるようだ。異議申立は調査の実施を告げられてから7日以内とあるが、何人までの交代が可能かなどの記述はない。

今回の調査委員会のメンバーや異議申立が行われたかどうかは、公表されていないが、本人からの異議申立を受けてメンバーを替えたりしていたら、30日くらいはおそらくすぐに経ってしまうだろう。

疑義の図だけで終わらせる?

東大の規則を読み返すと、調査委員会に外部の人を入れることや、調査委ができる調査方法(生データの提出を求める、証拠隠滅を防ぐため研究室への立ち入りを禁止するなど)などに関しては記述がある。しかし、告発を受けて、どこまで調査の範囲を広げるかについては記述がない。

今回に限らず、多くの研究不正の疑義の告発では、「Nature誌2012年の論文の図2」などといった個々の図版が指摘される。1本の論文のすべての図版で疑義が指摘されることはまれだ。規則に記述がない以上、調査委員会は指摘された図だけ(上の例では図2だけ)を調べてすませることも可能になるだろう。これが、おそらく最低限の調査だ。

研究機関が最低限の調査ですませようとした例は、直近にある。STAP細胞騒動を思い出していただきたい。当初、理研の調査委員会は、指摘された項目の一部だけを調査して不正判定をし、早期の幕引きを図った。しかし、後から後から疑義が噴出し、結果、最初の報告書から4カ月もたたない7月末に、日本学術会議の幹事会が声明を出し理研に対して「2つの論文にどれだけの不正が含まれていたかを明らかにするべき」と要望する異常事態になった。9月に発足した第二次調査委員会では、論文に掲載された図版を広く調べ、クロ判定の図を新たに指摘しただけでなく、“疑わしいがデータ等の提出がないため判定できない”という図を多数、列挙するという結果になった。この対応のマズさが、理研の評判をどれほど落としたか、日本の生命科学者でもう忘れたという人はいないだろう。文部科学省も忘れてはいまい。

今回の告発では、医学部のA教授と分生研のF教授は、7本の論文で疑義を指摘されている。指摘された論文の発表期間はともに10年に及ぶ。今年と去年の論文4本で告発されている医学部のE教授は、不正が行われた別の大規模研究でのとりまとめ役だった。患者さんにすでに使われている薬の付加価値に関わる研究でのデータ改竄で、利益相反の問題もあり、大問題となった事件だ。

研究不正には、常習性があることが過去の例から指摘されている。10年にわたる論文で仮に不正があったとなれば、それはその研究室の“文化”になっている可能性もあるだろう。指摘された論文だけでなく、すべての論文を調べる必要があるのではないだろうか。真正ではないデータを載せた論文が訂正も撤回もされずに残るのは、科学のためにならないからだ。

全論文を調べた加藤茂明氏の事例

すべての論文を調べるのには、大変な労力がかかるが、東大の分生研には前例がある。加藤茂明氏の調査の時には、告発者からの指摘のあった24本の論文だけでなく、加藤氏が東大在籍中の16年間に出された165本の論文をすべて調査した(加藤氏が責任著者となっているか、加藤氏の研究室メンバーが筆頭著者になっている論文)。結果、指摘された24本をはるかに上回る60本の論文で不正が行われた疑いがあるとされ、さらなる調査の結果、51本に「科学的に不適切な図を含むと判断」されている。

全論文調査をした方が良い理由は、不適切なデータのある論文を排除すること以外にもある。不正に関与した人・しなかった人の特定だ。

今回の告発書に名前の出ているのは教授だけだが、実態としては告発を受けたのは研究室全体である。教授が不正の指示をしたとは限らず、研究室の特定のメンバーだけが改ざんや捏造を行い、それを教授が見抜けなかった可能性もある(その可能性は低くない)。この場合、たまたま同じ研究室にいただけで、一切,不正に関わっていないメンバーもいるはずだ。

分生研での調査の前例である加藤研の調査を見てみよう。告発されたのは24本の論文だったが、全論文165本をしらべ、51本からおかしな図版を見つけている。逆に言うと残りの114本からは見いだせなかったわけだ。51本にたびたび出てくるメンバー、51本には入らずに、114本の方に出てくるメンバーがいたはずだった。

加藤氏のときの調査では、「不正行為にかかわったと認定した者」として11人の名を挙げているが、16人は「不正への関与を特定できなかった者」とし、さらに166人を「不正への関与はなかった者」としている。この特定は、重要だろう。

今回の告発では、少なくとも分生研の教授は、加藤氏のときと同じく全論文調査とすべきだろうか。そうでないと、加藤氏の事例との整合性がとれなくなる。

では、医学部はどうするだろう? 仮に、分生研では全論文調査となったときに、医学部は最低限の調査だけですませられるだろうか? それで、不正のある論文を科学界に残したままになるような事態を避けられるだろうか? 禍根を残すことにはならないだろうか? 何より、東大の信用を落とすことにならないだろうか?

私はSTAP細胞騒動で、理研上層部の対応のマズさから、理研が評判を落としていくさまを見てきた。、理研に所属する、STAP細胞とはまったく関係のない研究者の方々の嘆きや怒りも見てきた。

東京大学の本調査は、もうすぐ始まるか、着手したばかりのところだろう。調査の範囲をどこまで広げるかは、そろそろ決まる頃だろう。評判を落とすような対応だけは、しないでほしいと願わずにはいられない。

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科学ライター&科学編集者

日本経済新聞の科学技術部記者を経て、日経サイエンス編集部へ。編集者& 記者として20年近く同誌に。2011年春より東京お台場にある科学館へ。2014年に古巣の日経サイエンスに寄稿した一連のSTAP細胞に関する記事で、共著の古田彩氏とともに日本医学ジャーナリスト協会の2015年の大賞(新聞・雑誌部門)を受賞。「のんびり過ごしたい」と思いつつも、ワーカーホリックを自認。アマミノクロウサギが好きです。

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