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投資信託の回転売買の実態が明らかになるとき

森本紀行HCアセットマネジメント株式会社・代表取締役社長
すべての画像:123RF

 投資信託は株価や為替の変動の影響を受けるわけですが、その販売において、購入と解約の適切なタイミングを計ることは難しく、むしろ、真に顧客の利益に適うためには、タイミングを計らないほうが望ましいとも考えられます。ならば、顧客が購入してから短い保有期間で解約して別なものに乗り換えること、いわゆる回転売買は顧客の利益に反することになりそうですが、現実には、広く行われているとされます。なぜなのか、それで顧客の利益は守られているのか。

回転売買

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 回転売買というのは、株式等の短期的な売却益を狙って頻繁に売買を繰り返すことですが、それが投機好きな顧客の自己の意思によるもので、公正な手法のもとで行われるのならば、金融庁の関心事になるはずもありません。しかし、証券会社等の手数料獲得を目的とした勧誘行為のもとで顧客を誘導してなされるのなら、話は別ですし、ましてや、それが投資信託を対象にしているのならば、投資信託の利用目的に反することとして、なおさらに金融庁の関心を引くことになります。

 さて、2016年9月に金融庁が公表した金融レポートをみると、銀行の投資信託販売について、「銀行において、投資信託販売額や収益が増加してきた一方、残高や保有顧客数が伸びていない状況を見ると、今なお、いわゆる回転売買が相当程度行われていることが推測される」との指摘があり、これを受けて、2017年10月の金融レポートでは、「依然として、回転売買が行われていることが窺われる」と指摘されています。

テーマ型の投資信託

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 背景には、いわゆるテーマ型の投資信託が売れ筋になる現象が関係しています。昨年の金融レポートでは、「高配当の海外株式、ハイイールド債等、話題性のある分野を投資対象とするテーマ型投資信託は、我が国で売れ筋商品となっているが、概ね、人気のある時は基準価額が堅調だとしても、ブームが過ぎると基準価額が下がるおそれがあり、実際、そうした動きをしている投資信託も見られる」とされています。

 そして、「テーマ型投資信託は売買のタイミングが重要な金融商品である」が、そのタイミングを計ることは困難であるとの論拠から、「個人投資家が安定的な資産形成を行うためには、こうした売買のタイミングを気にする必要のない、資金投入の時期を分散する積立投資を行うことが有益な方法と考えられる」と結論つけています。

 テーマ型の場合、新規に投入されたときには足元の収益率がよく、というよりも、より正確には、足元の収益率がいいのでテーマに採用されているわけで、故に売れ筋になるのですが、ひとたび売れ筋になると、売れ筋であるという事実が簡単で説得力のある営業話法となって、更に売れ筋になるのです。

 しかし、性格上、価格変動が大きいのですから、どこかで収益率が悪化します。すると、その途端に資金流入が止まってしまって、今度は少しずつ解約が始まり、そうなると、また新たに別のテーマ型が登場し、同じことが繰り返されます。こうして、忘れ去られた規模の小さな投資信託が堆積していくわけです。

 この仕組みは日本の投資信託業界に抜き去りがたく、動かし難く定着しています。なぜなら、テーマ型は、期待収益率が高く思えるように設計されていることもあって、高額の販売手数料がとりやすく、少し努力して売れ筋にしてしまえば簡単に売れて、しかも、構造的に自然な回転売買となるため、販売会社にとって非常に好都合だからです。

販売会社に悪意はあるか

 さて、自然な回転売買なのでしょうか、それとも、意図的に回転売買になるように、販売会社は上手にテーマ型を投入しているのでしょうか。

 さすがの金融庁も、販売会社の悪意を断定的に指摘しているわけではなく、また、それだけの十分な論拠も見出し得ないでしょうが、現状に甘んじて改革の意思をもたない販売会社の姿勢には、厳しく批判的なのだろうと思われます。しかし、現在のやり方でも、事業として、それなりに存続し得ている以上、金融庁にも強硬な方策はとれないのです。

 しかしながら、上昇過程で資金を吸収し、下落すると解約が始まるとするならば、そして、高い販売手数料等も考慮すると、金融庁も心配している通り、利益を得る顧客は必ずしも多くはなく、損失を受ける顧客は珍しくもないというのが実態であると想像されます。

 しかし、ここが最大の謎というか、商売の不思議というか、事実として、投資信託は売れていて、販売会社も運用会社も存続できている以上、仕組み全体として、顧客の側には、預金利息を上回る程度の利益を得ているとの意識があるということです、仮に、それが誤解、もしくは錯誤であるにしても。

毎月分配の問題

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 錯誤の原因として考えられているのが毎月分配です。

 金融庁が「高配当の海外株式、ハイイールド債等」を例にあげているように、テーマ型の多くは、毎月分配を行うために、利息配当金収入の多い資産に投資されています。しかし、利息配当金収入の高さは少しも総合収益の高さを意味するわけではなく、貰った毎月分配金額と同じだけ、あるいは、それ以上に、基準価格が下落していることもあるのです。

 しかし、ここでも、販売会社の悪意を推定して、意図的に毎月分配によって錯誤を起こさせているとまで断定する論拠には乏しいのです。事実として、年金の補完に毎月分配を楽しみにしている高齢者等もあり、毎月分配が一定の顧客の支持を得て行われていることを否定できないからです。

 それにしても、販売会社の悪意は証明できなくても、真の顧客の利益を追求しようとする善意は少しも認め得ないのです。そこで、投資信託の改革は金融規制によっては実現し得ない、これが金融庁の到達した結論です。

 なぜなら、規制は金融機関の悪意を矯正できても、善意を誘導できないからです。しかしながら、金融機関の善意に期待する金融行政もあり得ないのです。そこで、金融庁は金融機関のビジネスモデルの問題として改革を促す手法を採用したのです。要は、あからさまにいって、改革したほうが金融機関の利益になるようにしたということです。

稀少な成長分野である投資信託

 なにしろ、投資信託は金融の数少ない成長分野なのです。金融制度改革のもとで、金融の舞台は資本市場に移行していきます。つまり、個人貯蓄は銀行等の預金から投資信託へ移転してくるわけですから、投資信託は成長分野なのです。故に、メガ銀行のような大きな金融グループでは、経営戦略を抜本的に見直し、銀行業務を縮小して資産運用関連事業を強化するなどの組織再編を急速に進めているわけです。

 収益構造をみても、テーマ型を次々に投入して回転売買紛いを継続することは、一方で割高な販売手数料を得ても、他方で営業経費も嵩むという自転車操業にすぎないのに対して、金融庁が推奨するように、「売買のタイミングを気にする必要のない、資金投入の時期を分散する積立投資」を普及させていけば、販売手数料をとらなくとも、限界経費が抑制されるなかで残高比例の信託報酬が逓増していくので、はるかに能率のいい収益構造を実現できるのです。

 ところが、投資信託業界の主流は、金融行政の根本的な路線転換を知らないはずはないのに、旧態依然たるものです。悪弊が染みついて、頭でわかっても、体が動かないのです。これでは、投資信託の安定的な残高の積み上がりが起きない、即ち事業の持続的成長が始まらないのですし、なによりも、金融構造改革が実現できず、金融構造改革ができなければ、経済構造改革もできないわけですから、日本の未来にとって由々しきことになるわけです。

顧客との共通価値の創造とKPI

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 金融庁は、投資信託業界が成長できないのは顧客の利益を創造できないからだと考えているのですが、これは卓見というよりも、商業の常識に従った見立てというだけのことです。テーマ型の投資信託の回転売買では、金融機関が悪意をもって意図したかどうかを敢えて問わないとしても、事実として、顧客の富の増殖にならず、故に、金融機関の安定的収益源にもなっていないのですから、改革の方向は、自明のこととして、顧客と金融機関の共通価値の創造を目指すことになるほかありません。

 もちろん、顧客との共通価値の創造を強制する方法はありません。しかし、金融庁として、顧客の利益が創造されているか、そのことを通じて金融機関自身の利益が創造されているかの事実検証を求めることはできます。そして、現に求めているのです。それが金融庁のいうKPI(Key Performance Indicator)です。

 例えば、KPIの代表的な好事例として金融庁が推奨しているものにインベスターリターンがあります。これは、「日々のファンドへの資金流出入額と、期首及び期末のファンドの純資産総額から求めた内部収益率を年率換算したもの」で、資金の流出入のタイミング効果を反映させたものです。要は、相対的に、安いときに資金流入が多く、高いときに資金流入が少なくなる、あるいは流出が多くなれば、インベスターリターンは投資信託そのもののリターンよりも高くなるのです。

 2017年の金融レポートには、積立投資になっている確定拠出専用投資信託と他の一般の投資信託について両者のインベスターリターンを比較した結果がのっていますが、過去10年の全ての資産種類の実績において、確定拠出専用のものが上回っています。

 これは、金融庁の仮説である「売買のタイミングを気にする必要のない、資金投入の時期を分散する積立投資」の有効性を証明するものです。なぜなら、定額積立をすれば、相対的な資金流入は、安いときに多く、高いときに少なくなるからです。

暴露されるか回転売買の実態

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 テーマ型の回転売買についてインベスターリターンを計測すると、顧客の価値創造になっていない実態が暴露されてしまいます。このことに関連して、2017年の金融レポートには次の注目すべき記述があります。

 「3メガバンクグループと地域銀行において積立投資信託の販売額の多い銘柄を見たところ、3メガバンクグループにおいては、国内外の株式へ分散して投資する投資信託や複数の株式・債券等に分散して投資するバランス型投資信託が大半であるほか、毎月分配型投資信託の割合が低く、長期の資産形成を考える顧客のニーズを踏まえた販売に努めていることが窺われる。

 一方、地域銀行においては、必ずしも長期の資産形成という目的にそぐわない、ブームに左右されやすいとされるテーマ型の投資信託の割合が高く、かつ、毎月分配型投資信託の割合も高いといった結果になった。」

 つまり、金融庁の立場からすれば、この記述におけるメガ銀行と地方銀行の差を事例として、顧客の価値創造の違いを数値的に明らかにし、賢明な顧客の合理的な選択を促したいのです。そのための数値指標がKPIであり、今後、様々な指標が工夫されていくわけですが、そのなかの有力なものがインベスターリターンだと考えられているのです。

金融庁の共通KPI

 実は、全ての金融機関に共通して適用されるKPIは、未だ金融庁から公表されていないのですが、どのようなKPIになるのか、金融界には懸念が広がっているようです。実際、インベスターリターンは確かに長期積立による資産形成には適切な指標ですが、投資信託の利用は長期的な資産形成に限定されるものではないのです。

 しかし、もともと、金融庁策定の共通KPIが公表される前提として、顧客の価値創造を測定する各金融機関固有のKPIが公表されなければならないのですから、各社の固有性は、各社自身の責任において明らかにすればいいことです。自分のKPIすら満足に測定できない金融機関に、金融庁を批判する資格はないのです。それとも、顧客の価値創造ができていないことや、回転売買の実態が明らかになったら困るとでもいいたいのでしょうか。

HCアセットマネジメント株式会社・代表取締役社長

HCアセットマネジメント株式会社・代表取締役社長。三井生命(現大樹生命)のファンドマネジャーを経て、1990 年1 月ワイアット(現ウィリス・タワーズワトソン)に入社。日本初の事業として、年金基金等の機関投資家向け投資コンサルティング事業を立ち上げる。 2002 年11 月、HC アセットマネジメントを設立、全世界の投資機会を発掘し、専門家に運用委託するという、新しいタイプの資産運用事業を始める。東京大学文学部哲学科卒。

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