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尼崎市中2少女自殺 遺族置き去りの学校と教育委員会の対応に波紋広がる

赤澤竜也作家 編集者
女子生徒の通っていた学校にはこのような標語が掲げられていた(筆者撮影)

昨年12月、尼崎市立中学の2年生徒が亡くなった。発生当時に生じた学校および教育委員会と遺族との行き違いから、2ヵ月近く経った現時点で、死の背景になにがあったのかの調査や再発防止への道筋はまったく見えていない。

公表された娘の死

「あの学校には今も登校拒否を続けている生徒さんがいっぱいいます。このままではいつ次の被害者が出てもおかしくありません。もう二度とこんなことが繰り返されないようにしてほしい。ただそれだけなんです」

中学2年生のAさんを亡くした母親Bさんはこう語る。

悲しい出来事が起こったのは12月20日のこと。残された紙片には「学校がしんどいです。もう無理です。ゴメンなさい。たえれませんでした」と、赤いフェルトペンで太々と書かれていた。

明るい子どもさんだったという。

「娘のことを知る誰もが、『笑っているところしか見たことがない』と口をそろえて言っていました。ただ我慢強いところがあるので、笑顔の裏で本当の気持ちを押し殺していた部分があったのかもしれません。もっと早く気づいてあげていれば……」

突然の事態に茫然自失となるも、なんとか気を取り直して告別式を終えた翌12月25日のこと。

「ママ、大変。Aちゃんのことがネットに出てる。どうしてなの?」Bさんのもとに上のお嬢さんから連絡が入った。確認してみると、地元紙のサイトの『兵庫・尼崎で中2女子自殺か いじめの有無経緯調べる』という見出しが目に飛び込んで来る。

「わたしたちは死因を公表するつもりなどありませんでした。このまま穏便に終わらせようと思っていたんです。何度もお伝えしたのですが……」

事実が明かされただけではなかった。

「記事には娘の亡くなった場所や、その様子が書かれていたんです。しかも発見したのが家族であったことまでも……。わたしたちが最も知られたくなかったことでしたので、からだの震えがとまりませんでした」

記事には「市教育委員会への取材で分かった」とも書かれていたため、その対応に不信感を抱くキッカケとなる。

遺族に相談なく緊急アンケート、球技大会も実施されていた

報道があったその日の夜、校長先生からアンケートが行われたという事実を告げられたうえ、文面を見せられた。翌26日には緊急保護者会が開催され、その後のやり取りでもアンケートの取扱いについて口論になったという。

いじめ防止対策推進法が制定されたことに基づき、2014年に改訂された文部科学省「子供の自殺が起きたときの背景調査の指針」には「アンケート調査実施前に遺族と相談し、扱いを決めた上で子供や保護者に協力を求める必要がある」と記載されている。さらに「遺族に提供する場合があることをあらかじめ念頭に置き、具体的な取扱い方針(どのような情報をいつ提供できるのか等)を必ず事前に検討し、遺族に説明する」としている。

「アンケートの内容やその後の取扱い方針はおろか、その実施すら事後報告だったので、学校側とは言い合いになりました。結局、見せてもらえませんでしたけれども、校長先生は『時期が来たら開示する』と言っていたのでその場は収めたんです」

この点について教育委員会側は「亡くなった当日にアンケートを取らせてもらいたいと口頭で伝えた」と言っており、水掛け論となってしまっている。

さらに遺族は親しい保護者たちから学校側が12月22日に予定されていた球技大会を中止することなく平常通り開催していた事実を知らされた。

「『イヤイヤやらされた』と言っている生徒もいたと聞き、学校の対応についての疑問が深まっていきました。当初は隠蔽するつもりではなかったのか。12月25日に報道が出たので、慌てて26日に緊急保護者会を開いたんじゃないのかといった疑心暗鬼も生じてきたのです」

当初のボタンの掛け違いから、遺族と学校および教育委員会との溝はまったく埋まっていない。

両者の面談が行われた際、筆者も二度、同席させてもらった。さまざまな問題が取り上げられたその席において、遺族側から再三にわたって説明するよう求められていた教育委員会のマスコミ対応について、

「25日の地元紙朝刊での自殺の第一報の情報は教育委員会から発信したものではないが、それを見て連絡を取ってきたマスコミ各社に対しては聞かれたことに答えた」

と口頭での回答があった。

2010年3月に文部科学省が出した「子どもの自殺が起きたときの緊急対応の手引き」によると、広報対応において「事実の説明についてはあらかじめ遺族の意向を確認してください」と指示されているのだが、協議の場は持たれていない。

球技大会を挙行したことについて問われると、校長先生は「日常生活を変えないようにしたいと思った」と答え、教育委員会は「了解したというわけではないが、相談はさせてもらった」と回答。この点についても遺族側はその答えに納得できないと言う。

母親の訴え「犯人捜しをしてほしいわけではない」

母親のBさんがもっとも心を痛めているのは、保護者や生徒同士の間で、「誰がAさんをいじめていたのか」という犯人捜しが行われてしまっていて、多くの生徒が学校に行けなくなっているということだという。

「たとえ娘にひどいことを言ったという事実があろうとも、仲の良かった時期だってあったはず。あの年頃の子どもたちは移ろいやすいものですし、いざこざがあったとしても、それが動機かどうかなんて誰にもわかりません。わたしたちは関わったかもしれない生徒さんや保護者の方を責めるつもりなんかまったくない。犯人捜しをしてほしいわけではないのです。お子さんたちにはこれからの人生があります。ウチの子のことを忘れず、精一杯生きていってほしいだけ。子どもたちはある意味、みんな被害者ですよ。学校側がちゃんとした心のケアができているのか疑問に思っています」

その上でこう語る。

「娘は『学校がしんどい』と書き残しました。続けて『もう無理です』と綴っています。『もう』という言葉の意味を学校や教育委員会の方々には深く考えていただきたい。ずっと耐えてきたのです」

「担任の先生やクラブの顧問、そして保健室の方に何度も相談していると言っていました。彼女がどんなシグナルを出していて、しっかりと耳を傾けてもらっていたのか。その情報がどのように共有されていたのか。あるいは見過ごされてしまったのか。そこを知りたいのです。その上で、今後二度とこのようなことがないよう、再発を防止する手立てをとってもらいたい。ただそれだけなんです」

先に挙げた「背景調査の指針」によると、今回のようなケースの場合、設置者(教育委員会)の指導・支援のもと、学校が主体となって速やかに「基本調査」を実施。その経過および整理した情報等について適切に遺族に説明したうえ、必要とあらば外部専門家を加えた調査組織による「詳細調査」に移るという段取りになっている。

学校および尼崎市教育委員会は「速やかに第三者委員会の設立へ向け動き出したい」という旨を伝えてきているのだが、現時点で遺族は同意していない。

「アンケートについて校長先生は当初、『教師とチェックした上でお見せする』と言っていたのですが、最終的に教育委員会から『アンケートの内容については一切明かすことはできない』と告げられました。『犯人捜しが目的ではないので、個人名に関しては黒塗りでも構わない』とも伝えているのですが、まったく対応してもらってません。そもそもアンケートの内容やその取扱いについて事前になんの相談も受けていないうえ、文部科学省の『背景調査の指針』が求めている『基本調査の経過および整理した情報等について適切に遺族に説明』するという項目も履行されていないと考えます」

「もちろん第三者委員会のようなものを立ち上げて調査をしてもらわないといけないことは理解しています。でもこのまま教育委員会の方々の言うがままに手続きを進めていった場合、きちっとした客観性のある第三者をちゃんと選んでもらえるのかどうかすら確信が持てません」と遺族側は主張する。

悲劇を繰り返さぬために

面会の席で教育委員会の方々が、「わたしたちは隠蔽しようなどとは考えていない」と困惑しきった顔で話すのを見ていると、現場で対応する職員にそんなつもりがまったくないことは伝わってくる。言葉遣いや面談の姿勢も実直かつ真摯なものだった。

ただ教育委員会という組織での対応のため、投げかけられた言葉に対しては、「持ち帰って検討する」という返答にならざるを得ない。後日の回答に遺族が納得できないことも少なくなく、再回答を求めるということを繰り返し、いたずらに時間だけが過ぎていった。そのことが遺族の苛立ちを募らせる。

「不確定な情報はだせない」と教育委員会の方々の言うことについて、筆者自身はある程度、理解できるのだが、アンケートの実施についての当初のいきさつがあるため、遺族は納得できていない。

学校や教育委員会が与えられたリソースのなかで精一杯対処しているのは間違いない。ただし次々に起こる緊急事態は予想の速度をはるかに越えるものであるようで、その対応に消耗しきっているようにも見受けられる。

遺族とて面談に来ている学校や教育委員会の面々に怒りをぶつけても仕方ないということには気づいている。しかし、やり場のない悲しみや、次々にわき起こる疑問を投げかける相手はそこしかない。おたがい意図していないにもかかわらず、傷つけ合うかたちになってしまっている。

人がひとり亡くなることで、これほど大きな波紋を学校や地域社会に呼び起こすことなろうとは、想像だにしていなかった。遺族は何度も傷つき、犯人捜しで名指しされた生徒の保護者は動揺し、教育委員会や学校の先生方の苦悩は深い。誰もがもがき苦しんでいる。

しかし、わたしたちは立ち止まるわけにはいかない。このような悲劇を繰り返さぬよう、しっかりとした体制を作り上げるまでは、現実としっかり向き合っていかなくてはならない。それはAさんの死に対して課せられた、大人としての最低限の責務である。

遺族側は学校および教育委員会に対し、ぬぐい去ることのできない不信感を抱いている。なんとかその溝を埋め、ともに手を取り合って真相解明および再発防止に臨めるようにならないものか。その一助になれればとの思いを胸に抱きつつ、事態の進展を見守っていきたい。

作家 編集者

大阪府出身。慶應義塾大学文学部卒業後、公益法人勤務、進学塾講師、信用金庫営業マン、飲食店経営、トラック運転手、週刊誌記者などに従事。著書としてノンフィクションに「国策不捜査『森友事件』の全貌」(文藝春秋・籠池泰典氏との共著)「銀行員だった父と偽装請負だった僕」(ダイヤモンド社)、「内川家。」(飛鳥新社)、「サッカー日本代表の少年時代」(PHP研究所・共著)、小説では「吹部!」「白球ガールズ」「まぁちんぐ! 吹部!#2」(KADOKAWA)など。編集者として山岸忍氏の「負けへんで! 東証一部上場企業社長VS地検特捜部」(文藝春秋)の企画・構成を担当。日本文藝家協会会員。

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