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【テニス国別対抗戦】アジア/オセアニア地区大会を制した日本代表メンバーの、それぞれの戦い――

内田暁フリーランスライター
写真提供:フェドカップ日本代表チーム

「勝敗がダブルスに懸かったら、私たちに任せてください」。

 チーム最初の全体ミーティングで言い切る加藤未唯の“挨拶”に、2年ぶりに代表入りした日比野菜緒は「凄い自信!」と驚き、ダブルスパートーナーの二宮真琴は「えっ!?」と慌てふためいた。

 2月6日から10日にかけ、インドのニューデリーで開催された女子テニス国別対抗戦(フェドカップ)のアジア・オセアニア予選――。参加8ヶ国の中から、“ワールドグループ”入れ替え戦への切符を手にできるのは、僅かに1カ国。各国はそれぞれシングルス2試合、ダブルス1試合で対戦し、2つの白星を手にした国が勝者となる。試合の順番は常に、ダブルスが最後。つまりはシングルスが星を分け合った場合、チームの命運はダブルスに委ねられることになる。日の丸を背負うのは今回が初めての加藤と二宮が身を置いたのは、そのような立場だった。

 奈良くるみと並ぶシングルス要員の日比野には、初めてフェドカップを戦った2年前に、代表の重みに心を圧され、持てる力を出し切れなかった苦い思い出がある。

 その重みを、今回は加藤と二宮が感じていくことになるかもしれない……。

 1994年生まれの同期ながら“代表歴”では先を行く日比野は、心のどこかで「自分が負けて、二人にプレッシャーの掛かる試合をさせる訳にはいかない」と思っていた。

 その想いが開幕戦のタイ戦で、第1セットを0-6で落とし、第2セットも1-4と追い詰められながら大逆転勝利を手にした、一つの原動力となる。敗色濃厚になる日比野の姿を「えっ、私たちにいきなり勝負懸かっちゃうんじゃない!?」と話しながら見ていた加藤と二宮は、最終的にはチームの勝利が決まった後に、プレッシャーを感じることなくデビュー戦を戦うことができた。

■噛み合った“チーム”としての歯車■

左から時計周りに加藤未唯、二宮真琴、土橋登志久監督、日比野菜緒、奈良くるみ 写真提供:加藤未唯
左から時計周りに加藤未唯、二宮真琴、土橋登志久監督、日比野菜緒、奈良くるみ 写真提供:加藤未唯

 「未唯とマコちゃんに重圧を掛けてはいけない」との責任感を覚えていた日比野だが、実際に二人の試合を見た時には「彼女たちに任せておけば大丈夫だ」と逆に安心感を覚えたという。

 加藤と二宮は同期でダブルスの名手でありながら、不思議とこれまでペアを組む機会はほとんど無かった。二人ともに156cmと小柄で前衛向きであることが、その理由だったかもしれない。

 だがいざ試合が始まれば、俊敏性を活かし細かく動きながら、相手にプレッシャーを掛ける攻撃的な戦法がハマる。土橋監督が「最後の砦」として選んだ二人の安定感は、シングルスを戦う奈良と日比野の肩の荷を、幾分軽減もしただろう。日本はラウンドロビンの3試合で一つの星も落とすことなく、カザフスタンとの決勝戦へと勝ち上がった。

 昨年のアジア・オセアニア地区優勝国のカザフスタンは、シングルス54位のZ・ディアスと81位のY・プチンツェワの2枚看板を擁し、この二人がダブルスも戦う。特にエースのディアスは今大会好調で、シングルスのみならずダブルスでも、一セットも落とさぬ安定感を見せてきた。

 そのディアスを決勝では奈良が破り、日本は貴重な先勝を手にする。だが後の無くなったカザフスタンは、シングルス2番手のプチンツェワが日比野に勝利。かくしてチームの命運は、ダブルスの二人に託されることになった。

■最終決戦に向かう加藤が日比野に残した言葉■

 シングルスを戦い終えた日比野は、シャワーを浴びながら、ディアス/プチンツェワ組の特徴などを、加藤と二宮に助言すべきかと考えていた。日比野は、前週の台湾オープンでこのカザフペアと対戦したばかり。しかもその時は快勝を手にしていた。だが最終的に日比野は、「止めておこう」との結論を出す。「二人には既に策があるだろう。自分がここで何かを言うことで、むしろ混乱させてはいけない」と思ったのだ。

 その頃加藤と二宮は、最終決戦を前にして、監督の土橋から激励の言葉を受けていた。

「過去2年は、最後のダブルスで敗れてきた。この時のために君たち二人を選んだんだ」。

 その檄を聞きながら、二宮は「この想いに応えるしかない」と鼓動が高鳴り、そして加藤は「そうなんや!」と気持ちが高ぶる。

 コートに向かう直前、「がんばって」とだけ声を掛けてきた日比野に、加藤は言った。

「大丈夫、うちらラスボスやから」。

 その“ラスボス”は試合開始直後から、持ち前の攻撃力を発揮した。いきなり2つのブレークを奪い、3-0とリード。ここから相手の徹底した“ロブ攻め”に手を焼くが、それにも徐々に対応し第1セットを颯爽奪った。

 第2セットは互いにブレークを奪い合う展開となるも、二宮は「リターンゲームと、未唯ちゃんのサービスゲームのリズムは良い。ブレークされても取り返せる」と感じていた。果たしてゲームカウント5-5からブレークすると、マッチポイントでは“Iフォーメーション”から加藤がボレーを放つ。そのボールは辛うじて返ってくるも、最後は二宮が冷静かつ強気に、日本の勝利を決める一撃を叩き込んだ。

 

 勝利の瞬間日本ベンチでは、監督やコーチたちが一斉に声をあげて飛び上がる。チーム最年長の奈良は、「凄いがんばったー!」と叫んで涙を流した。

 三年越しの願いを叶えての大団円――。

 と、ここで終われば美しいところだが、実は試合の最後に、ちょっとした“ハプニング”があった。二宮が放った優勝を決める打球は、プチンツェワの身体に当たる。そのボールの衝撃か、あるいはボールを捉えようと手元に引き寄せたラケットのグリップが腹部に当たったか、いずれにしてもプチンツェワはその場にうずくまり、試合終了後もしばらく動けずにいたのだ。勝った日本としても、今ひとつ喜ぶに喜びきれない状況……。

 もっともそれは、真の歓喜の瞬間は、4月下旬の入れ替え戦で勝つその時まで、取っておきなさいという天の啓示だったかもしれない。

 2月13日に行われた抽選会の結果、ワールドグループ2の切符を懸けて戦う相手はイギリスに。

 決戦の舞台は、これも抽選の結果、日本開催に確定した。

フリーランスライター

編集プロダクション勤務を経て、2004年にフリーランスのライターに。ロサンゼルス在住時代に、テニスや総合格闘技、アメリカンフットボール等の取材を開始。2008年に帰国後はテニスを中心に取材し、テニス専門誌『スマッシュ』や、『スポーツナビ』『スポルティーバ』等のネット媒体に寄稿。その他、科学情報の取材/執筆も行う。近著に、錦織圭の幼少期から2015年全米OPまでの足跡をつづった『錦織圭 リターンゲーム:世界に挑む9387日の軌跡』(学研プラス)や、アスリートのパフォーマンスを神経科学(脳科学)の見地から分析する『勝てる脳、負ける脳 一流アスリートの脳内で起きていること』(集英社)がある。

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