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警戒警報! 英国の次期首相ボリス・ジョンソン氏はトランプ米大統領を上回る「ホラ吹き(脱・真実)」男だ

木村正人在英国際ジャーナリスト
保守党党首に選ばれ、次の首相に就任するボリス・ジョンソン前外相(写真:ロイター/アフロ)

保守党党員16万人が国の未来を決める

[ロンドン発]離脱期限の3月29日に欧州連合(EU)を離脱できず、10月31日まで先延ばししたテリーザ・メイ英首相が党首を引責辞任したのを受けて行われた与党・保守党の党首選は16万人の党員投票の結果、ボリス・ジョンソン前外相(55)の当選が23日決まりました。

首相に就任するジョンソン氏は24日、バッキンガム宮殿でエリザベス女王から組閣を命じられる予定です。

開票結果は予想以上のワンサイドゲームに終わりました。

ジョンソン氏 9万2153票(得票率66%)

ジェレミー・ハント外相(52)4万6656票(同34%)

ジョンソン氏は「我々はひるんでいない。10月31日にEU離脱を実現する。労働党のジェレミー・コービン党首を打ち負かす」と改めて宣言しました。

それにしても、わずか9万2153票の信任でこの国(人口約6604万人)の未来、核保有国で国連安全保障理事会常任理事国、先進7カ国(G7)主要国の行方が決められることに英国の民主主義の「終わりの始まり」を感じずにはいられませんでした。

英BBC放送によると、16万人の党員は66歳以上が38%、56~65歳が18%。党費は年25ポンド(約3400円)で、この1年間で3万人増えました。一方、労働党の党員数は2017年後半のピーク時で55万人。1950年代には保守党の党員は300万人近くもいただけに隔世の感を禁じえません。

保守党党員の97%が白人で7割が男性、86%が中産階級です。年収10万ポンド(約1346万円)超が5%も。強硬離脱派が多く、3年前のEU国民投票で離脱派の先頭に立ち、党首選でも「合意があろうがなかろうが10月31日には必ずEUを離脱する」と息巻くジョンソン氏が支持を集めました。

ハント氏は起業に成功したことをセールスポイントにしましたが、もともと残留派だったことや、駐米英国大使の外交公電漏洩事件、イランによる英国の石油タンカー「ステナ・イムペロ」拿捕事件が続いたこともマイナスに働いたようです。

カルト集団化した「合意なき離脱」派

ジョンソン氏は英名門イートン校、オックスフォード大学で学び、オックスフォード・ユニオン(弁論部)の会長も務めた英国を代表する知的エリート。デービッド・キャメロン前首相より2歳年上。2008年からロンドン市長を2期8年無難に務めた経歴から、首相としての成功を期待する声もあります。

しかしロンドン市政と国政は違います。平均的な英国民とはかけ離れた保守党の非常に偏った支持者が国の行方を決めてしまうことに不安を覚えない人はいないでしょう。彼らは市民生活と企業活動を大混乱に陥れる「合意なき離脱」に突き進む“カルト集団”と化しています。

ジョンソン氏を支持する強硬離脱派のアンドレア・レッドサム前下院院内総務は、筆者の「16万人の答えが民意とは言えない。次期首相が『合意なき離脱』を選択するなら解散総選挙で民意を問う必要があるのでは」という質問にこう強弁しました。

「私たちは3年前に国民投票を実施し、EUから離脱するという民意が明確に示された。それが気に入らない人がいるからと言ってプロセスを一からやり直すことの方が民主主義の精神に反している」

「英国は世界第5、6位の経済を持ち、世界に冠たる大学がひしめいている。英連邦は約25億人を擁する。それがEUを離脱した後のアドバンテージになる」

世論調査会社ユーガブ(YouGov)が保守党員に「英国の一体性を壊してもEUから離脱しますか?」と尋ねたところ、次のような答えが返ってきました。

・スコットランドが英国から離脱してもEUから離脱する 63%

・英国経済に深刻な打撃を与えてもEUから離脱する 61%

・北アイルランドが英国から離脱してもEUから離脱する 59%

・保守党が壊れてもEUから離脱する 54%

雑誌編集長時代にBBC会長を脅す

ジョンソン氏はそれが真実かどうかにかかわらず、とにかく面白い話をデッチ上げて衆目を集めることにご執心な「エゴ怪獣」で「無責任男」、そして英国一の「お騒がせ氏」です。ジョンソン氏は党首選でも財源の裏付けのない富裕層や低所得者向けの減税策を次々とぶち上げました。

お騒がせの数々を振り返っておきましょう。

保守系の英紙デーリー・テレグラフ時代、ジョンソン氏のボスだったマックス・ヘイスティングス氏は左派系の英紙ガーディアンへの寄稿でこう振り返っています。

「私は彼を1980年代から知っているが、ジョンソン氏は首相には全く適していない」「保守党は英国民にひどいジョークを押し付けようとしている。彼は自分自身の名声と満足にしか関心がない」「ジョンソン首相がルールや前例、秩序や安定を気にしないのはほぼ確実だ」

「彼が悪党または単なるならず者かという議論はされているが、事実をバカにすることに根差す道徳的な破綻についてはあまり語られていない」「彼はずば抜けたエンターテイナーだ。ウクライナや米国に続いて、英国でも保守党がセレブリティ政府の実験を行おうとしている」

英BBC放送の会長を務めたクリストファー・ブランド氏はヘイスティングス氏にこう打ち明けたことがあります。

ジョンソン氏はブランド氏に対して「私の私生活(不倫)にこれ以上、立ち入るな。我々はあなたの私生活を随分知っている。(私が編集長を務める)雑誌スペクテイターで読みたくないだろ」と脅しました。

ブランド氏は「ボリス、自分が今何を言ったのか考えてみろ」と忠告したそうです。

ジョンソン氏のやらかし歴

ジョンソン氏の伝記『ボリス:ボリス・ジョンソンの台頭』(アンドリュー・ギムソン氏著)や各紙から逸話を拾ってみましょう。

・最初の妻アレグラ・オーウェンさんと1987年に結婚(93年に離婚)。指輪を受け取ってから1時間もしないうちに落として失くす

・オーウェンさんが住居の抵当権者に結婚証明書を送ろうとしたところ見つからなかった

・新婚生活とともにマネジメント・コンサルタントとして働き始めるも間違いを犯して1週間でクビに

・英紙タイムズ見習い時代の88年、退屈な記事を面白くするため談話をでっち上げて解雇

・デーリー・テレグラフ紙のブリュッセル特派員時代から得意のエンターテインメント精神を発揮して「カタツムリが魚だって」「ソーセージやチップスにも規制」とEUの前身、欧州経済共同体(EEC)をこき下ろす記事を連発

・EECが移転するため、それまで入居していたベルレモンの建物を「吹き飛ばす」という記事をデッチ上げる

・ブリュッセル特派員時代を知る他社の特派員は「彼の記事は安っぽくて怖い寸劇、非常に危険な寸劇だ」「欧州について真面目に政治的なアジェンダを追い求めていたのではない」と酷評

・2004年、スペクテイター誌の女性コラムニストとの不倫が発覚し、影の芸術相を解任

・06年、デーリー・テレグラフ紙にパプア・ニューギニアについて「食人文化と酋長殺し」を連想させる記事を書き、同国民に謝罪

・12年のロンドン五輪・パラリンピックではワイヤー滑降を試みて無様に宙吊りに

・13年、美術コンサルタントとの間に婚外子の娘がいることが発覚

・16年のEU国民投票の最中に「バラク・オバマ米大統領(当時)はケニアの血が流れているため、大英帝国やウィンストン・チャーチルがお嫌い」と揶揄(やゆ)

・国民投票では離脱派の先頭に立つも、離脱派が勝利すると一転、呆然とした表情を浮かべる

・国民投票のキャンペーンで「英国は毎週、EUに3億5000万ポンド(約472億円)を渡している」とウソをついたと告発されるも、起訴は免れる

・キャメロン首相(当時)が辞任。保守党党首選への立候補を目指すも出馬を表明するはずだった記者会見で突然取りやめを発表し、英国中をア然とさせる

・外相時代の17年、休暇中にイランで拘束されたイラン系英国人女性について「(休暇ではなく)ジャーナリストを訓練していた」と事実誤認の発言をして謝罪。この女性は今もイランで拘束されており、夫は「ジョンソン氏が首相になったら国家安全保障の潜在的なリスクになる」

・昨年8月、デーリー・テレグラフ紙に、イスラム教徒の女性が全身を覆い隠す民族衣装「ブルカ」を「郵便ポスト」のようだと書き、批判される

・昨年9月、2人目の妻マリナ・ウィーラーさんと25年に及んだ結婚生活に終止符。4人の子供をもうける

・今年6月、同棲中の元保守党スピン・ドクター(報道担当者)、キャリー・シモンズさん(31)と自宅で大喧嘩、警察が駆け付ける騒ぎに。首相官邸で同居するのかどうかが話題に

・駐米英国大使の外交公電漏洩事件で、ジョンソン氏は、公電で批判されていたドナルド・トランプ米大統領の攻撃から大使を守る姿勢を明確に見せなかったため、大使は辞任。官僚の間に不信感がくすぶる

・保守党党首選で英国名物の薫製ニシンの出荷コストが膨れ上がっているのはEUの役人のせいと批判するも、EUから「EU法は無関係で、純粋に英国の問題」と一蹴される

これだけやらかしてきたジョンソン氏が首相になったとたん、心を入れ替えてマジックを連発し、EUから譲歩を引き出して奇跡のような離脱を実現できるとでも言うのでしょうか。EUはもちろんのこと、国際社会や経済の現実はそれほど甘くはないと思います。

(おわり)

在英国際ジャーナリスト

在ロンドン国際ジャーナリスト(元産経新聞ロンドン支局長)。憲法改正(元慶応大学法科大学院非常勤講師)や国際政治、安全保障、欧州経済に詳しい。産経新聞大阪社会部・神戸支局で16年間、事件記者をした後、政治部・外信部のデスクも経験。2002~03年、米コロンビア大学東アジア研究所客員研究員。著書に『EU崩壊』『見えない世界戦争「サイバー戦」最新報告』(いずれも新潮新書)。masakimu50@gmail.com

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