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新型コロナ対策で「従業員の私生活」を制限 企業に許されるのはどこまで?【#コロナとどう暮らす

佐々木亮弁護士・日本労働弁護団幹事長
(提供:ayakono/イメージマート)

 新型コロナウイルスを経験したことによって、私たちの暮らしは今後どのように変化するのでしょうか。

 Yahoo!ニュースの記事に寄せられた「勤務先で同居家族ではない人との会食、集会への参加などに『強く自粛』が求められています。企業は従業員の生活にどこまで制限をかけられるものなのでしょうか。」という声を参考に、弁護士として私なりの見解を述べたいと思います。

 新型コロナウイルスに感染してしまうと深刻な健康被害が出ることもあり、最悪は死に至ることもあります。しかも、自分が無症状でも他人にうつしてしまい、他人に症状が出て、重症化したり、亡くなってしまったりすることもあります。

 こうしたことを前提にすると、企業が新型コロナウイルス感染拡大を避けるためであれば、労働者の私生活に踏み込んで、あれやこれや言えるかのように思えてしまいますが、中にはやりすぎでは? と思うような事案もあるようです。

 感染拡大を防がなければならない。しかし、過度に生活を制限されたくない。どちらも価値としては十分に守るべきものだと思います。だからこそ、難しい問題です。

 そもそも私生活において、企業はどこまで労働者の行動を制限できるのでしょうか。また、新型コロナウイルス感染拡大防止のためであれば、企業は従業員の生活に制限をかけられるのでしょうか。

労働者の私生活における行動制限 これまでのケース

 労働契約における労働者の私生活上の行為制限は、新型コロナウイルス感染拡大の現在に始まったことではなく、労働問題のテーマとしては古くからありました。

 まず、許されている制限を考えてみましょう。

 たとえば、飛行機のパイロット、電車の運転手、バスの運転手、タクシーの運転手など、乗客の命を預かる職種の労働者の場合、乗務の前日は「〇時以降飲酒禁止」というルールがあることは珍しくありません。

 しかし、乗務の前日であれば、使用者の指揮命令の下にあるわけではありませんので、自由に過ごしてもいいように思います。何を食べようと、何を飲もうと、自由なはずです。ところが、乗客の安全を守るという目的のため、一定の制限が許されるとされています。

 次に、私生活上の制限として許されない例を考えてみましょう。

 たとえば、従業員同士の交流を禁止する目的のため、終業時刻後の従業員同士の「飲み会禁止」を服務規律で掲げた場合はどうでしょうか? この場合は、そもそも従業員同士が交流することは自由ですし、就業時間外の「飲み会禁止」は過度に制限しており、こんなルールは許されないということがお分かりいただけると思います。

 その他にも、「社内恋愛禁止」「ヒゲ・長髪禁止」などもあります。ヒゲに関しては裁判例も複数あるくらいです。

 微妙な問題としては、タトゥーの問題もあります。タトゥーを入れることはその人の自由です。しかし、タトゥーの入っている位置や形状、タトゥーの内容など、場合によっては、それが他人を恐れさせることがあるかもしれません。そのときは、職種によって、一定程度の制限が許されると考えられます。

 ざっとですが、企業が労働者の私生活上の行為を制限することについて、古くからあるケースをあげてみました。

 これらのことから見えてくるのはなんでしょうか?

制限の基準となる「目的」と「手段」 やり過ぎにも注意

 まず、企業が労働者の私生活を制限するにしても、その制限の目的がどういうものであるか、これが問われることがわかります。たとえば、「飲み会禁止」が従業員の交流を禁ずる目的ではなく、乗務の安全や顧客の安全のためであればどうでしょうか。少し、結論が変わってくる気がしますよね。その労働者が従事している職種との関係によって目的が変わり、その正当性も変わってくることになります。

 次に、その目的を達成するための手段が問われます。たとえば、企業内の風紀を維持する目的やセクハラを防ぐ目的のために「社内恋愛禁止」という手段をとった場合はどうでしょうか。目的に照らして、手段が合ってない、もしくは、やり過ぎですよね。

 他にも、接客業で顧客を怖がらせないためという目的でタトゥーを入れることを禁ずる場合で考えてみますと、普段服を着ていて見えないところにタトゥーをしていたとしても問題ないはずですから、体のどの部位にもタトゥーを入れることを許さないとなれば、行き過ぎた手段ということになります。

 以上のように、労働者の私生活上の行為を制限するにしても、その目的は職種に照らして正当か、その目的達成のための手段が合っているか、目的達成のためにやり過ぎてないか、これらを基準に考えることになるのです。そして、もし制限が行き過ぎている場合は、その制限は不合理となり、効力はなく、たとえその制限に従わないとしても、労働者にペナルティを与えることはできません。

自粛でなくルールなら行き過ぎも

 さて、では本題の新型コロナウイルス感染拡大を防ぐための私生活上の制限はどうでしょうか?

 まず、ご質問にある「強く自粛」を求めるという点ですが、「自粛」というのは、自己判断なので、これ自体、労働者に何らかの行為を義務付けるものではありません。強かろうが、弱かろうが、自粛は自粛ですから、自己の判断に委ねるということに過ぎません。

 そうであるにもかかわらず、自粛の求めに反した行為を労働者がしたことをもって、使用者が労働者にペナルティを科すことは許されません。

 では、自粛ではなく会社が決めた「ルール」や「方針」として、労働者の行為の制限を求めてきた場合はどうでしょうか。

 まず、新型コロナウイルス感染拡大を防止するという目的は一見すると合理的です。ただ、職種によって合理性の程度は変わるのではないかと思います。

 たとえば、介護職員のように、高齢者と接する機会が非常に多い職種の場合は、ひとたび新型コロナウイルス感染を拡大させてしまえば、死に至る事例が生じかねません。そうなると、目的の正当性は認められやすくなり、使用者が取り得る手段も幅広くなると思います。

 他方で、あまり人と接する機会はなく、あっても社内の人間くらいであるという場合は、新型コロナウイルス感染拡大防止という目的自体が不合理とまではいえませんが、使用者が取れる手段は、目的達成のために必要最小限のものに限定されてきます。

「私生活の自由」と「感染拡大防止」 両立させる手段を

 次に、具体的な手段として「同居家族ではない人との会食」を禁止したり、「集会への参加」を禁止したりすることですが、これについてはどうでしょうか?

 基本的にここまで制限されるには、よほどの事情が必要になると思います。

 たとえば、介護職員の場合でも、「同居家族でない人」だとほぼすべての会食が禁止されることになりますが、「会食=感染」というわけでもないため、もう少し絞らないと行き過ぎになるのではないでしょうか。

 集会も同様です。「集会参加=感染」ではありません。

 もちろん、会食や集会参加は感染リスクが高まることは否めませんが、人間が行動する限り、ウイルスの感染の可能性は常に高まります。私生活上の行為の自由と、感染拡大を防ぐという2つの価値を両立させるためには、会食については一律に制限するのではなく、感染防止措置をとることを強く求めたり、少しでもリスクのある人との会食を避けたりするなど、もう少し緩やかな措置があり得ると思います。

 集会参加も、密閉した空間の密集した集会ではない、感染防止措置がとられているものであれば許すなど、より緩やかな制限のしかたがあるものと思います。

 いずれにしても、労働者には「私生活の自由」があり、これは憲法でも人格権として保障されている人権ですので、原則として使用者は、労働者の私生活を制限することは必要最小限にしなければならないという視点が大事です。

 新型コロナウイルス感染拡大を止めたいのは誰もが同じ思いですが、それに乗じて、労働者の私生活を制限することに鈍感であってはならないと思います。

 もし自分の会社のルールが必要以上に私生活上の自由を制限していると思った場合は、労働組合の無料相談などがあります。職場環境の問題なので、労働組合による是正が近道です。

連合 

全労連 

 なお、弁護士への相談は、日本労働弁護団のホットラインがあります。

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 また、Yahoo!ニュースでは「私たちはコロナとどう暮らす」をテーマに、皆さんの声をヒントに記事を作成した特集ページを公開しています。

【この記事は、Yahoo!ニュース個人編集部とオーサーが内容に関して共同で企画し、オーサーが執筆したものです】

弁護士・日本労働弁護団幹事長

弁護士(東京弁護士会)。旬報法律事務所所属。日本労働弁護団幹事長(2022年11月に就任しました)。ブラック企業被害対策弁護団顧問(2021年11月に代表退任しました)。民事事件を中心に仕事をしています。労働事件は労働者側のみ。労働組合の顧問もやってますので、気軽にご相談ください! ここでは、労働問題に絡んだニュースや、一番身近な法律問題である「労働」について、できるだけ分かりやすく解説していきます!2021年3月、KADOKAWAから「武器としての労働法」を出版しました。

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