「リュウグウの水は蒸発してしまわない?」はやぶさ2チームへ素朴な疑問
JAXAの小惑星探査機はやぶさ2は、小惑星リュウグウの表面に人工的に作ったクレーターからの物質サンプル採取に向けて、また一歩前進した。高度500メートルから人工クレーター付近を撮影し、付近の詳細な地形図を作ることができるようになった。
2019年4月5日、はやぶさ2はリュウグウの表面に衝突装置(SCI)と呼ばれる銅の弾丸を衝突させ、人工的にクレーターを作る実験に成功した。クレーターの周辺には掘り起こされた「イジェクタ」と呼ばれる砂礫が飛び散っていると考えられている。5月14日以降は小惑星の表面近くまで探査機を降下させてクレーター周辺を詳細に観測する運用が行われている。
5月16日、探査機は小惑星の表面近くへ降下したところ、高度50メートルでセンサーが距離計測のエラーを検知した。はやぶさ2は自身の判断により、降下を中止して上昇し高度20キロメートルのホームポジションに復帰している。このため、予定していたタッチダウン(接地)の目印であるターゲットマーカの投下は行われなかったものの、上昇中にクレーター付近を撮影することができた。
低高度から撮影された画像により、人工クレーター周辺を含むタッチダウン候補地3箇所の3D地形図を作成することができるようになった。3D地形図は、今年2月に行われた第1回のタッチダウンでも計画の要となった重要なデータだ。リュウグウ表面に多い岩塊にはやぶさ2が接触して損傷することのないよう、詳細な計画が可能になる。
探査機を降下させ、タッチダウン候補地点の詳細な観測を行う運用は、5月末から6月上旬にかけてあと2回予定されている。その上でタッチダウンが可能と判断されれば、いよいよ「小惑星の地中から掘り起こした物質を採取する」という史上初のミッションが実施されることになる。
リュウグウの水は蒸発してしまわないのか?
今後、人工クレーター周辺でのタッチダウンを行うことになった場合に、いくつか気になることがある。ひとつは、リュウグウの特徴である水や有機物について。太陽にさらされていない、「フレッシュな」物質を採取することがはやぶさ2計画の目的だ。しかし、4月に人工クレーターを作ってからすでに1ヶ月半以上が経過している。水のような揮発しやすい物質は、せっかく掘り起こした砂礫から蒸発してしまわないのだろうか? はやぶさ2チームミッションマネージャの吉川真准教授に聞いてみた。
「それは物質によります。氷のようなものであればすぐになくなってしまいます。ですが、含水鉱物という岩石の中に水が閉じ込められている物質ですから、はやぶさ2のミッション期間中くらいであれば問題ないです。温度が非常に高温になったり、(リュウグウに)隕石がぶつかったりすれば別ですが」
という答だ。リュウグウの地下にあるのは岩石の結晶の中に水を閉じ込めた物質であり、数ヶ月ほど太陽光にさらされても水が失われたりはしないというわけだ。そしてもうひとつ。人工クレーターの周辺は、掘り起こされた砂礫が岩場の上に撒き散らされている。はやぶさ2が無事に2回目のタッチダウンを成功させた場合、採取したサンプルには地下の物質と元から表面にあった物質が混ざり合っているはずだ。これを地球に持ち帰ったとき、どのように区別するのだろうか?
「同じ鉱物でも含まれている物質の同位体が違うと、ふたつを区別することができます。電子ビームをぶつけて解析する方法もかなり確立されていますから、1粒でもあれば、他の粒と異なるかどうかわかるのです」(吉川准教授)
電子ビームをぶつけて解析する方法には、小惑星イトカワの微粒子から水の痕跡を発見した研究でも活躍した「二次元高分解能二次イオン質量分析装置(NanoSIMS)」などがある。物質の表面にイオンビームを照射して、飛び出してきた原子(二次イオン)を分析するという装置だ。ごく微量の物質でも解析できる。
「ただし、表面の物質がもともと撹拌されて地下にあったときには、区別できないということです」(吉川准教授)という。これは、採取したサンプルにあまり差がなく、表面にあったものなのか地下から掘り起こされたものなのか区別できない場合だ。
そんなことが起きれば大変困った事態のようにも思えるが、実はこれも「小惑星の歴史」からすれば重要なデータになる。小惑星の表面は、隕石などの衝突による「ガーデニング」によって自然に掘り起こされている。もし、人工クレーター周辺から採取したサンプルが均一で区別しにくいものであれば、天体衝突が頻繁に起きていて、リュウグウの表面は何度も撹拌されている可能性がある。
はやぶさ2が人工クレーター周辺のサンプルを無事に持ち帰った場合、表面と内部の物質を区別できても、あるいはできなくてもリュウグウの歴史が明らかになる。科学は両義的で、一筋縄ではいかないところが面白い。