「はやぶさ」が持ち帰った小惑星イトカワの粒子から水の痕跡を発見
JAXAの小惑星探査機「はやぶさ」が2010年6月に地球に持ち帰った小惑星イトカワ表面物質のサンプルから、水の痕跡が発見された。研究成果を発表したアリゾナ州立大学の研究者によれば「地球や太陽系内側の惑星に存在する水と同じ組成」で、イトカワのような岩石質の小惑星が地球に水をもたらした可能性があるという。論文は科学誌Scienceの姉妹誌Science Advanceに2019年5月1日付けで発表された。
2003年に打ち上げられた「はやぶさ」は、小惑星イトカワを探査し、表面の物質サンプルを地球に持ち帰った。イトカワのサンプルは微細な破片が1500個以上あり、JAXAを通じて世界の研究者に提供され、現在でも分析が続いている。アリゾナ大学の研究チームは、5個の破片を二次元高分解能二次イオン質量分析装置(NanoSIMS)と呼ばれる物質の元素を判別できる顕微鏡を用いて分析した。分析された5個のうち2個の粒子から水の痕跡を示す水素同位体が見つかった。
イトカワはS型と呼ばれる岩石質の小惑星で、火星と木星の間の小惑星帯では最も多いタイプだ。一般的に岩石は水を含んでいないイメージだが、「NAM(nominally anhydrous minerals:名目上の無水鉱物)」と呼ばれる鉱物は内部に微量の水を閉じ込めている可能性があるという。分析された破片の「パイロキシン(輝石)」と呼ばれる鉱物から、一つは970ppm前後、もう一つは680ppm前後というごく微量の水が見つかった。また、D/H(重水素と水素の比)を分析したところ、「地球の水と区別がつかない」といい、イトカワのようなS型小惑星が地球と共通の水の起源を持っていることが考えられるという。
地球に水がもたらされた新たなシナリオ
イトカワは、直径20キロメートル以上あった母天体が衝突によって破砕され、岩石がまた集積してできた小惑星だと考えられている。その過程で摂氏600度から800度ほどの熱を持ったことがあり、熱によって岩石に含まれていた水素が失われ、“脱水”された。脱水される前のイトカワの母天体はかなりの量の水を含んでいたとされ、初期のイトカワには500ppmの水が存在したかもしれないという。
論文では、地球の水の起源に関する新しいシナリオを示している。イトカワに豊富な水があったとみられることと他の岩石質の隕石の分析から、太陽系の内側で形成されたS型小惑星は内部に水を含んでおり、地球の水の供給源になったというものだ。シナリオによると、太陽系の歴史の初期に、1200度の高温と圧力の環境の中で、水素が水となって鉱物に取り込まれた。水を含んだ鉱物は、ミリメートルからセンチメートルサイズの小石状になり、さらに集積して微惑星へ、惑星胚子(“惑星の種”とも)へ、惑星へと成長していった。地球を形成する段階で集積した岩石の40パーセントほどがイトカワのようなS型小惑星と同じ物質で、岩石に含まれる水は地球の海水の2分の1程度と相当な量の水を供給できたのではないかという。
岩石質のS型小惑星も水を持っているという観測成果は、2018年12月に神戸大学惑星科学研究センターの臼井文彦助教らの研究チームが、赤外線天文衛星「あかり」の観測を元に発表している。ただし、あかりの観測から見つかったS型小惑星の水は「含水鉱物を含んだ別の小惑星の衝突によってもたらされた外因的なもの」とされており、今回のアリゾナ州立大学が示した水ができるプロセスとは異なる。また、水を多く含む小惑星の“本命”は、小惑星探査機「はやぶさ2」が探査中の小惑星リュウグウ、アリゾナ州立大学とNASAによるOSIRIS-RExチームが探査中の小惑星ベンヌなど、炭素質の小惑星だ。S型小惑星が地球の水の起源だとしても、それは最大で2分の1程度。もう半分の水の起源を解明するには、はやぶさ2、OSIRIS-RExが持ち帰る炭素質小惑星のサンプルが欠かせない。
グリム童話には、石を握りつぶして水を絞り出す力強い巨人が登場する。はやぶさの成果から、ナノスケールの分析装置という科学の力で石から水を取り出すことができた。続いて仕立て屋がチーズからたっぷり水を絞り出してみせたように、はやぶさ2とOSIRIS-RExの成果が続くことが期待される。