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大相撲七月場所「異例の初日」。今までと何が変わって、力士はどんな思いで戦ったのか

飯塚さきスポーツライター
(筆者知人撮影)

徹底した感染予防対策

待ちに待った大相撲の本場所が幕を開けた。本来名古屋で行われるはずの七月場所は、新型コロナウイルスの影響により、力士たちの移動を避けて東京・両国国技館で行われることとなった。観客を入れての本場所は実に半年ぶりだ。入場できるのは2500人までに制限されており、マス席はひとマスに一人、イス席は両隣を3席あけるなど、万全を期しての開催となった。

場内では、消毒や検温をはじめ、さまざまな感染予防対策がなされているが、昨日テレビを見ていてまず印象に残ったのが、ソーシャルディスタンスを保った物言いだ。審判を務める親方たちが土俵上で審議を行う際、普段よりも若干互いの距離をとって、大きめの円を作っているのがわかった。

また、観客はマスク着用が義務づけられ、声を出しての応援は禁止。代わりに拍手が推奨されている。開場時間の13時を回ると、次々とお客さんが入ってきた。観客の数こそ少ないものの、一人一人が心を込めて大きな拍手を送っている様子が、画面越しでもよくわかる。声援がない分、物足りなく感じる人もいただろうが、拍手のみの応援はなんとも厳かで、どことなく上品にも映るのだった。

ケガと向き合った4か月

無観客で行われた大阪場所を終えてから4か月。この期間は、ケガと付き合っている力士たちにとって、じっくりとそのケガを治す有意義なものでもあったといえそうだ。

この日、開場後真っ先に土俵を沸かせたのは、関取経験のある幕下の宇良。注目株である大柄な欧勝竜を相手に、立ち合い低く当たると左を差し、そのまま一気に土俵外に寄り倒した。土俵際で相手を突き出した右手の勢いはすさまじく、見る者が皆大きく息をのむほどだった。ひざの大きなサポーターはまだ痛々しいが、復活の兆しが見える素晴らしい一番だったといえるだろう。

さらに、一時はケガで序二段にまで下がった伊勢ヶ濱部屋の照ノ富士が、幕内の土俵に戻ってきた。初日の相手は琴勇輝。立ち合いは落ち着いて踏み込み、相手の圧力にも負けず、前へ前へと押し込む堂々の相撲で白星を挙げた。まだ28歳。今場所も楽しみだ。

力士たちそれぞれの抱く思い

人気の小兵力士・炎鵬と対戦したのは、高田川部屋の竜電。今年5月、同部屋で中学時代の後輩でもある勝武士さんが、新型コロナウイルスに感染し、逝去した。これまで長年共に切磋琢磨し、付け人としても竜電を支え続けた勝武士さん。彼を失った竜電の悲しみは計り知れない。

つらい出来事を乗り越えて迎えた初日。低く当たって左を差してきた炎鵬に、土俵際で華麗な切り返しを見せた。相手をよく見て、冷静に動いた竜電。取組後の土俵下で、いい表情を浮かべていた。

同じく高田川部屋の関取である輝と白鷹山も、初日から白星発進。3人そろって、勝武士さんに白星を捧げる形となった。

新大関・朝乃山、カド番脱出をかけた大関・貴景勝らが順調に白星を挙げるなか、意外な番狂わせもあった。遠藤と対戦した横綱・鶴竜が、裾払いを狙いにいくも、空振りして腰砕けに終わったのだ。一瞬の出来事。稀に見る光景であった。

一方、金星を獲得し、取組後インタビュールームに呼ばれた遠藤。普段は口数の少ない彼が、この日は饒舌だった。先日の豪雨で被害にあった熊本県・葦北に住む友人と連絡を取り合ったことを明かし、「いい相撲を取って、少しでも勇気を届けられたら」との思いで取組に臨んだと語った。いつになくハキハキと、自らの心情をカメラの前で伝えた遠藤。彼もまた、特別な思いを抱いて目の前の相手と戦っていた。

無観客の春場所、中止となった夏場所を経て、ようやく開催された七月場所。まったくの「元通り」とはいかないが、力士一人一人にとって、いつも以上に感じることの多い15日間がスタートしたのではないだろうか。この異例ともいえる場所を、最後まで無事に見届けられることを切に祈っている。

スポーツライター

1989(平成元)年生まれ、さいたま市出身。早稲田大学国際教養学部卒業。ベースボール・マガジン社に勤務後、2018年に独立。フリーのスポーツライターとして『相撲』(同社)、『大相撲ジャーナル』(アプリスタイル)などで執筆中。2019年ラグビーワールドカップでは、アメリカ代表チーム通訳として1カ月間帯同した。著書『日本で力士になるということ 外国出身力士の魂』、構成・インタビューを担当した横綱・照ノ富士の著書『奈落の底から見上げた明日』が発売中。

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