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処理水海洋放出 「日本政府と東電は不信と対立の種を植えつけている」米有力紙

飯塚真紀子在米ジャーナリスト
(写真:代表撮影/ロイター/アフロ)

 世界が注目している福島原発の処理水の海洋放出。アメリカでも主要メディアが日本政府の海洋放出決定や漁業関係者の憤りを報じているが、中でも、米ニューヨーク・タイムズが「いとも簡単に、大量の放射性廃棄物が海へと向かっている」という皮肉なタイトルの意見記事を掲載し、興味深い指摘をしているので紹介したい。この記事を寄稿したのは、環境モニタリング・グループ「セイフキャスト」の主任研究員で、日本に長く居住しているアズビー・ブラウン氏だ。

日本政府と東電は悪い先例をつくったのか

 ブラウン氏は、海洋放出される処理水が人や環境にどんな影響を与えるか教えてくれるのは時間だけだとしつつ、最も重要な問題は、技術的、科学的、放射線学的問題ではなく、先例が作られてしまったことだと以下のように述べている。

「日本政府と東電は、十分な透明性が欠如し、日本内外の重要なステークホルダー(この場合、漁業関係者のような利害関係者のこと)を十分に関与させることのないプロセスを経て、海洋放出を決定した。このことは、何十年にもわたって続く可能性がある不信と対立の種を植えつけている」

 同氏は日本政府と東電が包括性と透明性が不十分なプロセスを経て海洋放出を決定し、実行する先例をつくったことを問題視しているのだ。

 さらには、「もっと心配なのは、より透明性が欠如している他国の政府に先例を与えていることだ。これは、140以上の原子力発電所が稼働し、中国やインドの成長により現在建設中であったり、建設計画が進んでいたりするアジアでは、特に危険だ」とし、「日本が、国際的にリスペクトされている文化的・経済的力を持っているにもかかわらず海洋放出をすると、他国が同様の海洋放出をしようとするのを阻止できなくなる」と同じ状況になった場合、他国が日本のやり方に追随する可能性があることを懸念している。

海洋放出を売り込むための公聴会だった

 また、ブラウン氏は、自身も参加して目の当たりにした公聴会の様子について、このように述べている。

「私はいくつかの公聴会に出席したが、これらは公衆に発言の場を与える公聴会というよりもむしろ海洋放出という選択肢を売り込むための公聴会のように思われた」

 つまり、公聴会では人々の声に耳が傾けられていなかったというのである。そして、こう訴える。

「地元住民や市民社会団体、技術的なエキスパート、必要なら隣国も決定に関与させることが、注目に値する成功につながる」

 そして、その成功例として、低レベルの放射性廃棄物の保管場所を選ぶ際に、1998年に公的及び私的ステークホルダーに意思決定の権限を与え、何年もの研究と環境認可を経て、今年最終許可を出したベルギーの例をあげている。フィンランドやスウェーデンでも類似のプロセスを経て、保管場所が決定されたという。

関係者参加型の独立した監視体制を

 ブラウン氏はまた、日本政府が絶好のチャンスを逸したことや日本の文化的側面が決定に及ぼす影響についても言及している。

「福島の処理水問題は透明性と包括性を持って核廃棄物処理の難しさに対処するための新しい世界モデルを確立する絶好のチャンスだった。しかし、(海洋放出の)決定は、本質的に政府によって行われ、発表され、そして、強く擁護された。この段階では、日本が方針転換する可能性は低いだろう。国の官僚文化と企業文化は悪名が高いほど複雑で動きも遅く、このような重大な決定はほとんど覆すことができない」

 しかし、それでも、同氏は「国民の信頼回復を図るのに遅すぎることはない」としつつ、多くの日本人は福島の問題に関する透明性の欠如に慣れてしまっており、公的な保証をもはや信頼していないことから、重要なのは“真に独立した国際的かつ(処理水放出の)影響を受ける可能性がある人々が密接に関与できる参加型の監視体制”だとしている。そんな監視体制により、処理水放出が、安全に、そして責任ある方法で行われていることが十分に確認されれば、「悪い先例は世界的に称賛されるものに変わる可能性がある」というのだ。

 処理水の海洋放出において、日本政府はアジアの国々の悪い先例になるのか、それとも、世界に賞賛される良い先例へと変わることができるのか? 処理水をめぐる日本政府の対応に世界は注目している。

在米ジャーナリスト

大分県生まれ。早稲田大学卒業。出版社にて編集記者を務めた後、渡米。ロサンゼルスを拠点に、政治、経済、社会、トレンドなどをテーマに、様々なメディアに寄稿している。ノーム・チョムスキー、ロバート・シラー、ジェームズ・ワトソン、ジャレド・ダイアモンド、エズラ・ヴォーゲル、ジム・ロジャーズなど多数の知識人にインタビュー。著書に『9・11の標的をつくった男 天才と差別ー建築家ミノル・ヤマサキの生涯』(講談社刊)、『そしてぼくは銃口を向けた」』、『銃弾の向こう側』、『ある日本人ゲイの告白』(草思社刊)、訳書に『封印された「放射能」の恐怖 フクシマ事故で何人がガンになるのか』(講談社 )がある。

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