布川事件国賠訴訟・警察と検察の違法行為が冤罪を招いたと認める判決
1967年に茨城県利根町布川で1人暮らしの男性が殺害された「布川事件」の犯人とされ、後に再審無罪となった桜井昌司さんが起こしていた国家賠償訴訟で、東京地裁(市原善孝裁判長、福田敦裁判官、佐々木康平裁判官)は27日、国と茨城県に対し、弁護費用約800万円を含むおよそ7600万円を支払うよう命じる判決を言い渡した。警察の違法捜査や警察官の偽証、検察による証拠隠しが誤った裁判を招いたことを明確に認める内容で、桜井さんの名誉回復にもつながるものだ。
再審無罪の後も犯人視
この事件では、桜井さんと杉山卓男さん(2015年死亡)の2人が強盗殺人罪に問われ、無期懲役の判決を受けた。2人は無実を訴えて最高裁まで争ったが有罪が確定し服役。1996年11月に仮釈放となり、その後起こした再審請求が認められた。検察側は、この決定に2度の抗告(異議申立)をしたが、高裁、最高裁ともこれを退け、2011年5月に強盗殺人罪について再審無罪となった。
検察側は、これに対して控訴はせず、無罪判決が確定したが、捜査機関等は冤罪であることを認めず、桜井さんに謝罪もしてこなかった。このため、桜井さんが国賠訴訟を起こしていた。
この事件は、桜井さんや杉山さんと事件を結びつける直接的な証拠は何もなく、主に2人の自白や周辺の目撃証言などで有罪が認定された。
判決が認めた捜査の違法
判決では、警察の捜査について次の4点の違法を認めた。
取調中に警察官が桜井さんに対して、
1)桜井さんの兄がアリバイを裏付ける供述をしているのに、逆に、兄がそれを否定しているとした発言
2)被害者付近で2人を見たと供述している者はいないのに、そのような目撃者が存在するとした発言
3)桜井さんの母親が、早く自白するように言ってもいないのに、言っていると述べた発言
について、いずれも
と判断。
さらに、
4)自白に追い込まれ、被害者宅のロッカーを鍵で開けたと説明した桜井さんに、警察官が「タンス」「玄関」「金庫」「上のロッカー」「下のロッカー」などと書かれた名札が付された鍵の束を見せながら、どの鍵で開けたのかを説明するように指示するなどして供述を誘導し、あたかも桜井さんが鍵に刻印された番号によってロッカーの鍵を特定したかのような供述調書調書を作成したことについては、
とした。
偽証した警察官
また、裁判では警察官に偽証があったとした。
5)2人の警察官が、桜井さんの取り調べを録音したテープは1967年11月2日の1本だけと証言していたが、再審請求審において10月17日の取り調べ録音テープが検察官から証拠提出されており、警察官証言はいずれも客観的事実に反する
としたうえで、
と判断。
6)M警察官が杉山さんの取り調べ録音テープについても、11月3日のみであると証言したが、杉山さんの同月2日付調書に「この前録音テープを使って調べられたときも」と供述していることなどから、
と断じた。
本件で取り調べを担当し、裁判で証言した3人の警察官の偽証が認められたことになる。
かつて、北海道警の警察官が組織的に偽証していた事件が明るみに出たが、本件ではどうだったのだろうか。茨城県警はこの際、徹底した検証が必要だろう。
「検察官は証拠開示の義務を負う」
また判決は、検察官の証拠開示について、その義務を明確に認めた。
そして、刑事裁判の2審で杉山さんの弁護人から開示請求のあった証拠のうち、被害者宅周辺で2人を目撃したなどと証言をしていた4人の捜査報告書や初期供述の開示を、検察官が拒んだことについて、次のように判示した。
警察や検察の違法行為が冤罪を招いた
そのうえで、
として、身柄拘束期間中の逸失利益のうち、2審判決の日から仮釈放の日までは、警察や検察の違法行為によるもの、と認定した。
時効についても、被害者救済の視点
また、損害賠償の権利は、違法行為から20年を過ぎると失われるので、その「除斥期間」(時効)の起点をいつの時点にするのかも、裁判の争点となっていた。この起点を、違法行為があった時点とすると、桜井さんの場合、請求の権利自体が認められなくなってしまう。
しかし判決は、本件のように「警察官や検察官の違法行為によって有罪判決がされ、これが確定した場合」は、「除斥期間」の起点は違法行為があった時点ではなく、「再審による無罪判決が確定した時」と定め、その理由を以下のように述べた。
そして、本件では除斥期間の起点は、再審判決が確定した2011年6月8日として、未だ時効にはなっていない、とした。
司法への信頼を高める判決
冤罪事件でも、国賠訴訟で国の責任を認められることは少なく、死刑再審の松山事件も国賠は敗訴した。富山県で2002年に起きた氷見事件の国賠訴訟の判決は、県に対しては賠償を命じたが、国に対する請求は認めなかった。郵便料金不正事件での大阪地検特捜部の証拠改ざん・隠蔽を巡って、村木厚子さんが真相解明を求めた国賠は、検察官の証人尋問を嫌った国が認諾し、約3770万円が支払われたが、マスコミへのリークについては国が否認し、裁判所も請求を認めなかった。
そんな中、今回の判決からは、再審無罪の判決が確定しても、捜査機関がなお犯人視をしたり、世間で偏見を抱かれがちな冤罪被害者の名誉を含めて救済すると同時に、違法な捜査や証拠隠しによって裁判を歪めた警察・検察の責任を明確にすることで、司法に対する信頼を高めようとする裁判所の意欲を感じ取ることができる。
今後の課題
一方、今回の判決では触れていないが、証拠開示に応じない検察官に対し、裁判所が適切な訴訟指揮をしていたのか、という疑問も浮かぶ。布川事件が起きた頃とは、法律も変わり、より広範な証拠開示が可能になっているが、再審請求審では、依然として証拠開示の訴訟指揮に消極的な裁判官もいる。これについては、刑事訴訟法の再審に関する規定を改め、少なくとも現在の通常審と同程度の証拠開示がなされるようにすべきだろう。