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「話を聞きたい相手」とのシンクロ率を高めるには【梅崎修×倉重公太朗】(第4回)

倉重公太朗弁護士(KKM法律事務所代表)

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法政大学の梅崎修先生は、数々の人材マネジメントや職業キャリア形成の調査・研究を行う傍ら、『「仕事映画」に学ぶキャリアデザイン』や、『仕事マンガ!―52作品から学ぶキャリアデザイン―』など、文化的コンテンツを使った新しいキャリア論を発信し続けています。そういった文化的コンテンツは、オーラルヒストリーにも役立つとのこと。いろいろな立場の人から話を聞きだすコツや、コミュニケーションをデザインする方法を教えていただきました。

<ポイント>

・オーラルヒストリーで聞く相手は、感情を想起できる人

・調査屋ギルドという人たちから生まれるもの

・コロナ禍で集まるためのコミュニケーションデザイン

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■若手の研究者に対するメッセージ

倉重:冒頭にも「労働調査は意外と儲かるんだ」という話が出ましたけれども、若手の研究者の方に労働調査というものに対するメッセージを改めてお願いしたいと思います。

梅崎:みなさんのイメージでは、労働調査は下請け仕事で理論の事実確認をしているだけという感じなのかもしれません。しかし、実際の調査現場は、一番クリエーティブなところですよ。新しい概念をつくったり、アイデアを出したり、「これとこれに法則があるんじゃない?」と考えるのは本当に創造性がないと無理です。研究をやるのならクリエーティブなものが一番楽しいでしょう。しかも、「一番手」ですよね。私の主観としては、あと工程は「二番手以降の人がやればいい」と思っています。

倉重:いいですね。私からは最後になりますが、先生の夢をお伺いしたいです。

梅崎:僕自身は今年で51歳ですが、もちろん、小池先生たちをはじめとした先輩研究者を超えているとは思っていません。でも、先人を超えることを目標に、もう10年ぐらいかけて、体が動くうちにもっと一仕事して、労働関係者たちに「本当の調査クリエーティブを見せたい」と思っています。新しい対象を発見し、新しい理論をつくって。後輩世代が私の調査とモデルを批判的に引用してくれたら嬉しいですね。

倉重:「梅崎モデル」をみんなで検証しようと。

梅崎:この前、神戸大学の江夏幾多郎先生たちのグループが日本労務学会のレビュープロジェクトで文献調査をされました。そうしたら圧倒的に小池和男先生が引用されているのです。研究が発展する、最初の「起点」を取ると強いのだなと。例えば、佐藤博樹先生が「ワーク・ライフ・バランス」の研究をはじめたから、みんなその言葉を使って研究をするじゃないですか。みんなで調査でお宝発見しましょう。外国にある概念を翻訳するだけだったら面白くないですよね?

倉重:アメリカのまねをしたら成功できるわけではないですからね。

梅崎:確かにアメリカはすごいです。研究もアイデアもすごく面白かったりします。それを日本でやれば二次制作者になるけれども、調査屋は野心の塊なので、ひと山当てたいわけで(笑)。先ほど言ったように氏原正治郎が「企業封鎖的労働市場」と言ったのは、ドリンジャー とピオリ よりも早いわけです。

 ギグワークも、各国での違いがあるとは思いますが、世界的同時性というものがあります。同じ時期に同じようなものが出た時に、「どこかの人がすごいことを言っているんじゃない?」と理論探しをする。聞き取り調査に行って「俺が見つけたことがはじめて世界を説明し、世界に広がるかもしれない」と夢見る厨二病的な労働調査ですね(笑)。多分100人に1人もそれをつくれずに一調査屋として終わっていきますけれども。

倉重:多くの人のしかばねの上に立っているわけですからね。

梅崎:僕もしかばねになるかもしれませんが、調査屋という生態系から生まれるものもあるのです。例えば今JILPTで依頼が来て、調査のメンバーに入ったとします。ここで何かすごいものが出せなくても、調査屋仲間と酒を飲みながら「あの人が言っていたことって、実は重要なんじゃないか」と意見交換して盛り上がります。そういう調査屋ギルドが生態系として残っていれば、誰かが見つけるかもしれません。または、僕らのしかばねの上に立つ10年後の人が見つけるかもしれないのです。

倉重:そのとき見つけた人にリファーされていればいいわけですね。

梅崎:遠い未来、「労働調査で梅崎が指摘した事実だが、はじめに概念化したのは私である」と誰かが書いてあるかもしれません。悔しくはありますが、研究は個人プレーと集団プレーのところがあるので、みんなで楽しく調査しようというのが、私の基本的なスタイルです。

 たしかに聞き取り調査は、事実に埋もれてなかなか本や論文を書きにくい。難易度が他の研究スタイルよりも高いようです。でも、私はけっこう書けます(笑)。もし調査をやりたい若い人がいたら俺と一緒に行こうぜ、と勧誘したいです。

■シンクロ率を高めるには?

倉重:私からの質問は以上ですが、せっかくですから、観覧、同席者から質問を受け付けたいと思います。

A:梅崎先生の『「仕事映画」に学ぶキャリアデザイン』を読んで、歴史的な分析とひも付けているのがすごく面白くて、会社の昼休みで先ほど読んでいました。

『労働・職場調査ガイドブック』も面白く見させていただきました。私は企業で人事の労使の関係や、最近だと制度設計などを担当しています。先ほど歴史を紐解いていくのは有用だというお話をされていました。社内の中でどういうところに着目して話を聞いたほうがいいのでしょうか。

梅崎: ご質問は、普通の人事の人がどうやって歴史感覚を身に付けるのかということでしょうか。

倉重:自社の歴史もあると思いますし、今の流れで言ったら職場のサーベイなども人事の人が設計すると思うのです。多分それが各社単位になっただけの話で、直感的に「こういうところに課題がありそうだな」と見つけていく方法はありますか。

梅崎:僕の実感からすると、人事担当者は勉強熱心な人が多いです。逆に言うと、はやりの波にものすごく乗っています。例えば人事のキャリアで30年やっていこうと思った時に、3年ではやりが全部シャッフルされていたら、30年後は直近の3年の知識しか活用できません。20代で学んだことが、「20年後、30年後も使える知識か」という視点が重要になってきます。例えば、労働法は絶対的になくならないものですね。心理統計の基礎なども触っておいた方がよいと思います。

ただ、質問の趣旨は、単なる知識の話ではないでしょうね。それだけでは単なるお勉強ですよね。例えば、歴史の部分に着目して、人事の先輩に「あなたは昔どのようなことにチャレンジしたんですか」と聞くのはどうでしょう。そういう機会はありますか?

A:ありますけれども、あまり過去の話はしたがらない人なのです。私は転職組ですけれども、その前の上司は30年人事畑のような感じだったので、歴史に詳しくて古い資料を出してきては「これは3回失敗しているから無駄だ」というような話はしてくれます。

倉重:自社の人事制度や施策で何がうまくいかなかったのか、どうしてなのかというのを、人事の歴史をたどって知るのも面白そうですね。それはその会社の人にしかできないことです。

梅崎:私は、労働分野のオーラルヒストリーを20年ぐらいずっとしています。多くの方に記憶を聴いてきて思うのは、記憶しているということは、その人がその時に決定したかどうかということとイコールなのです。誰に聞くかは、私のような研究者にとって重要です。当たり前ですけれども、我々人間は多くを忘れているわけです。

では、「なぜ忘れないことがあるのか」を考えました。失礼な話ですけれども、聞いた時に、今起きたことのように語る方と、語れない方がいます。もちろん、加齢という問題もあるのですが、それだけではないようです。

例えば、われわれが20年前の話を急に振られた時にしゃべれるということは、その時の感情を思い出しているからです。例えば、悩んでストレスがかかって最後に決断したとき、そして失敗して悔しかった時って人の感情が動きます。これが長期記憶のカギになっているので、聞いた時にそのあたりをチクチク刺激すると、感情の記憶が溢れてきます。仕事の決定って、どうしても何か決めるときにはストレスがかかる。何らかの感情変動が生まれるじゃないですか。

倉重:大変な時は感情が記憶に紐付いて覚えているものですね。

梅崎:一方、上司から言われたことをしているだけ人は、その時に何も決めていないので感情が動かないのです。決断直前の緊迫した感情がない人はそのことを記憶化していないから聞けません。歴史系の聞き取り調査をするのは誰でもいいわけではなく、聞いた時に感情を想起する人、その感情とともに自分の決定を語れる人を探すということです。自社にいればグッドですが、いなければ、別に他社の人でもいいのです。

 私は、来年はじめに、『日本的雇用システムをつくる』という本出す予定です。この本で強調したいのは、「つくる」という側面、そして「つくる人たち」の語りの歴史です。

話は変わりますが、人事担当者は、組織内で言えば学校の先生のようなところがあるじゃないですか。「新しい評価制度をつくったのですが、ちょっと失敗したかもしれません」とは社員には絶対言えないですよね。基本的には間違っていると言ってはダメなわけです。まるで職員室の先生です。ということは、自社内よりも同じ人事の人同士のほうが語り合える。他の職種に比べても、人に関わることなので絶対間違っていないという体面を崩せないので。元々人事担当者は職種でつながり、語り合うという伝統があった。そこに時代性が加わって世代継承されていくと良いのではないでしょうか。

倉重:一人ひとり多分思い出に残る仕事だったり、失敗したことだったりを聞いていくのも面白いですね。

梅崎:僕も話を聞くのが一種の中毒になっています。トータルで言うとオーラルヒストリーのインタビューだけでも、これまで400回ぐらいだと思います。

倉重:それは1人何時間ぐらい聞くのですか。

梅崎:2時間です。この前京都では100歳以上の方の話を4時間聞きましたよ。一番聞いた方は一人に対して16回、合計32時間です。話を聞くこと自体が単純に好きだから聞いているけれども、「自分が人事担当者だったら役立つことがあるな」と感じます。そういう機会を増やしていったらいかがかでしょうか。

A:聞き出せるのだったら聞いてみたいです。話したがらないのは自信がないのかもしれないと思いました。そういうところをうまく引き出すことを考えてみます。

梅崎:本当に語ることがある人に面白い話を聞けたというのが大事なので、無理して全員に聞く必要性はないですよ。私が先ほど言った中毒になっているのはクセの強さの中毒なので、より強い人じゃないと嫌なのです(笑)。歴史の話を語っていく時の熱さのようなものや、わなわな震えている感情が出ると「来た!」という手応えがあります。

倉重:リアルだからこそ感じるものがありますから。

A:オーラルヒストリーはまだまだ日本だと少ないというお話があったので、やはりキャリアについて振り返るのは、日本人は恥ずかしいのかもしれません。

梅崎:私がオーラルヒストリーについて学んだのは、御厨貴先生からだったのですが、プロジェクトに入った時に「日本人は語らないのが美徳」を如何に崩すかということを言われていました。でもね。絶対に人は語りたい生き物だし、私は聞きたい生き物です。まあ、語ってくれますよ。

 もちろん感情に共感するのも、他人ですから難しいですよ。関ほど書名をあげていただきましたが、私は、漫画や映画、小説についてのエッセイを執筆しています。なぜかというと、他人の感情とシンクロしたいからです。想像でつながる共通体験を増やすためには、自分の中に引き出しがあったほうがいいですよね。自分の人生だけだと経験が少ないので、研究よりも文化的コンテンツに慣れ親しんでいるほうが感情のシンクロ率が高まります。日々、漫画を読んで、映画が見てトレーニングです。

倉重:漫画や映画だと、時代背景に加えて感情も入ってきますよね。

梅崎:例えば、日本が貧しかった時代、「初めての給料でラーメンを食った時、うまかったんですよ」と言われても、「ふーん、ラーメンですか」と普通だったら思うわけですよね。その時に、『幸福の黄色いハンカチ』の高倉健さんを見ていれば、昔はラーメンがすごく貴重だったことがわかります。あと忘れてはいけない、かつ丼とビールね。要するに、シンクロ率が高い身体をつくっておくわけですね。おじさん、シンジくんです(エヴァンゲリオン)。

倉重:どのような話題でも拾っていって盛り上げていくのですね。

梅崎:生まれた時代も、土地も違うわけですから、心が触れ合うように聞けないときは、こちら側にシンクロ率を高めるものがないからかもしれない。そう考えれば、日々訓練になります。だから、私などはNHKの『サラメシ』を毎週見て、サラリーマンとのシンクロ率を高めています。

倉重:そうすれば企業で働く人の気持ちも分かると。

梅崎:特にオーラルヒストリーの場合は、これがすごく重要です。年齢も性別も違う人とシンクロ率を高めなければいけないので。

例えば、宗教体験の一つに、恐山のイタコのような憑依(ひょうい)があります。しゃべっているうちに相手が泣き出したら、思わずその人の感情になります。これは重要ですが、一度憑かせると、後に引きますので結構心理的なダメージが大きいのですよね。

それとは別の宗教体験に、異世界に魂魄(こんぱく)を飛ばして戻ってくるという脱魂(だっこん)があります。要するに、魂魄を飛ばして相手の話にシンクロして、話が終わったら戻って来ればいいわけです。私も、日々、オーラルヒストリー世界に魂魄を飛ばして相手の気分になれるようにしたいと思っております。

このような説明の仕方は、わかりやすいけど、怪しいですよね(笑)。

先ほど話に出た100才を超えた方も、ときどき感情が高まりました。自分は共感しつつ冷静でなければなりません。もちろん感情の想起の全てを理解したわけではありませんが、できる限り近づきたいと思いました。

要するに、同じ大学、同じ職業、同じ性別、同じ世代の人だったら共感できて、他の属性、例えば、女性のキャリア経験に一切共感できないというのは問題です。

倉重:そういう意味では、人事はいろいろな現場で働いている人たちに共感して、何を考えて働いているかという思いのところまでくみ取ってあげるという話ですね。

梅崎:それがオーラルヒストリーで学んだことです。もちろん、人事担当者は従業員の気持ちを憑依させるだけならば、アウトです。そこまで同情していたら何もできなくなります。人事のプロになろうと思ったら、共感するけれども引っ張らないということですよね。脱魂の人事術でしょうか。

倉重:線引きというか、きちんと神の世界に飛ばして戻ってき方がうまいというか。それは塩梅の問題だと思いますけれども。結局は確たる自分も持っていなければいけないということになりますね。

■集まるためには空間の「再場所化」が必要

倉重:それでは視聴者から最後の質問になります。

B:ありがとうございます。いろいろな方の話を聞く機会が多いので、文化的コンテンツで対象者とシンクロ率を高めるというのがすごく参考になりました。

これからリモートワークで余力を持て余している人が副業をしたり開業したりことも増えていくと思います。フリーランスが増えていくというようなことも調査結果から見えてきていますか?

梅崎:フリーランスは、私が実際に調べているわけではないので正確なことは言えないですけれども、東洋大学の川上淳之先生などの調査を見ると、副業は理想と実態の乖離がありますね(『「副業」の研究』)。副業は増えているけれども所得を上げるのはごく一部で、本当にお金が足りないから頑張っていくような人の割合が大きいのです。マスコミに取り上げられる時は全体の中の光が当たるところにバイアスがかかっているので、認識する時に気を付けなくてはいけないとは思います。

倉重:キラキラ副業は本当に少ないですからね。

B:本業の収入が下がって、そこを補塡(ほてん)する形の副業が多いということですか。

梅崎:家計維持型副業が多いでしょうね。「コロナ禍で自由にリモートできます」と言っても、リモートできる人も二極化しているのです。所得も高いし、リモートもできる人と、そうではない人に分かれてきています。そういう二極化のような現象をどうつかまえるかということです。

倉重:これからその割合がどうなっていくのかというのも、日本企業がどれだけきちんと雇用を維持できるかというところにかかってきますからね。

梅崎:大きな人事のトレンドでいうと、人事施策に関しては、MAKEとBUYで言うとBUYの採用が全般的にすごく重要になってきているわけです。昔だったら、MAKEのほうが重要でした。今は中途採用も含めていい人材を雇うという、BUYのほうが人事制度改革として柱になり、ジョブ型もその一環として注目されていると思います。これは個人のキャリア形成については、会社がやらないということです。

倉重:個人のキャリア形成は会社の人事権と相反する可能性がありますから、労働組合が大事だという話だと思います。

梅崎:もしくは、なぜ、リモートなのに集まることが大事なのだ、という話になってきます。組合に限らず、「集まって働くって何だろう」というところから始まって、結果的に組合ができればいいじゃないですか。集まって働くことの意味が曖昧になると組合も何もできません。例えば「週3日だけ会社に自由に来ていいよ」となったら、みんなで集まれますか。

B:出社のタイミングがバラバラだと、集まれませんね。

梅崎:ということは、先ほど言った半無意識、半意識の問題になります。もしくは、希望や意見と集団になった時の結果というのがずれているわけです。集まりたい、集まるべきだと思っているけど、実際には集まれていないという問題です。自由と自律を維持しつつ、集まるというメリットを得るにはどうすればよいか。知恵が必要です。

 ゼミでは、学生が「飲み会を先生が開催してくださいよ」と言ってきます。これは何かというと、権力システムで飲み会を開催したほうが選択肢は1つに絞れるということなのです。先生は使いやすい権力装置として利用されています。今の状態は、いろいろな選択肢が出てくる「選択過剰」になっています。選択過剰な状態で集まれるのかという課題が、次のアフターコロナの問題です。そこをどう解決するのかは大問題です。

私はコロナ前からオフィスの調査をしていて、フリーアドレスのようなところ、もしくは複数オフィスがあった時に人はどういう集まり方をするのかを研究しています。

倉重:僕もこのオフィスを今年つくったのですが、やはり共同イメージというか、同じチームをつくる上では共通イメージを持つのは大事だなと思います。

梅崎:私がゼミでやったのは、ひどい言い方ですが、餌(=お酒)付けのようなことです(笑)。大学の近くに神楽坂に『翁庵』というそば屋があります。ここは、かつそばが有名ですけれども、私もよく一人のみしています。今度一人で飲んでいるよ、とゼミ生につぶやいたんですよ。コロナでも偶然会えばいいでしょ。

それで、ゼミ生の誰かが「来ちゃいましたよ」と現れるかと思ったら、結局誰も来ませんでした(笑)。しょうがないから、連絡用のグループメールに「蕎麦焼酎飲んで、俺は寂しい」と投稿しました。

倉重:寂し過ぎますね(笑)。

梅崎:で、次の週に何人か「申し訳ないので行きます」というのが出てくるわけです(笑)。学生はボトルを入れるという文化が分からないのです。そこに「梅崎ゼミ」と書いたそば焼酎のボトルを置いて、「空いたら俺が入れてあげるから、どんどんおいで」と言っています。

正直言うと、今は「ただで酒が飲めるから来る」というような昔風の学生はなかなかいません。けれども、ここまでくれば、神楽坂の『翁庵』というのはスペシャルな場所じゃないですか。どこにでもある店ではないでしょ。そこにしかないということは、何か意味を付与されているわけです。

倉重:一つの「居場所」ですよね。

梅崎:そういうことを再場所化と呼んでいます。まず、placeとspaceの違いがありますね。そして、placeというのは意味を持った場所です。お祭りを神社の前でするのは意味があります。どうしてかは知らないけれども場所化されるわけです。でもそんな場所は少なくなり、単なる空間が拡大しています。全ての空間、ネット空間などにもう一回再場所化することが必要です。「おい、全部集まるぞ」いう強制による再場所化もあるけど、どうやらそれは権力でしかない。

倉重:そこに意味をつけてあげると。

梅崎:何となく「ゼミの後はそば屋ね」と意味付けをする。「うちのゼミだったらこの店だよね、かつそばだよね」とか、「かつそばは、冷派か、熱派か、なんて議論が・・・」こうして意味付けされていく。仮に全員が集まらなくてもよいのです。かつそばや蕎麦焼酎ボトルは、「共通記憶のモニュメント」なので、一回でも行けば、共有記憶を持っているメンバーになります。これが、再場所化なのです。

 コミュニケーションデザインは、どんどんスペース化していく生活環境を、もう一度意味の世界に戻す行為です。みんなの意味の世界に戻す時に、多様性を維持つつ、うまく網の目にするのです。例えば月曜日は飲みの日でもいいわけです。月曜日は飲むようにみんなのリズムが取れてきます。「週3日自由出勤で、飲み会は自由参加だよ」と言ったら、集まりたくても誰も集まれません。

倉重:企業で言ったら出社の再定義といいますか。何のために来て、来たからには何か意味のあることをするのかを考えるところが増えました。今まで出社することを考えた人なんていなかったですから。

梅崎:すごいですよね。当たり前だったものを再場所化するためにどうするかと人事の人は考えています。この問いは、建築の人、まちづくりの人はもっと早めに考えているわけです。私がなぜまちづくりや銭湯のことも調査しているかというと、結局そこで学んだことを組織にスライドできるからです。知識の共有、お得ですよ。

倉重:まちづくりと組織づくりが一緒なのですね。

梅崎:みんなはすぐカテゴリーに分けるから・・・対象が違うと言うけれども本質的な「構造」は同じです。我々は、この「構造」を押さえればよいのです。

倉重:これだけで1本対談記事ができそうなくらい面白いのですが、もう2時間になりましたので、これぐらいにさせていただきます。きょうはお付き合いいただき、ありがとうございました。

梅崎:ありがとうございました。

(おわり)

対談協力:梅崎 修(うめざき おさむ)氏(法政大学キャリアデザイン学部教授)

 1970年生まれ。大阪大学大学院経済学研究科博士課程修了(経済学博士)。2002年から法政大学キャリアデザイン学部に在職。約25年間、数々の人材マネジメントと職業キャリア形成の調査・研究を行う。リクルートワークス研究所の機関誌『Works』では、人事担当者向けの対談記事『人事のアカデミア』を担当。また、マンガや映画といった文化的コンテンツを使った新しいキャリア論を一般読者に向けて発信し続けている。主な著作として『仕事マンガ!-52作品から学ぶキャリアデザイン』(ナカニシヤ出版)、共著『「仕事映画」に学ぶキャリアデザイン』(有斐閣)単著『日本のキャリア形成と労使関係―調査の労働経済学』(慶應義塾大学出版会)。

弁護士(KKM法律事務所代表)

慶應義塾大学経済学部卒 KKM法律事務所代表弁護士 第一東京弁護士会労働法制委員会副委員長、同基礎研究部会長、日本人材マネジメント協会(JSHRM)副理事長 経営者側労働法を得意とし、週刊東洋経済「法務部員が選ぶ弁護士ランキング」 人事労務部門第1位 紛争案件対応の他、団体交渉、労災対応、働き方改革のコンサルティング、役員・管理職研修、人事担当者向けセミナー等を多数開催。代表著作は「企業労働法実務入門」シリーズ(日本リーダーズ協会)。 YouTubeも配信中:https://www.youtube.com/@KKMLawOffice

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