SNS好きのノルウェーの政治家の間で「ラジオ番組作り」がブーム!ポッドキャストはなぜ魅力的?
2016年、ノルウェーの政党が一斉に開設しはじめたポッドキャスト
「ポッドキャストはSNSと相性が良い。フェイスブックやツイッターで拡散するから、インターネットのためにデザインされたラジオみたい」と、緑の環境党青年部のラーゲ・ヌスト氏(24)は語る。
インターネットで音声データを公開できるポッドキャストが、今ノルウェーの報道陣や政治家の間で人気急上昇中だ。ノルウェーの国営放送局や大手新聞紙、政党などが、ユーザーとの新たなコミュニケーションツールとして使用し始めている。記者たちによる、さらに彫り込んだ時事ニュースの解説や討論、自分たちの政策宣伝をしたい各政党のラジオ番組として好評。
多くの政党が、昨年末~今年、突然ポッドキャストを次々と開始しはじめた。まさに、政治家によるポッドキャストブームが起きている。現在、iTunes Storeでのノルウェーの人気のポッドキャストランキングは、各報道局と政党によって占められている。サウンドクラウドでも購読可能だ。
「まだまだ話したりない!」。おしゃべりとSNSが大好きな若い政治家が率先する、新しいメディアチャンネル
日本と比較して、ノルウェーでは政治家はより市民に近く、信頼されている。通常の報道番組でも、毎日これまでもかといわんばかりに討論する機会は政治家に提供されている。それでも物足りずに、自分たちでラジオ番組を作ってしまうのはノルウェーらしい。視聴しているユーザーは、党員、記者、ライバルである他政党、政治好きの市民が多いようだ。
首相が所属する「保守」党。「何か新しいことをしてみたかった。バカなことも話す」
「何か新しいことをしてみたかった。新しいコミュニケーションチャンネルとして、利用者が増加しているポッドキャストに着目。なによりも、私たち自身も楽しめるだろうなと思いました」。取材でそう語るのは、首相が所属する与党・保守党の国会議員ティーナ・ブル氏(30)。ブル氏は、もう一人の男性国会議員と2人で司会となり、他政党などからゲストを呼び、毎週様々なテーマについて話している。
ポッドキャスト名は「国会レストラン」。国会の食堂で、コーヒーを飲みながら、おしゃべりしているかのような軽快なトーンが特徴的だ。3月に開始し、これまで15エピソードを放送、ダウンロード回数は約2500回。
“聞いていて楽しい”、“今までとは違ったかたちで、政治家の意見を聞くことができる”という視聴者からのメールが届いているという。
保守党のポッドキャストの特徴は、まるでおしゃべりしているかのような、正直な会話かもしれないとブルさんは語る。確かに、各政党の中でも、保守党のポッドキャストは最もノリが軽い印象を受ける。メディアの使い方も話し方も、まったく「保守的」ではない。
「(対立する最大政党・野党の)労働党のポッドキャストは、とてもポリティカル・コレクト(政治的に正しい、偏見や差別を避けた表現)。でも、もう一般市民はこういうお利口で、正しい話には興味がないと思います。私たちは、バカなことや冗談も言いますよ」とブル氏は笑いながら語る。
どの政党でも、ポッドキャストという新しいメディアを提案し、率先しているのは若い政治家たちのようだ。
緑の青年党「“くそったれなグリーン”という番組名が候補だった」
緑の環境党では、青年部がポッドキャストを公開している。「青年部の執行委員会で、2人の女性たちから“ポッドキャストをしよう!”と提案があったのがきっかけ。最初は僕もポッドキャストが何か知りませんでした」と、青年部代表のヌスト氏は話す。
青年部のポッドキャストは、2月よりエピソードを8個公開しており、ダウンロード回数は1エピソード300~400回ほどだ。
ポッドキャスト名は、「緑の圧政」。移民や難民の受け入れに最も厳格な進歩党の移民・社会統合大臣が、難民を助けようと善意で動こうとする人々に対し、「善意の圧政」だとかつて皮肉を述べたことに由来している。ノルウェーで有名な言葉となってしまった、このネガティブな表現を、ポジティブな方向に修正した。「“緑の青年部ポッドキャスト”という単純な名前にはしたくはなかったので。最初は、“くそったれなグリーン”という候補名もありましたよ」とヌスト氏は振り返る。
意見が対立する他政党も積極的にゲストとして招きたい
みんなが興味がありそうな時事問題をテーマに、外部からゲストを招いてトークをする。これまでは、司教や最大手アフテンポストンの記者などが参加した。環境問題で一番意見が合わない進歩党青年部も招待したいと計画中だという。
支持を迷っている市民の判断材料になるかも
「ノルウェーの政治家は、メディアで十分に露出する機会が与えられていると思うけれど、まだ話したりない?」と聞くと、笑いながら答えた。「報道局の場では、記者からは批判されやすく、政治家は進行がコントロールできない。党の裏で何が起こっているか、報道では伝えきれないことが、別のかたちで伝えられる。党員になりたいかどうか、迷っている人の判断材料になるのではないかと考えています」。
保守党のブル氏と同じように、ヌスト氏は労働党のポッドキャストを比較対象にした。「労働党のポッドキャストは、もっと正しくて、プロパガンダ拡散っぽい」。
市民の流行に、政治家は敏感であるべき。新しいかたちで政治を考えるきっかけになる
さて、両政党に「固すぎる」と、ことごとく皮肉をいわれた労働党。昨年12月に「労働党のポッドキャスト」の放送を開始し、1回のエピソードは、約1800回の視聴回数を誇る。
労働党・広報部のビョーン・トーレ・ハンセン氏は、ポッドキャストについてこう語る。「労働党は、常に国民がいる場所にいる党であることを、モットーにしています。ポッドキャストを聞き始める人々が増加する中で、我々もその流れに乗るのは自然な形でした。スナップチャットもそうですが、政治を伝える新しい手段は、常に試行錯誤しながら模索しています」。
メディアでの政策討論はケンカになりやすい。ポッドキャストでは穏やかな口調で政治について話すことができる
国営放送局でも十分な政策議論の場はあるが、政党同志の議論は、ケンカのような口論となりやすい。「もっと穏やかなトーンの会話を好む市民に、ポッドキャストは向いているのではないか」と、政治と市民が向き合う新しい可能性を、労働党は見出している。
「ポジティブなフィードバックが多いのですが……。クレームとして、“あまり頻繁に更新されない!”というのがありました。これは興味をもってくれている人がいるということで、良い意見だと思っています」。
保守党でも、司会者が政治家の仕事で多忙な時は、エピソードが更新されない週がある。ラジオ番組のような、頻繁な放送を期待するリスナーは、時にがっかりするようだ。
記者に興味をもってもらうきっかけにも
ポッドキャストの欠点は、誰が聞いているか統計を集計することが難しいことだと、各政党は話す。党員や若い世代、ライバルの動向を気にしている他政党が多め。政治や特定の政党に興味が薄い一般市民は、リスナー層にはあまり含まれていなさそうだ。しかし、政治のネタ探しをしている記者が聞き、それが記事として取り上げられることもあるので、第一段階の広報戦略としては大きな効果がある。各政党のポッドキャストでの一言がきっかけで、議論に火が付き、SNSで政治家が口論をはじめたり、メディアに取り上げられた例もすでに複数ある。
国政選挙のキャンペーンで利用できるか?
データが採集しにくく、まだ今年始めたばかりの挑戦なので、ポッドキャストを国政選挙のキャンペーン運動に本格的に利用するかは、保守党や緑の党では未定だそうだ。労働党は、選挙運動の一環として大きなチャンスを見出しており、今はその試験段階でもある。
すでに多くの政党が今年から始めているポッドキャスト。これから大きく成長しそうだ。いずれは、報道機関に頼らずに、各政党同志が自分たちで新しい政策討論の場をどんどん作っていくのかもしれない。
Photo&Text: Asaki Abumi