日本郵政は、資本が余っているなら、政府に返せ
日本郵政公社の機能は、三つの事業会社に分割再編されたのですが、それらの事業会社を完全子会社として保有する日本郵政は、グループ全体としてみれば、日本郵政公社が名前を変えただけというに近いものです。つまり、資産も負債も、故に資本も、公社時代、さらにいえば、郵政省時代、もっといえば、逓信省時代から継承しているわけです。さて、本当に、それでよかったのか。
みんなの党の主張
みんなの党は、日本郵政の子会社であるゆうちょ銀行について、面白い主張をしています。つまり、ゆうちょ銀行は、現在、自己資本として、約11兆円を有しているが、ゆうちょ銀行の経営にとって必要となる適正資本額は7兆円にすぎないので、日本郵政は、差額の4兆円を配当としてゆうちょ銀行から吸い上げ、政府は、さらに、日本郵政から同額を配当として吸い上げるべきである、というものです。
この立論の妥当性、特に、ゆうちょ銀行の適正資本額の算定については、議論のあるところですが、日本郵政公社から資産と債務を一括承継して、日本郵政が発足した結果、ゆうちょ銀行は、保有資本額も含め、実質的に、日本郵政公社時代の原型を保持していることについて、根本的な疑義を呈したものとして、意味があると思います。
つまり、そもそも論として、日本郵政公社時代のゆうちょ銀行について、資産と債務・資本の状況が適切であったかについては、再検討の余地もあろうということ、また、みんなの党が指摘するように、ゆうちょ銀行が日本郵政に対して行ってきた配当、また日本郵政が政府に対して行ってきた配当について、ゆうちょ銀行や日本郵政全体の利益額に照らして、十分な水準であったのか、そのような本質的な論点の検証は、確かに、残っているのでしょう。
「一度も株主に配当することなく」
ところで、みんなの党は、ゆうちょ銀行は、「一度も株主に配当することなく」、利益を累積してきたので、自己資本過剰になっているといっていますが、この主張の根拠は、よくわかりません。
日本郵政は、三つの完全子会社、即ち、日本郵便、ゆうちょ銀行、かんぽ生命のそれぞれから、純利益の25%を、配当として吸い上げてきました。そして、日本郵政は、唯一の株主である政府に対して、日本郵政単独の純利益額の25%を、配当してきました。
つまり、単純に計算すると、日本郵政全体の純利益の6%程度が、政府への配当になってきたことになります。実際、日本郵政の連結利益額に対する関係では、概ね、6%程度が、配当として、政府に払われてきたのです。故に、問題は、この配当性向が低すぎるのかということでしょう。
上場している銀行の配当性向をみると、利益額の変動にもかかわらず、配当額を安定させる場合が多いので、結果として、配当性向は、年度ごとに、また企業ごとに、変動が大きくなりやすいのですが、10%未満というのは、かなり低いほうだと思われます。
これは、25%という科学的根拠を欠いた配当性向の取決めに、問題があるのです。ゆうちょ銀行に限らず、日本郵政グループ各社の配当は、画一的で硬直的な配当性向が先にあって決められてきただけのことで、必要自己資本を反省的に考えた結果として決められてきたのでないことは、明白です。
その結果として、低すぎる配当性向が、ゆうちょ銀行をはじめ、日本郵政の全体について、過剰資本を生み出した可能性ついては、みんなの党が指摘するように、検証してみる必要があるでしょう。
日本郵政内部の資本再編
そういう意味では、9月29日に発表された日本郵政グループ内における資本の再編は、あくまでも、グループ内の問題ではありますが、資産と債務・資本の適正化への一つの取り組みです。
この資本再編は、第一に、ゆうちょ銀行が、親会社の日本郵政から、1兆3000億円相当の自社株を取得すること、第二に、日本郵政は、この代金1兆3000億円のうち、6000億円を、日本郵便が新たに発行する株式の引き受けに充当すること、第三に、残りの7000億円は、整理資源に対応する引当資産として、退職給付信託の設定に充てられること、以上の三つから成り立っています。
この日本郵政の決定自体は、明らかに、ゆうちょ銀行の自己資本に余裕のあることが前提となっています。少なくとも、1兆3000億円は、資本過剰であったということです。みんなの党の主張には、一理あったのです。ところが、日本郵政は、この金額を政府に対する配当に回すのではなく、日本郵便の増資など、日本郵政内部の資源再配置の問題として、処理してしまったのです。
整理資源
ところで、整理資源とは、何か。
実は、日本郵政公社は、2007年9月30日の公社としての最後の決算において、1兆4195億円という巨額な特別損失を計上しています。それは、「整理資源、恩給負担金及び公務災害補償年金に係る当期首時点の要引当額」というものを、一気に、計上したからなのです。
背景には、恩給年金の未積立問題があります。1959年1月に、国家公務員共済組合法が施行され、公務員の年金制度は恩給から共済年金に移行します。故に、1958年12月までの間に、逓信省および郵政省に勤務していたひとについては、恩給の年金給付があるのですが。その給付原資の積立はなされてはいないわけです。
そこで、1958年12月以前に退職した人については、恩給年金の給付原資の総額が必要となり、それが、恩給負担金と呼ばれ、また、1959年1月以降に退職した人については、1958年12月以前の勤務に対応する給付の原資が必要となり、それが、整理資源と呼ばれるわけです。
また、公務災害補償年金というのは、国家公務員災害補償法に基づき、職員が公務上の災害等を受けた場合に、被災職員や遺族に対して支給される補償費のことです。
日本郵政発足においては、日本郵政公社から、過去からの資産と負債を一括承継することとなっていたので、過去の負債のうち、会計的な認識がなされていなかった上記の負債について、一気に、引当計上されたわけです。
2007年9月30日時点で、1兆4195億円の内訳は、整理資源1兆3843億円、恩給負担金52億円、公務災害補償年金300億円であり、もともと、ほぼ全額が整理資源でした。しかも、対象者の推定年齢から容易に想像されるように、負債は急速に減少していくはずで、7年の間に、約半分の7000億円になったということなのです。
退職給付信託
では、退職給付信託とは、何か。
整理資源という負債、まさに退職給付にかかわる負債に相当する資産を、日本郵政の外部に、信託財産として設定し、留保することです。こうすれば、資産と債務が相殺されて、会計的には、負債が消滅します。しかも、これは、オフバランスにできるものなので、日本郵政の貸借対照表からは、整理資源という退職給付債務と、それに対応する資産額が、消えることになります。
日本郵政の西室社長の言葉を借りれば、「バランスシートに残すのはあまりに形が悪過ぎるということでやらせていただきたいということです。」
上場準備の一環
今、この資本再編を行った意味は、やはり、日本郵政の上場準備の一環でしょう。
西室社長によれば、「まず上場してしまった後ではできないことでございますから、全て100%私どもが責任を負っている、これは、責任を負っているというのは国に対して責任を負っている。それは100%株主が国であるわけですから、そういう状況の中で、やれる範囲で必要なことは一応これでできたかなと思っております」ということであり、また、「基本的には、これが上場前最後の資本構成の変更と考えている」そうです。
「上場してしまった後ではできないこと」
この西室社長の発言は、ちょっと気になります。株主が誰かで、責任の負いかたが異なるとでもいうのでしょうか。今回の資本再編は、政府が唯一の株主だからこそ、可能であったのであり、上場後だと、簡単ではなかったであろうという認識をおもちだとしたら、さて、いかがなものか。
合理性のある企業グループ内の資源再配置なら、上場後でも、少しの問題もなく、実行できたでしょう。政府との基本合意があるから可能であったというのなら、日本郵政の経営行動と、それを容認する株主としての政府の対応こそ、おかしい可能性があります。
本来は、日本郵政の資産と債務・資本の徹底的な再精査を通じて、経済合理性のある適正なグループ内資源配置を行い、その結果として、グループ全体として過剰となる資本があるのなら、それは、政府に配当したうえで、上場すべきだと思われるのです。
そういう意味で、みんなの党が、上場前に、ゆうちょ銀行の適正資本への減資を求めていることは、十分に検討に値する政策であるわけです。しかし、なぜ、ゆうちょ銀行についてのみ、適正資本額が問題になるのか、そこは、よくわかりません。同じ議論は、かんぽ生命についても、日本郵便についても、なされなくてはならないでしょう。要は、日本郵政の全体について、適正資本額が検証されなくてはならないのです。
政策の転換か
では、それには、政策の転換が必要でしょうか。
もともと、郵政民営化の基本線は、日本郵政公社を、そっくりそのまま、日本郵政に転換することにおかれていたのです。日本郵政のなかにおいて、ゆうちょ銀行等の事業会社の分割を行うことは、あくまでも、内部問題にすぎず、民営化の枠自体には、影響を与えないのです。それが、政府の方針なのです。
故に、西室社長の主張するように、政府の理解のもとでは、日本郵政内部での資本再配置など、簡単にできることなのです。しかし、そのような政策が妥当かどうかは、再検討に値します。それは、必ずしも、政策の転換まで、意味しないでしょう。「郵政民営化法」の枠のなかで、政策の実行にあり方として、検討できることも多いはずです。
JR九州の経営安定基金との類似性
この問題、実は、JR九州の経営安定基金の問題にもつながります。
JR九州の経営安定基金は、JR九州を、自立した企業として上場できるところまで支援する目的で、設定されたものです。その実質的な性格は、使途制限のある特殊な資本金です。今、JR九州は、上場準備を進めていて、経営安定基金を必要としない企業にまで、成長してきているのです。
そこで、上場に際しては、経営安定基金を、通常の資本の部に繰り入れてしまうのか、あるいは、政府に返還すべきなのか、大きな問題として浮上しているわけです。その金額、なんと、3877億円です。
確かに、JR九州は経営安定基金をもったものとして発足したのであって、日本郵政が日本郵政公社の全資本をもったものとして発足したのと同じです。しかし、それは、当時の政策として、民営化の経路の初期値を定めたにすぎないわけで、経路の終点において、改めて、初期値とのずれを清算することは、政策の合理性として、当然のことではないのでしょうか。
過剰資本では、資本利益率を維持できない
また、適正資本額で上場することは、上場後の株価維持の面でも重要です。
結局、JR九州でも、経営安定基金の返還(全額でないまでも)が検討課題に浮上してきたのは、資本に繰り入れると、過剰資本となり、資本利益率の維持が難しくなるからです。同様な検討は、日本郵政についても、なされなくてはなりません。事実、日本郵政の資本利益率は、決して、高くはないのです。
過剰資本を先に政府に返還し、その後、適正資本で上場して株価を維持できれば、政府にとっては、つまり、国民にとっては、二重の利益になります。そのような視点で、政策の次元で、政府に適切な対応を求めたいところです。