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高橋是清邸で考えたこと

久保田博幸金融アナリスト

3月15日に家の事情で立川方面に行ってきたのだが時間があったため、途中で「江戸東京たてもの園」に寄ってみた。この日まで「ジブリの立体建造物展」もやっていたので、それも目的であったが、一番の目的は高橋是清邸であった。ちなみに昼過ぎに着いたときは多少、入場券売り場に列はあったが、15時近くでは長蛇の列となっていた。「ジブリの立体建造物展」の最終日ということで多くの来場者がいたようである。

ただし、ジブリではなく「江戸東京たてもの園」の通常の建物はゆっくり見ることができた。たてもの園のほぼ真ん中にあるのが高橋是清邸である。高橋邸は赤坂にあり、現在の赤坂の高橋是清翁記念公園となっている。その敷地は広く約2000坪の敷地で、現在のカナダ大使館も高橋邸の一部であったそうである。そこにあった高橋是清邸は戦前に多磨霊園に移されていたために戦災を免れ、その後、この江戸東京たてもの園に移築され公開されている。

是清は二階を寝室と書斎に使っており、当時としては珍しかったガラス張りのその二階で、1936年の2月26日に襲撃され、高橋是清は殺害された。この部屋も入ることができる。

高橋是清は殺害されたときにはすでに81歳になっており、本来であれば、悠々自適の隠居生活を送ってたはずの年齢である。しかし、時の経済・財政さらに金融をしっかりコントロールできるのは高橋是清翁しかいないと、現役の大蔵大臣にカムバックし、いわゆる高橋財政を行っていた。

二・二六事件で殺害されたのはほとんどが軍部出身者であったが、唯一の例外が高橋是清であった。高橋是清の生い立ちは非常に面白い。詳しくご存じない方は幸田真音さんの小説 「天佑なり」か、私の著書「聞け!是清の警告」を読んでいただきたいと思うが、軍部には直接絡んではいない。しかし、是清なしに日露戦争はできなかった。戦争には莫大な資金が必要となる。日露戦争の資金調達に奔走し成功させたのが高橋是清であった。

高橋是清は高橋財政により日銀の国債引き受けというリスクのある手段を講じてしまった。ただし、それは高橋是清であればそのリスクを封じることもできるという自負もあった。高橋是清は何度も蔵相を経験し、首相、日銀総裁も経験するという異色の人物であり、英語も堪能で海外の経済金融情勢にも詳しかった。高橋邸の障子ガラスが張り巡らされたこの二階の明るい部屋で英字新聞を読んだり、ラジオを聞いたりしていたそうである。

その高橋是清も軍部を抑えることはできなかった。自ら考案した日銀の国債引き受けという打ち出の小槌は、しまい込むことはできなかった。国債依存の戦費調達を可能とさせ、その後軍備拡張は続き、太平洋戦争に突入する。財政悪化に加えて敗戦による物不足によりハイパーインフレが生じ、それとともに預金封鎖による強制的な国民財産の差し押さえにより巨額の日本の政府債務は返済されることになる。

高橋是清が存命であっても、この流れを止めることはできなかったかもしれない。しかし、もしかすると是清が生きていれば、また違った世論が形成されていた可能性もある。そのような存在であったために、軍部にとって邪魔な存在になっていたのかもしれない。坂本龍馬が暗殺されていなかったら歴史は変わっていたのかと思うことがあるが、高橋是清も暗殺されなかったら、時代は少し変わったものになっていたのかもしれない。

金融アナリスト

フリーの金融アナリスト。1996年に債券市場のホームページの草分けとなった「債券ディーリングルーム」を開設。幸田真音さんのベストセラー小説『日本国債』の登場人物のモデルともなった。日本国債や日銀の金融政策の動向分析などが専門。主な著書として「日本国債先物入門」パンローリング 、「債券の基本とカラクリがよーくわかる本」秀和システム、「債券と国債のしくみがわかる本」技術評論社など多数。

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