いま話題の鉄道、宇都宮ライトレールで感じられる横揺れはなぜ起きるのかを検証してみた
路面電車は乗り降りしやすく人に優しい乗り物だが……
2023(令和5)年の鉄道界で最大のニュースは、8月26日に宇都宮駅東口停留場と栃木県芳賀町の芳賀・高根沢工業団地停留場との間の14.6kmで営業を開始した宇都宮ライトレールであろう。宇都宮ライトレールは道路上に敷かれた線路の上を電車が走る路面電車であり、目下全国で最新の路面電車である。加えて、全線が次世代型路面電車システム、LRT(Light Rail Transit)として建設された日本初の鉄道でもあるのだ。
LRTはもちろん、そうでなくても路面電車は鉄道のなかでは路線バスに近い乗り物なので、乗り降りしやすく、人に優しい乗り物だと言える。宇都宮ライトレールはいま挙げたメリットを最大限に生かすため、一部の停留場は歩道に近づけて設置され、またバスターミナルと一体化されて円滑な利用ができるよう配慮された。一般的な鉄道、地下鉄、モノレール、新交通システムと数ある鉄道のなかで乗り降りのしやすさで路面電車にかなうものはない。
とはいえ、LRTではない路面電車にも泣き所はある。車両が前後左右上下の各方向によく揺れるのだ。振動のなかでは特に上下方向の揺れが目に付く。路面電車に乗っていると直線区間では車両がピョンピョンと跳ね、カーブやポイントを通過するときは突き上げるような衝撃が車内に伝わる機会も多い。あまり長時間利用しない乗り物とはいえ、閉口する向きも多いであろう。
上下方向の揺れは車両、線路双方に原因がある。車両側では何と言ってもサスペンションと呼ばれ、車輪が線路から受ける振動や衝撃を緩和する装置の働きが不十分だからだ。
路面電車には二対の車輪・車軸をセットした走行装置である台車が車体の前後に取り付けられている。そして、サスペンションは車軸と台車との間の軸ばね装置、台車と車体との間の枕ばね装置がそれぞれ担う。路面電車に限らず全国すべての鉄道車両の軸ばね装置には金属製のばねが用いられている。
一方で枕ばね装置にはエアサスとも呼ばれる空気ばねが一般的な鉄道では増えてきたものの、路面電車では少数派で、金属製のばねが多い。枕ばね装置が金属製のばねでも振動や衝撃を吸収できるが、路面電車に取り付けられているものの多くは乗り心地の面で不満が残る。なぜなら、1960年代までに製造された古い車両が主流で、現代の車両と比べるとばね装置の性能はよくないからだ。ばね装置を補完するダンパ装置の働きも不十分であったり、そもそも装着されていないケースも見られ、乗り心地はあまり芳しくない。
既存の路面電車では線路が原因で車両が上下に揺れる例も多数見られる。特に多いのは左右のレールのどちらも、または片側だけに沈んでしまうからだ。
道路に敷かれた路面電車の線路は交差点をはじめ、多くの場所で四六時中自動車に踏みつけられているため、線路は沈みやすい。特に、一般の鉄道のように砂利や砕石といったバラストの上に敷かれたたわみ構造をもつ線路で顕著に見られる。一般の鉄道であればバラストの上に敷かれた線路が沈んだとしてもメンテナンスを実施して元に戻せるが、路面電車では線路が舗装されているので頻繁に作業を行うことは困難だ。近年は自動車に踏まれても線路が沈まないよう、剛質構造と言ってコンクリートの基礎の上に線路を敷く例が現れたがまだ少ない。この結果、路面電車はいつ乗っても揺れる状況が続いてきた。
各種新機軸の採用で、宇都宮ライトレールの乗り心地はよい
宇都宮ライトレールは新しいだけあって乗り心地にまつわる路面電車の欠点はほぼ解消されている。開業から間もない9月6日に筆者が乗車した限りでは、上下方向の振動は全くと言ってよいほど感じられなかった。車両、線路とも振動を緩和させるためにさまざまな工夫が施されたからだ。
通称ライトライン、形式名ではHU-300形と呼ばれる車両には空気ばねこそスペースの都合で採用されなかった。しかし、金属ばねでも十分と言えるほど衝撃を吸収し、さらには車輪もリム部分と呼ばれる外周部とボスと呼ばれる中心部の円筒形の部分との間にゴムなどのクッション材をはさんだ弾性車輪となっていて揺れを車体に伝えづらい構造をもつ。振動が減れば走行音も減るので、線路の近くに住む人たちにとってもありがたい。
宇都宮ライトレールでは道路上に敷かれた線路にも最新の技術が導入された。レールは凹型状のコンクリートブロックに内蔵され、レールは樹脂を介してコンクリートブロックに固定されるつくりとなったのだ。この結果、自動車が線路上を通過してもたわまず、振動や騒音は樹脂によって緩和されている。
筆者はライトラインに乗車して全線を往復し、その乗り心地のよさに驚いた。開業したての新幹線を利用した機会も多いなか、ここまで揺れない例は珍しいのではと思ったほどだ。
なぜか直線区間では横方向への車両の揺れが気になる
滑るように走るといった形容がふさわしいライトラインの走行ぶりで一つ気になる点を感じた。確かに上下方向の揺れはほぼ皆無と言ってよいが、車体が横方向に揺れる現象が生じていたのだ。この揺れはカーブを曲がるときには感じられず、直線区間を走っているときに目立った。手持ちでの不安定な状態であくまでも参考となるが、当日筆者が撮影した動画をご覧いただきたい。
宇都宮ライトレール平石中央小学校前-飛山城跡(とびやまじょうあと)間の直線区間を走行中に撮影した動画。ライトラインが横方向に揺れる様子が確認できるであろう。2023年9月6日 筆者撮影 ※画像に加工を施しています。
ライトラインは主に2種類の振動が組み合わせられて左右に揺れていると考えられる。以下に示す検証はあくまでも筆者の推測に基づいている点をお断りしたい。
超低床構造で重心が高い結果、ローリングが起きやすいのか
動画で最も目立つのは、図1に示したX軸、車体前面と妻面との左右の中心同士を結ぶ軸を中心に、起き上がりこぼしのように傾き気味に左右に動く揺れだ。このような振動をローリングという。
※図の出典:『JISハンドブック 69 鉄道』、「図1―車体の座標軸」、日本規格協会、2019年7月、P1313より
ローリングの原因の一つとして挙げられるのは走行中に受ける風だ。横方向や斜め方向の風が車体に当たるとローリングは大きくなる。
もう一つ、ローリングは車体の重心が高いと生じやすい。ライトラインの床面の高さは乗り降りのしやすさを考慮してレール面から30cm程度と極めて低い位置に設けられた。一般的な車両ではこの高さは1.1m程度であるから、ライトラインの重心は低く、非常に安定しているように見える。ところが、ライトラインのような超低床構造の車両では本来床下に搭載すべき機器を置く場所がないので、屋根上に移設された。機器は重く、しかも機器を支えるために車体も堅牢につくるために超低床構造の車両は見た目に反して重心が高くなってしまうのは避けられない。
車輪とレールとのすき間、踏面の勾配が左右振動の原因か
動画を見ると、車体が水平方向に直線的に動く揺れも目に付く。このような揺れを左右振動という。先に示した図1でY軸方向の直線振動を指す。
左右振動の原因として、2本のレール同士の最短距離である幅を示す軌間に対して左右の車輪の間隔がやや狭く、この結果、車両が直進する際に左右へ動くからだと考えられる。車輪の内側にはフランジと呼ばれる縁が付けられて脱線を防いではいるものの、フランジが常にレールに接触しながら走行しているのではない。仮に常時触れたままではカーブを曲がりづらくなるし、直線区間でも騒音が大きくなり、車輪が摩耗しやすくなるからだ。
宇都宮ライトレールの軌間は1067mmである一方で、ライトラインの場合、フランジの内側同士を結んだ寸法は994mmと73mm短い。ライトラインのフランジの幅は不明ながら、おおむね30mmあると考えると踏面(とうめん)と言って車輪がレールに触れる面同士を結んだ寸法は994mm+30mm+30mmから1054mmとなって軌間に対して13mmのすき間が生じる。もちろん車輪には厚さがあり、ライトラインの寸法はこちらも不明ながら片方で少なくとも105mmはあるので、レールから車輪が落ちるといった事態は起きない。
※図の出典:『LRT試運転中の脱線事故に関する原因の究明及び再発防止策等に係る考察について(最終報告)』、「図49 軌間、バックゲージ、フランジウェーの位置」、LRT試運転中の脱線事故に関する原因の究明及び再発防止策等に係る有識者会議、宇都宮市、2023年5月30日、P40より
左右振動が起きるもう一つの理由として、車輪の踏面がレール上面に対して平行に接していない点も挙げられる。意外に思われるかもしれないが、踏面はレールとは平行に接していない。踏面には傾斜が付けられていて、レールの内側から外側に向かって下がっていく仕組みをもつ。国際鉄道連合が策定した標準規格では、幅55mmの踏面の内側と外側とで車輪の直径は2.75mm異なるように直線状の傾斜が設けられているという。ただし、このような踏面の形状では左右方向の揺れは大きくなりすぎる。ライトレールの踏面は直線状ではなく円弧を描き、ヨーイングを減らす工夫が施された。なお、踏面の内側、外側とで車輪の直径にどのくらいの差が生じているかは不明だが、国際鉄道連合の標準規格とそう大きくかけ離れてはいないであろう。
踏面になぜ傾斜が設けられているかというと、カーブを通過する際にカーブ内側の車輪と同じくカーブ外側の車輪との間に回転差が生じるからだ。自動車の場合はデファレンシャルギアを用いて左右の車輪の回転差を調整しているが、鉄道車両の車輪は車軸で結ばれているので自動車のような構造を採用できない。
※図の出典:『LRT試運転中の脱線事故に関する原因の究明及び再発防止策等に係る考察について(最終報告)』、「図9 台車」、LRT試運転中の脱線事故に関する原因の究明及び再発防止策等に係る有識者会議、宇都宮市、2023年5月30日、P7より
なお、超低床構造をもつ車両の多くは床面を車輪よりも低い位置に置くため、車軸のない独立車輪が採用された。ライトラインにも車軸はないので、踏面の傾斜ではなく、デファレンシャルギアで左右の車輪の回転差を調整すればよいが、そのようなつくりになっていない。ただし、前後2輪で構成される台車のうち、モーターの動力が伝達される駆動輪にはデファレンシャルギアが装着されている。こちら側だけでも踏面の傾斜は不要となるはずだが残されている。理由は不明ながら、超低床構造の車両のデファレンシャルギアは、左右の車輪の回転数を調整するのではなく、1基のモーターから伝達される駆動力を左右の車輪にバランスよく伝える役割に徹しているからなのかもしれない。
ヨーイングをあまり感じられない理由を探る
ライトラインが直線区間を走行中に左右にゆらゆら揺れる現象は他の記事でも取り上げられていて、蛇行動(だこうどう)ではないかとの記述が見られた。蛇行動とはいままで説明した左右振動にローリング、これから説明するヨーイングとが組み合わせられて生じた振動で、車両が蛇のようにうねうねと左右に振れながら前に進むことから名付けられた。
筆者もライトラインの横揺れは蛇行動ではないかと考えたが、厳密にはそうではないと考える。動画をご覧のとおりヨーイングを確認しづらいからだ。
ヨーイングとは、先に示した図1でZ軸、つまり前後左右の中心から垂直に延びた軸を中心に車体が左右に回転する振動を指す。左斜め前、右斜め前へとまるで人が歩く際に足を踏み出すかのような周期的な動きを見せる。
この揺れは線路の整備が悪いとき、具体的には2本のレールが均等に左右にずれてしまったときに起きる。けれども、宇都宮ライトレールの線路の状態は大変良好なので、線路の状態はヨーイングを引き起こす原因にはならない。
もう一つの原因として、車体に対して台車が回転する構造となっているからという点が挙げられる。回転可能な理由はカーブをスムーズに曲がるためで、この結果、直線区間ではヨーイングが避けられない。車体に対して台車を動きにくくするダンパ装置はあっても、固定とまではいかないのも構造上難しいからであろう。
実を言うとライトラインの台車は車体に対して回転しないのでヨーイングは起きないか、起きてもごくわずかだと言える。ライトラインでは床面を下げるため、台車は車体に固定された。なぜかというと、床面が台車の上端よりも低い位置にあり、車輪のある場所はバスで見られるようなタイヤハウスとなっているからだ。タイヤハウスの上は腰掛が置かれているので目立たないが、この部分を通路とすることはできない。仮に台車を車体に対して回転させるとその分タイヤハウスは広がり、通路が狭くなってしまうのだ。
ローリングにしろ、左右振動にしろ、ライトラインに乗車して感じた横揺れは鉄道そのものや超低床構造の車両のもつ特性から生じたもので、やむを得ない。そうは言っても、今後線路の状態が変化したとき、それから将来予定されているスピードアップが実施されたときを考えると、いまから対策を立てておいても損はないであろう。具体的には左右に車体が揺れたらその揺れの力を利用してリンク状のアクチュエーターを作動させ、振動を打ち消すアクティブサスペンション装置をライトラインに取り付けることが有効だと筆者は考える。ただし、台車と車体との間に置く装置であるから、スペースに余裕のないライトラインには難しい。船舶の横揺れを緩和させるジャイロスタビライザーを屋根上に搭載すればよいとも考えるがいかがであろうか。
参考文献
『新交通システム導入に係る「事業・運営手法」と「施設計画」の検討結果報告』、新交通システム検討委員会、宇都宮市、2009年3月
前橋栄一、「超低床LRVの駆動・走行メカニズム」、「RRR」2008年2月号、 鉄道総合技術研究所
矢澤英治、清水 惇、「路面電車の軌道メンテナンスを改善する」、「RRR」2013年12月号、 鉄道総合技術研究所
『LRT試運転中の脱線事故に関する原因の究明及び再発防止策等に係る考察について(最終報告)』、LRT試運転中の脱線事故に関する原因の究明及び再発防止策等に係る有識者会議、宇都宮市、2023年5月30日