投票用紙に「杉田水脈」と書かれたら困る(?)比例単独議員ならではの選挙戦略とその限界
性的少数者や女性、先住民らに対する発言がかねがね問題視されていた杉田水脈自民党衆議院議員。第2次岸田文雄改造内閣で「総務大臣政務官」という政府の役職に就任したため、臨時国会では過去の言動を追及されて釈明に追われました。
杉田議員が問題視されて当然の言行を繰り返すため「なぜそんなことばかり言うのだろう」「何でこの方は国会議員に選ばれているのか」と素朴な疑問を持つ者も多いようです。そのあたりを調べてみると、どうやら選ばれ方自体が杉田氏本人に影響を与えている可能性も。以下に推測してみます。
初当選はブロック最下位で比例復活
杉田氏がいつから、発言のような思想信条を持っていたかは本人のみしか知り得ません。ただし初当選の頃は、さほどの過激さは見当たりませんでした。
そもそも杉田氏は自民党生え抜きではありません。2012年の初当選は旧「日本維新の会」(12年~14年)から。出身地の兵庫県から出馬し(6区)自民党新人に競り負けて次点ながら重複立候補していた近畿ブロックで比例復活当選したのです。同ブロック定員29人の29番目。ギリギリに滑り込みました。この選挙で維新は改選前11議席を大幅に上回る54議席を獲得。ブームに救われた形でした。
この時の杉田候補を紹介した神戸新聞の記事(12年12月6日)によると現在とは相当に異なった人物像が浮かび上がります。
自身が西宮市役所に18年勤めて公務員改革を模索した。福祉や環境、教育は権限や財源を地方に移すべき。官僚政治にNO。(維新の)橋下徹代表代行が大阪でやった公務員改革を国でも進めたい。
当時の維新の主張に忠実に沿った主張です。
ところが維新は14年に分党。杉田氏は橋下氏側でなく平沼赳夫氏や石原慎太郎氏らによって結成された「次世代の党」を選択して14年総選挙を再び兵庫6区で戦うも惨敗。浪人生活を強いられます。
公式サイトによると杉田氏の「好きな言葉」は「過去と人は変えられない。自分と未来は変えられる」「置かれた場所で咲きなさい」。どうやら言葉通りの変化がこの後に訪れるようです。
必ずしも比例順位を厚遇されたとはいえない
浪人時代に従軍慰安婦問題などでの発信を続けたのが安倍晋三首相(当時)の目にとまり、17年総選挙からは自民党公認・比例中国ブロック単独候補として当選を重ねて今日に至ります。中国ブロックになったのは彼女が鳥取大学出身と土地勘があったのもさることながら同ブロック内の山口4区が安倍氏の選挙区であるのが決定的でしょう。
一部には「比例順位を厚遇された」とありますが、実際には「厚遇」というほどでもありません。17年は17位、21年総選挙は19位ですから。対して自民党の比例区(比例代表に同じ。以下同)獲得議席は17年が5で21年は6。順位だけで考えると当選は到底覚束ないはずです。
からくりは杉田氏自身がかつて恩恵を受けた復活当選制度にあります。17年の自民名簿1位は小選挙区の候補が同一順位にずらっと並び、1人以外が選挙区で当選したため(=名簿から抜ける)17位でも自民内2位。
21年は少々厳しかった。選挙区事情で自民の名簿1位は単独候補。2位に重複立候補者が並んで小選挙区で敗れた2人が復活当選。さらに18位の単独候補も当選し、自民としては6人当選中5番目に滑り込みました。
以上のように杉田氏の当選3回で小選挙区勝利は一度もありません。1回は比例復活。2回が比例単独での議席獲得となるのです。
自民王国のブロックゆえ当選できたからくり
杉田氏が自民移籍後の2回の総選挙で議席を得られた最大の理由は上位に並ぶ重複立候補者が小選挙区で勝ちまくるブロックであるというのが非常に大きい。中国ブロック内全20選挙区のうち自民が候補者を擁立した19選挙区(1選挙区は連立与党の公明党に譲る)での勝敗は実質(※注)18勝1敗。「実質」というのは岡山3区は自民公認が敗れて比例復活しているものの、勝った無所属候補も当選後自民へ入党しているからです。
何でこんなに強いのかというと中国が全国屈指の世襲王国だから。無所属を含む18人中実に13人が世襲。自民が選挙区を落とした広島6区は当選した立憲候補が世襲というおまけつき。
世襲は地元のいわば「殿様」で固い支持層が期待できます。山口に至っては21年、世襲の参院議員であった林芳正氏が衆院に鞍替えしたため弾き出される形となった河村建夫衆議院議員が息子に世襲して比例中国ブロックでの優遇を求めるも果たせなかったという激しさです。もし河村家の世襲がかなっていたら杉田氏の当選は一層厳しくなったでしょう。
このことから杉田氏を引き上げた安倍氏の画策という声もささやかれました。可能性は否定できません。ただ仮にそうであっても「杉田氏を守る」以上の動機が安倍氏にはあったのです。93年までの中選挙区時代、安倍家と林家、および河村氏が地盤を引き継いだ田中義一元首相の息子の系統が同じ旧山口1区でしのぎを削ったライバルでした。この期に葬っておきたいと考えてとしても(憶測ですが)おかしくありません。
いずれにせよ杉田氏は中国地方の自民王国という特殊性で助かっている部分が大きいのです。
「自民」と書いてもらってパイを広げるのが当選につながる
もっとも選挙は水もの。杉田氏の順位より上にズラッと重複立候補がいて場合によっては比例区で議席を得る=杉田氏にとってピンチという可能性は常にあります。防ぐためには比例の自民票を増やす自助努力が求められるのです。
日本の小選挙区比例代表制は2票制で比例区は政党名のみ有効。すなわち杉田氏が支持を訴えるにあたって「杉田水脈」と個人名を書かれたら無効になります。
ここは極めて重要。普段選挙でよく聞く候補者名の連呼は比例単独候補にとって何の意味もありません。あくまで「自民」と書いてもらってパイを広げるのが自身の当選につながるのです。
ここで杉田氏の主張を重ねてみましょう。「生産性がない同性愛の人たち」「女性はいくらでもウソをつける」「チマ・チョゴリやアイヌの民族衣装のコスプレおばさん」などなど。有権者に性的少数者を異端視したり、嫌韓感情が強い者も多くいるのは事実で、そうした思想・信条の持ち主が「よく言ってくれた」と賛同する可能性は十分あります。
しかも杉田氏自身が女性というのも武器たり得るのです。女性ならばジェンダー平等を唱えるはずなのに(この発想もステレオタイプですが)逆の意見を述べると説得力が高まる効果が期待できます。
むろん自民支持者が皆杉田氏の発言に賛同するわけではありません。ただ炎上上等で同調するコアな支持層を引き寄せるだけの意義は選挙戦略として十分に認められそうです。
定数是正の大波を受けて当選が危ない次回総選挙
ただこうした捨て身(?)の作戦も今後役立つか暗雲が立ちこめてきました。臨時国会で成立した衆議院議員定数「10増10減」が彼女のいる中国ブロックに大きな影響を与えそうだから。
まずブロックの定数自体が1つ減ります。さらにブロック内にある小選挙区が3つも減ってしまうのです。減員された議員を比例単独上位に処遇するとか、コスタリカ方式を採用するといった過去の対処法が純粋に次回総選挙で採られたならば既に21年の段階で杉田氏より上位に2人の比例単独がいたところに上澄みされるので当選は非常に厳しくなりそう。庇護者の安倍氏ももういません。
保守王国ゆえに名簿2ケタの単独でも比例区で当選してきた杉田氏。皮肉にも保守王国ゆえの「殿様」比例区転出で議席を失いかねない状況です。