大学改称のコスパ勘定68校調査~首都大学東京は損だったのか
すったもんだの末に決まった首都大学東京
首都大学東京は2005年、石原慎太郎知事(当時)の時代に、東京都立大学、都立科学技術大学、都立保健科学大学、東京都立短期大学の4校が統合して誕生しました。
2003年に石原知事が「まったく新しい大学を作る」を公約にして都知事選(2期目)に出馬し当選。4校統合が一気に進みます。
その過程で、教員から反対論が起こり、一方では他大学への移籍が相次ぎます。経済学部の教員は移籍者が多すぎたために、当初は設置予定だった経済学コースが消滅。文部科学省の補助金事業(21世紀COEプログラム)を返上することになります。
校名も一般公募では「東京都立大学」が最多でしたが、石原知事の意向もあってか、首都大学東京となりました。日本で大学と言えば語尾に「大学」が付きます。この常識を覆すセンスにも非難が集まりますが、それでめげる石原知事ではありません。
かくて、日本の大学業界史上初・語尾に「大学」が付かない首都大学東京は誕生しました。
マツコ・デラックス「痛い名前大学」、舛添前知事は「東京都大学」も
設立当初、他大学の単位が取得できる単位バンク制度、従来の学部を組み替えて誕生した都市教養学部、都市環境学部などが話題となりました。
が、単位バンク制度は掛け声倒れに終わります。都市教養学部も従来の学部を引き継ぐ学系が認知されただけに終わりました。
校名変更の決定を受けて、マツコ・デラックスさんは首都大学東京という校名について「痛い名前大学」「"首都"とかヤバくない?ヤバ目の大学の臭いがするんだよね」「こんなに頭のいい大学とは思えないっていうか」(番組での発言、原文ママ)と発言。
首都大学東京という校名は候補として出た当初から不評でした。統合反対派教員を中心に「教員をクビにするから首都大学東京は『クビ大』だ」と揶揄されるほど。
2009年にはモード学園(現在は日本教育財団)が新宿に専門学校・首都医校を開設。校舎はコクーンタワーという独特なビルで注目されます。同年には、武蔵工業大学が東京都市大学と改称しました。これも、首都大学東京を公立か私立か、混同される要因になります。
こうした不評があってか、2014年には当時の舛添要一知事が東京都大学に改称することを示唆。まあ、それはそれでどうかと思うのですが…。
2000年以降の改称68校の志願者データから見えるもの
2000年以降、今年2018年までに校名を変更した大学は68校あります。
※2018年10月改称予定の藤田医科大学(←藤田保健衛生大学)を含む。
※旧校名を引き継いだ統合事例(2002年の山梨大学など国立大13校、2002年の大阪国際大学、2005年の大阪府立大学など)は含まない
なお、2019年には岐阜経済大学(→岐阜協立大学)、広島文教女子大学(→広島文教大学)、京都学園大学(→京都先端科学大学)の3校が改称予定です。
さて2000年以降の校名変更をした68校について志願者の変動をまとめました。
7グループに分けて解説します。
※志願者データの出典は旺文社『蛍雪時代臨時増刊 全国大学案内号』の各年度版
※「改称前」は改称年の前年、「改称後」は改称した年の、それぞれ志願者数。
※「-」は非公表
※「結果」の「〇」は改称前後と2018年データを比較して志願者数が1割以上、増加。「×」は志願者数が1割以上の減少。「△」は増減が1割以内であることを示す。
※志願者数非公表の大学については志願者数を増やせていない、と見なす
大学統合は意外と増えず/志願者を減らす国公立大も
まずは首都大学東京と同じ、大学統合による事例から。
星槎道都大学(←道都大学)は星槎グループの加入により学校法人の名称も変更したことを受けてのもので、厳密には大学統合ではありません。が、本稿では、こちらのグループに入れました。
首都大学東京は2005年には事前予想を覆し志願者数を増やします。ただ、その後は緩やかに減らしていきます。改称前の2004年と2018年の志願者数と比較すると、統合した意味があったかどうか、微妙なところ。
志願者数を大きく増やしたのは私立の常葉大学で法学部、健康科学部を新設したことも追い風となりました。
公立化は大幅増、公立強調は微増か
私立大から公立に転換する大学が地方で増えています。このうち名称を変更したのが3校。それと、公立大だったのですが、さらに公立であることを強調するために改称したのが3校あります。
公立化の3校はそれぞれ志願者数を大幅に増加させました。私立大だと志願しない他地域の受験生も公立大となれば話は別。多数が受験します。同じ地域の受験生も学費負担の安い公立大であれば志望するようになります。
一方、公立を強調するための改称は3校とも志願者数を大きく増やしてはいません。公立鳥取環境大学の場合、公立化が2012年なので、すでに志願者数を伸ばしていた、という事情もあります。
共学化は大当たりか大外れか
女子大が共学化するために「女子」を取って改称する大学は12校ありました。
共学化で大成功したのが武蔵野大学、京都橘大学、文京学院大学の3校。それぞれ、医療系学部や文系学部などを新設。規模の拡大が志願者をさらに伸ばしたのです。
一方、共学化でも志願者を伸ばせない大学もあります。データを2018年現在でも非公表としている松陰、杉野服飾、東海学院の3校は志願者が集まらないからこその非公表でしょう。
立志舘大学の場合は共学化・改称が打開策とならず卒業生を出せないまま2003年には廃校してしまいます。
専門性を薄める「工業」「商業」
校名についていた専門性をあえて薄めた大学は19校ありました。
東京都市大学(←武蔵工業大学)、大同大学(←大同工業大学)、北海道科学大学(←北海道工業大学)などが成功例。
従来の理工系学部だけでなく文系学部・医療系学部などを新設したことが志願者増加につながっています。
専門性を強調する5校
先ほどの専門性を薄めた19校とは逆で、専門性を強調して改称。
産業能率大学(←産能大学)などが成功事例。
北海商科大学(←北海学園北見大学)は、大学移転(北見市から札幌市内)が増加した勝因でしょう。
地名関連の改称は伸び悩む?
地名を大学名に入れ込む、あるいはその逆で地名を外すなどの大学は15校ありました。
大学移転により、移転先を大学名に入れた宇都宮共和大学(←那須大学)、県名を入れた愛知東邦大学(←東邦学園大学)などが成功例。
一方、県名では物足りないと大きく出たのがノースアジア大学(←秋田経済法科大学)。しかし、厳密にはノースアジアという地域はありません。逆にイメージできなくなったか、志願者数は伸び悩んでいます。
不祥事・印象の悪さからは脱却しづらい?
不祥事や印象の悪さを一新したい、ということで校名変更をした、と推察される大学は7校。
しかし不祥事の影響が続くのか、大きく志願者を増やしているわけではありません。
印象の悪さから改称したのが英知大学(→聖トマス大学)。
聖トマスだと、さらにわかりづらいこともあってか、廃校してしまいました。
近畿福祉大学は2000年開設。2008年に近畿医療福祉大学、2013年に神戸医療福祉大学と改称を繰り返しますが、志願者は増えていません。
日本経済大学も1968年開設の第一経済大学が2007年に福岡経済大学に改称。その後、2010年に日本経済大学に改称と短期間で変えています。
福岡県太宰府市のキャンパス以外に、神戸三宮キャンパスと東京渋谷キャンパスを開設。規模は拡大している模様ですが志願者数データは非公表です。そのため、本稿では改称の効果については「×」としました。
校名変更だけでなく学部新設などの合わせ技が必要
校名変更の68校中、半数強の38校が志願者数を増やしています。
が、よく見ていくと、志願者数を増やした大学は、学部新設、キャンパス移転など校名変更と同時に実施しています。または校名変更後も、新設・移転や教育内容の充実などを図っています。
それが評価されての志願者増加であって、校名変更が志願者増加の切り札、と考えるのは無理があるのではないでしょうか。
酪農学園大学は反対論強く校名変更せず
校名変更は在籍する教員や卒業生などから反対論が出ます。その結果、校名変更をしない大学もあります。
2010年には北海道の酪農学園大学が「北海道三愛大学」への改称を検討します。が、学内外から反対運動が起き、結果、撤回となりました。
麻田理事長らが校名変更の意向を示したのは、昨年6月。「酪農学園という名に地名は含まれておらず、業界の名称を使っている」「酪農学科だけでなく、今は8学科あり、名称と大学の教育内容に開きがある」などと説明。「酪農家は全国で60年当時の17分の1に減少した」と指摘し、名称変更によって「新たな層からの志願者獲得が期待できる」との見方を示した。
法人の理事会は1月25日、「北海道三愛大学」という名称を提案した。「三愛」は、創設者でクリスチャンの黒沢が建学精神として唱えた「神を愛し、人を愛し、土を愛す」に由来しているという。理事会は11年度のカリキュラム・組織改編に合わせて校名を変えたい考えだ。
だが、同窓会、教授会、在学生からは強い異議が出ている。同大学同窓会札幌支部(1万3千人)が校名変更反対を決議。1月の理事会提案に対し、今月8日の全学教授会も、出席者98人中83人が理事会提案の新名称に反対した。在学生も反対署名を集め、学園側に提出した。理事会側によると、校名変更は理事会の決定があれば足りる。しかし、こうした反発をむげにもできず、行き詰まった状態になっている。
※朝日新聞北海道版2010年2月27日朝刊「酪農大の改名巡り賛否」
改革成功の学長は「受験生は名称ではなく中身で大学を選ぶ」
現在、地方私大の再生モデルとして注目されているのが群馬県の共愛学園前橋国際大学です。同大はかつて定員割れとなりました。定員割れ、さらには偏差値が極端に低下したところから、どう復活したかは、昨年の記事に譲るとします。
Fランク寸前大学が全国5位大学に成長した理由~共愛学園前橋国際大学・学長インタビュー
定員割れした時点で大学の校名変更も検討した、と大森昭生学長は話します。
「かつて定員割れになったあと、大学名変更を検討したこともありました。しかし、そういったネガティブな理由での名称変更は、かえってマイナスイメージを与えるのではないかという懸念と、受験生は名称ではなく中身で大学を選んでいるという確信から、名称変更をせず教育改革と内容の充実によってアピールしよう、という結論になったのです」
校名変更をした68校の志願者データを見る限り、大森学長のコメントはピタリとはまっています。不祥事などでイメージを一新したい大学は結果として志願者数を伸ばしていません。
一方、学部新設も含めて教育内容を充実させた大学は志願者数を伸ばしています。
私は大学の校名変更について9年前の2009年にAERAで記事を書いたことがあります(「名前を変えて生き残れ 校名変更の費用対効果」AERA2009年7月20日号掲載)。
この記事で掲載した広報の専門家3人のコメントは現在も当てはまります。
新たな東京都立大学、あるいは定員割れで苦しむ私大関係者に向けて、それぞれ引用して、この記事を締めるとしましょう。
「高額な費用をかけてつくったロゴマークは素敵でも、誰もついてこない。そんな大学が多数あります」(宣伝会議・田中里沙編集室長)
「すぐに受験生を増やせ、と言われても効果はない。それなら無理に校名変更をすべきではありません」(博報堂ブランドコンサルティング・首藤明敏社長)
「大学側は『風邪薬』をくれと言う。こちらは『重症だからきちんと治療しましょう』と話す。それを煙たがられることが多い」(インターブランドジャパン・上條憲二エグゼクティブディレクター)
※3人の肩書は当時のもの
追記(2018年9月2日23時4分)
Yahoo!ニュース個人編集部の指摘により、一部修正しました。
松坂大学→松阪大学
近畿医療福祉大学の2018年結果 102人→再改称
に、それぞれ修正しました。ご指摘いただいたdeiwem様、ありがとうございました。