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マグロの希少部位を売る居酒屋が「ジンソーダ飲み放題・無料」にして儲かる仕組みとは

千葉哲幸フードサービスジャーナリスト
「まぐろじん」はオープンしてから満席の状態が延々と続いている(筆者撮影)

大阪市北区の天神橋筋商店街は北から南まで2.6キロの長さがあり日本一長い商店街とされる。大阪の中心部、梅田からJRで一駅離れた隣町でありながら、近代的な梅田の光景とは真逆の下町の風情が漂う。

この商店街に5月10日「鮪酒場 まぐろじん」(以下、まぐろじん)という居酒屋がオープンした。メニューの特徴はマグロの希少部位をラインアップしていること。「肝(キモ)、白子、ほほ肉、入荷しました」と店頭の看板にある。「マグロの希少部位」をアピールしている居酒屋とは、とても稀有な存在である。

さらに同店の特徴は「飲み放題無料」だ。いまサントリーが強く推している「翆」というジンのの強炭酸ソーダ割を卓上サーバーから注ぎ放題で注いで“無料”。“75分間”という縛りがある。こんなことで儲かるのだろうか。

卓上にサーバーが備えつけられていて、お客は75分間という時間制限がありながら「飲み放題・無料」をストレスフリーで楽しむことができる(筆者撮影)
卓上にサーバーが備えつけられていて、お客は75分間という時間制限がありながら「飲み放題・無料」をストレスフリーで楽しむことができる(筆者撮影)

マグロ生産者を「離島振興法」で支援

「まぐろじん」を運営しているのは有限会社GC(本社/東京都港区、代表/石原義明)。同社代表の石原氏は1982年11月生まれ、長崎県出身。空手に打ち込みK1の選手に憧れ、26歳でK1にスカウトされ大阪に移る。K1の活動を続けながら28歳の時に飲食業の会社を設立、2015年に父の事業を引き継ぐことになり、飲食店をすべて当時の店長に譲渡。自分は長崎に戻り、飲食事業をテコ入れするなど事業を再構築した。ここからヒット業態が生まれていく。特に2020年11月に立ち上げたホルモン焼肉と卓上サーバーのレモンサワーが飲み放題の「レモホル酒場」が大ヒットしてチェーン展開を進めていく。

その石原氏に、昨年の暮れ「お宅の会社で長崎の産品を売ってほしい」と長崎県から依頼があった。県内はじめ九州で展開している「レモホル酒場」などに注目していた長崎県は、経営者が長崎出身と知ってオファーしたという。

これらの長崎の産品はリストアップされていて、この中で「対馬のマグロが売れるのではないか」と石原氏は考えた。海外の特に中国のお客はマグロを好む。インバウンドが戻ってきたら、この業態は確実にヒットするだろうと。

長崎県の担当者の話では、「離島振興法」の補助金が国からたくさん出ているが、それをうまく使いこなせていないという。離島振興法とは、人口減少が継続し、高齢化が急速に進展している離島の人々の生活の安定と福祉の向上を図るためのもの。そこで、補助金を活用することで雇用促進が進むことが期待されている。

離島振興法を活用すれば、産品を届けるための送料に補助金が出て、送料を下げることが可能となり「対馬のマグロ」を大都市で売るチャンスが広がる。対馬のマグロは養殖のクロマグロで、大都市での販売ルートができると、養殖業者は事業を大きくして、雇用を増やすことができる。市場では「長崎県産のクロマグロ」という商品力で戦うことができる。

長崎・対馬のマグロは養殖のクロマグロ。GCがマグロ業態を開発し「離島振興法」を活用して積極的に販売することで生産者にとっては大きな供給先のルートができた(GC提供)
長崎・対馬のマグロは養殖のクロマグロ。GCがマグロ業態を開発し「離島振興法」を活用して積極的に販売することで生産者にとっては大きな供給先のルートができた(GC提供)

そこで石原氏は「マグロ専門店」をつくろうと考えた。

捨てられているマグロの内臓に着眼

コロナ禍にあって、天神橋筋商店街でも物件が出るようになった。GCではここに13坪と82坪の物件を確保した。小さい方の物件では2月19日にファストフード系のマグロ専門店「新鮮組まぐろ屋」(以下、まぐろ屋)をオープンした。この店はカウンター12席でオープン初日に400食を販売するという大繁盛店となってスタートした。その後、長崎市内、京都・四条烏丸、大阪・梅田、東京・新橋と展開していく。客席4~8席の軽装備なフォーマットで、テイクアウト販売も期待されている。商品はマグロ丼で部位によって価格が変わるが中心価格帯は1500円あたり。

今年の1月、石原氏はビジネスパートナーであるサントリーの担当者と一緒に長崎・対馬のクロマグロの養殖場を訪ねた。漁師さんは船上でマグロの解体を行ったが内臓を次々と海に捨てた。石原氏は「それは食べられないものか」と尋ねたところ、「好きな人は食べる。ただし、掃除したり調理したりするのはすごく面倒だ」という。しかし、その捨てられる内臓に興味を抱いた石原氏は後日店に届けてくれるようにお願いした。

店にマグロの内臓が届いて、早速試食会を開催。しかしながら、「お先にどうぞ」と言っても進んで箸を出す人がいない。おそるおそる食べてみると、これがまた絶妙な食味であった。特に白子は絶品。そこでこれらを「希少部位」として売ろうと考えた。

マグロの希少部位の中でも「白子」は絶品。クリーミーでしっかりとした食感があることが特徴(筆者撮影)
マグロの希少部位の中でも「白子」は絶品。クリーミーでしっかりとした食感があることが特徴(筆者撮影)

サントリーの担当者はGCの新業態で「翆」を推して売りたいという。同社では「レモホル酒場」でサワーを卓上サーバーで飲み放題にしている経験から、「翆」のジンソーダをこの売り方にしようと考えた。しかし、従来のままでは新鮮味がないと捉え、思い切って「75分飲み放題無料」にした。「75分では短くてせわしくないか」と思われるが、「75分で飲み放題終了」と区切るのではなく、75分になったら従業員がお客に「〆の一杯いかがですか」と声をかける。お客にとっては時間に縛られている感覚が緩んで好感を抱いているようだ。現状客単価2000円程度で、お客は会計の時にみなびっくりしているという。

ちなみにメーカーからの協賛は一切ない。卓上サーバー関連に400万円がかかったが、これも同社で負担した。

真逆の業態が健全な経営体質をつくる

メーカーからの協賛がゼロ。ドリンクは飲み放題が無料。客単価2000円。これで儲かるからくりとはこうなっている。

まず、GCが「まぐろ屋」と「まぐろじん」を同時に営んでいるということがポイント。

「まぐろ屋」はマグロの赤身だけを使用したファストフード系の業態。「まぐろじん」はそもそも捨てられていた希少部位(=内臓)を使用している。この二つの業態で産地からマグロのすべてを仕入れている。「まぐろ屋」で赤身の使用量が増えていくことは生産者にとってとても嬉しいことで、(捨てられていた)内臓もそれに伴って増えていく。

「まぐろじん」のフードは、マグロの場合、赤身よりも希少部位がよく売れている。それは同店が“居酒屋”であるから“珍味”の希少部位に人気が集まるのは道理だ。現状の一番人気は「対馬まぐろ希少部位3種食べ比べ」880円(税別、以下同)、試食会で絶賛された「白子ポン酢」は780円。一方、赤身を盛り合わせた「対馬まぐろ3種刺し」は1689円である。この赤身と希少部位の価格を比べてみても希少部位に人気が集まることは容易に理解できるだろう。マグロ関連以外では、「まぐろじんだし巻」490円、「和風フライドポテト」390円という具合に、原価率が低いフードがよく売れている。

「まぐろじん」で一番人気の「対馬まぐろ希少部位3種食べ比べ」880円(筆者撮影)
「まぐろじん」で一番人気の「対馬まぐろ希少部位3種食べ比べ」880円(筆者撮影)

そこで現状、原価率は「まぐろ屋」が65%、「まぐろじん」は41%となっている。赤身と内臓をセットで使用することでこのメリットが生まれることから、出店は二つの業態がセットになっていることでより効率的になる。東京・新橋では6月3日に「まぐろ屋」をオープンしているが、同じ新橋に8月ごろ「まぐろじん」をオープンする。

マグロ生産者を支援するというスタンスで取り組んだ新事業が、ほかが真似ることが難しい仕組みをつくり上げ高収益の体質をもたらしている。マグロの赤身のファストフード系、マグロの希少部位(=内臓)の居酒屋は、真逆の業態であるが、実は二つが存在することでより儲かる経営体質をもたらしている。

フードサービスジャーナリスト

柴田書店『月刊食堂』、商業界『飲食店経営』とライバル誌それぞれの編集長を歴任。外食記者歴三十数年。フードサービス業の取材・執筆、講演、書籍編集などを行う。

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