マン島TTレースに挑戦!日本の電動バイク『神電』にグッドウッドフェスティバルで熱い視線!
6月26日までイギリスで開催されたレーシングカーの祭典『グッドウッドフェスティバル・オブ・スピード』(以下、グッドウッド)。
モータースポーツの歴史を彩ってきた名レーシングカー、クラシックレーシングバイクの走行が中心で、モータースポーツファンには懐かしいマシンに再会できるタイムスリップイベントとして知られている。20万人を動員する世界的ヒストリックイベントの会場でひときわ異彩を放ち、地元イギリスのファンから注目を集めるバイクがあった。
日本の「無限」(株式会社M-TEC)が製作し、毎年イギリス・マン島の公道を使ったオートバイレース「マン島TTレース」に参戦している電動バイク『神電(しんでん)』だ。
今年もTT-Zeroクラスで優勝
「無限」が電動バイク『神電』で「マン島TTレース」に挑戦を始めたのは2012年。同社にとって初の電動バイクによるモータースポーツ競技への挑戦となったマシン、『神電』は参戦初年度から平均時速100マイルを超える速さを披露。クリーンエネルギー時代を見据えて2009年から設定された「TT-Zero」クラスに参戦し、2014年と2015年にはエースライダーのジョン・マクギネスが優勝。
そして6月初旬に開催された2016年の大会ではブルース・アンスティが優勝し、『神電』は3連覇を成し遂げたばかりだ。ゼロエミッションを目指すカテゴリーでの3連覇は日本の電動バイク『神電』が今、世界の頂点に君臨していることを意味すると言っても良いだろう。
今回、グッドウッドのコースを走行したのは2016年用の5代目となるマシン『神電 伍(しんでん・ご)』。70年代や80年代のレーシングマシンが爆音を響かせて走る中、電動バイク『神電 伍』はモーター音と風切り音だけの静かな走りで、その雰囲気はなんとも対照的。昔懐かしい爆音を求めにイベントに来場したファンにとっては物足りないマシンかもしれないが、1台ずつ走行するヒルクライム競技形式を取るグッドウッドでは、逆に静かなサウンドと共に流麗に走る『神電』の姿がより印象的なものになった。
地元の英雄、マクギネスが語る電動バイクの魅力
グッドウッドに出場するマシンがヒルクライムコースで走るのは1日に2回程度。大部分の時間は指定されたピットで展示され、ファンが自由に訪問できる。そんな中、『神電』のピットの周りはいつも地元のファンでザワザワしていた。
というのも、隣のピットは元MotoGPワールドチャンピオンで今年はスーパーバイク世界選手権に参戦している人気ライダー、ニッキー・ヘイデンのスペース。ただ、走行を終えたバイクが戻ってくると驚くべき光景を見ることになった。ニッキー・ヘイデンがファンからサイン攻めにあうのは当然としても、実はピット前で待っていたファンの大半は電動バイク『神電』のライダー、ジョン・マクギネスに会うことが目的だったのだ。待機していた英国衛星放送局「Sky Sports」のテレビクルーもニッキー・ヘイデンではなくジョン・マクギネスを待ち、マクギネスが戻るなりインタビュー収録が行われた。
元MotoGPワールドチャンピオンをさしおいてイギリス人から敬愛されるジョン・マクギネス。現役選手の中では「マン島TTレース」の最多優勝を誇るタフネスライダーである。日本の「無限」はそんな名選手と組んでいる。マクギネスは無限とのパートナーシップについて「無限と仕事ができることはとても特別なことです。彼らはアフターパーツの製作はもちろんモータースポーツへの参戦の歴史も長い。無限からアプローチをされた時、迷わずイエスでしたよ」と語る。
ドライな見方をすれば、マクギネスにとって「無限」の『神電』プロジェクトに参加することは、いわばプロライダーとしての「仕事」であろう。ただ、平均速度が時速100マイル(約160km/h)を超えるスピード領域の競技で、「電動バイク」に乗ることに不安は無かったのだろうか。
「マン島TTレース」は1周が60kmに渡る超ロングな公道コースを使う。住宅地の中も駆け抜け、コーナーの先には普通に家の壁がある。毎年亡くなるライダーが後を絶たず「世界で最も危険なレース」とも形容される。まさに一瞬のミスが文字通り「命取り」となる。ましてや、目に見えにくい「電気」の力を使って走るバイクで出場するなんて、よくよく考えてみれば、いくらベテランといえどもクレイジーな決断ではなかったのだろうか?
「確かに、電動バイクがどんなものか、どう動くのか乗るまでは分かりませんでした。でも、オファーをもらって、初代の『神電』をツインリンクもてぎでテストして以来、無限のメンバーはファミリーのような存在になりました。私たちは5年間の航海を共にしているようなものです。そんな彼らのオファーを断る理由はなかったと思いますね」とマクギネスはこの決断に間違いが無かったことを確信している。だからこそ、マクギネスは世代を超えた、ジャンルを超えたファンが集うモータースポーツの祭典「グッドウッド」で、『神電』が走る姿を披露できたことに喜びを感じているのだ。
しかし、ファンの意見はどうだろう? マクギネスにサインを求めに来たファンに電動バイクでの挑戦について聞いてみると「ううん、ファンとしては複雑ね。エンジン音がある方が良いと思うけど」とキッパリ。電動バイクの挑戦がファンにも受け入れられ、興奮する要素が増えていくのはこれからだ。
「電動バイクが好きじゃないってファンも確かにいます。でも、私は乗っていて、とても楽しいんです。そして、人気は少しずつ出てきたと感じます。私はいろんなトライをしてこの電動バイクを速くしていきたいし、電動バイクファンの土壌を作っていきたい。今では、私自身が電動バイクのファンなんですから。そうだね、ファンと一緒にタンデムで乗れる2シーターのマシンがあったら良いよね!」と楽しそうに語るほどマクギネスは電動バイクのプロジェクトに前向きだ。
マクギネスが語るマン島TTレース
すでに5年連続で「マン島TTレース」に挑戦し続けている無限の『神電』。そして、マン島のマイスター、ジョン・マクギネスもなぜ出場し続けるのか。重大なアクシデントがあれば、安全を考慮してコース改修やルール変更を行うが当たり前のモータースポーツで、この「マン島TTレース」では昔と変わらないコースで競技が行われている。はっきり言ってクレイジーだ。
「マン島TTレース」はかつて「世界グランプリ」(現在のMotoGP)の1戦だったが、安全面を考え1970年代にカレンダーから外れている。それでも「マン島TTレース」は続いてはいるが、国内では一部のマニアだけにしか知られていない存在となっている。地元のファンに取り囲まれ、自分が撮影した写真にサインを求められるマクギネスは日本でマン島があまり有名ではないことを残念がる。
「日本でこのレースがポピュラーじゃないのは恥ずべきことだよ。だってマン島TTレースは日本のホンダが1959年に挑戦したレースなんだよ」と語るマクギネス。確かにおっしゃる通りだ。マン島はホンダのモータースポーツの原点であり、「世界への挑戦」という意味では日本のバイクメーカーの原点がここにある。
「日本も公道でレースをやるべきだよ」とマクギネスは笑顔で語る。「マン島TTレースのコースは歴史があり、1周の距離も長い特別なサーキット(周回コース)なんだ。公道コースだから、峠もジャンプする所も、白線だってキャツアイだって1周のコースの中にあらゆる要素が凝縮されている特別なコース。一番、難しいコースだと思うし、間違いなく最も危険なコースという認識はある。ただその分、チャレンジのしがいがあるんだ」
日本ではあまり知られていないが、マン島やアイルランドでは現在も公道を使ったオートバイのレースが盛んに開催され続けている。なぜ今の時代に?と思ってしまうのが当然だが、日本人がこの文化を理解するのは難しい。ただ、一つヒントになるのは、元々イギリスでは1900年代前半にモータースポーツイベントの開催が厳しく制限されており、自治の違うマン島やアイルランドで公道レースが開催されるようになり、伝統的に公道を封鎖したレースが行われ続けているという事実だ。
「日本のファンにもぜひ一度、マン島を見に来て欲しいんだ。コースはずっと変わらないオリジナルのままだし、観客はライダーの走行ラインのすぐ近くで見れるし、そこを100マイルで私たちが駆け抜ける。歴史が長いので世代を超えたファンが集う。もし、チャンスがあれば、日本人はこのレースを見るべきだと思うよ。絶対好きになると思う。もし、楽しくなかったら、君のお金を返金してあげるさ(笑)」
そう教えてくれたベテランライダー、ジョン・マクギネス。彼は公道レースだけでなく、サーキットで開催されるレースにも出場している。2011年から13年には夏の「鈴鹿8耐」にも参戦していた。
「鈴鹿8耐で入賞した時にもらった「鹿」のトロフィーには感動したね。鈴鹿サーキットは本当に素晴らしいサーキットで、鈴鹿8耐には信じられないくらい速いライダーがたくさん出場している。そこに、いつか『神電』でも出たいと思っていますよ。電動バイクとエンジンのバイクが一緒に走るレースって私も見たいと思うし、その時代に向けて私たちは電動バイクの信頼性をあげていかなくちゃいけないと思っています」
現在の「マン島TTレース」は安全面を考慮して、一斉にスタートするレース形式は取られておらず、1台1台が時間差でスタートして総合タイムを競う「見かけ状」のレースとして競技が行われている。通常、数周に渡る総合タイムを競うのだが、電動バイク『神電』が参戦する「TT-Zeroクラス」は約60kmのコースを1周するだけのルールになっている。とはいえ、鈴鹿サーキット10周分、時間にしておよそ20分弱のレースを1回の充電だけで、平均時速120マイル(約190km/h)で駆け抜けられるところまで、電動バイクの技術は進化してきている。そんなに遠くない将来、電動バイクが鈴鹿8耐を走る日が訪れそうな進化ぶりだ。
1959年、ホンダがこのレースに初参戦してから57年。その当時だって、日本人は誰もその活動の意味を理解できなかったかもしれない。そして、今もそのDNAを受け継ぐ「無限」が行っている『神電』プロジェクト。その意味が理解され、賞賛される日は必ず来るはずだ。無限『神電』は週末にロンドン市内で開催される電気自動車の世界選手権「フォーミュラE」の最終戦でもデモ走行を披露する予定だ。