ラブライブ!の「聖地巡礼」問題 ファンの事情と求められる製作側の工夫
アニメ作品の舞台を実在のものに近づけ、観光や地方創生に結びつけようとする動きは15年以上前から続いています。「聖地巡礼」とも呼ばれているものですが、一方で製作側や地域が想定していない場所に観光客が訪れ、トラブルになる事例もあります。
代表的な例が、登場人物の家のモデルとされる場所や、主人公が通う学校を実在のものにあてはめ、そこに大勢のファンが訪れてしまうというものです。この問題は古くからあり、例えば2006年放送の『涼宮ハルヒの憂鬱』では、主人公達の通う高校のモデルとされる学校敷地内に無断で立ち入るファンに対し、学校側が警告文を掲載したことがありました。
つい先日の事例では、22年8月21日にNHK・Eテレで放送された『ラブライブ!スーパースター!!』に登場した、主人公の一人の実家である北海道のペンションが中富良野町に実在するロッジに類似しており、そこにファンが訪れたことから問題になりました。なお同作品では、主人公の渋谷かのんの実家の喫茶店のモデルをめぐってもトラブルになっています。
なぜ「巡礼」者は施設を訪れたか
今回のケースの場合、製作側とロッジ側とで事前にロケ地にする交渉が行われていたものの、話し合いの結果流れた経緯が明かされています。ロケ地を決める上でこうした話自体は決して珍しいことではありません。舞台候補となったお店が、自店の客層やブランドイメージ維持を優先するため、店側がロケ地としての打診を断ることはよくある話です。
問題は、建物自体はオリジナルと違う程度には改変されていたものの、ブランコやヤギといった施設内に存在するものと一致していたことや、実名で出ている他の舞台の位置関係からファンが特定し、「聖地巡礼」してしまったことが今回の発端でした。ロッジ側は訪れたファンに印刷された注意書きを渡しており、恐らく一人だけではない、無視できない数のファンが施設に訪れた様子がうかがえます。
SNS上や一部報道では「勝手に『聖地巡礼』したファンが悪い」という論調もありますが、今回の場合、「聖地巡礼」してしまうのは致し方ない面が多かったのではと筆者は考えます。
理由としてはまず、建物自体は同じログハウスで、二等辺三角形の屋根や煙突の位置なども類似している点、宿泊施設という点でも作中と一致しています。背景は変えていますが、隣接するロッジのものから借用する形になっており、ロケ地とほぼ同じ場所にあります。さらに施設内でヤギが飼われ、木製のブランコがあるという点で作中とほぼ一致しており、ここが決め手となったと考えられます。
また、この6話では、エンディングの「取材協力」のところに、「北星山ラベンダー園」とクレジットされています。これは中富良野町に実在する施設で、今回のロッジから徒歩圏内に位置しています。この「北星山ラベンダー園」の周辺には数えられる程度の家屋しかなく、場所の特定が容易でもありました。
第二に、作中の建物に酷似しているのが民家ではなく、ロッジという宿泊施設だったという点です。同じ『ラブライブ!』シリーズの『ラブライブ!サンシャイン!!』では、静岡県沼津市の安田屋旅館をはじめ実在する宿泊施設をモデルにした建物が作中に登場しています。沼津市はファンの受け入れに好意的のため、ファンは中富良野町も同じだと思い、悪気がなく施設敷地内に立ち入ってしまった可能性が考えられます。
例えばこれが、作中に登場した「北星山ラベンダー園」から近隣ではない背景で、かつ例えば石造りの家のようにモデルと全く異なる様式の建物であれば、ファンの間の認識としても「実在しない全く架空の建物」として扱われ、問題になっていなかったと思われます。
他の「聖地」作品での対応例
冒頭でも触れましたが、作中でキャラクターの住む家や、通う学校というのは舞台モデルの中でも非常にトラブルになりやすい場所と言えます。こうした場所は作中で主要な空間となり、視聴者心理として「行ってみたい」印象的な場所となる一方で、モデル地はプライベート性が高い空間であることが多いためです。
そのため、家や学校のモデルは架空の建物をデザインし、場所も特定できないような背景にする場合が多いのが特徴です。
一方で、学校の場合は廃校舎跡や公共施設をモデルにして、ファンが「聖地巡礼」してもいいようにしている場合もあります。例えば2009年に放送された『けいおん!』では、主人公達が通う学校に滋賀県豊郷町の「豊郷小学校旧校舎群」がモデルとされています。
「豊郷小学校旧校舎群」は現在では町の博物館や図書館などとしても使われている複合施設で、実写映画やドラマのロケ地にもたびたび使われています。『けいおん!』放送から10年以上が経った今でも、ファンがキャラクターの誕生日祝いなどで集まれる「聖地」としても機能し続けています。
近年のアニメの例でも、廃校舎を利活用する事例はみられます。山梨県や静岡県などを舞台にした2018年、21年放送のアニメ『ゆるキャン△』では、学校のモデルに山梨県身延町にある「旧下部小学校・中学校」が使われており、校舎敷地に入って校庭などを気軽に散策することが可能です。学校の前には「聖地巡礼」した人が書き込めるノートが設置されており、ファンの一つの交流拠点にもなっています。
また同じ『ラブライブ!』シリーズでも、2020年、22年放送の『虹ヶ咲学園スクールアイドル同好会』では学校のモデルに東京都江東区の展示施設「東京ビッグサイト」に似た建物が使われています。
キャラクターの家のモデルは、住宅地に位置することが多いことからも架空のものにしている場合が多いです。上物である建物を架空のものにするだけでなく、その位置関係も実際は公園や空き地や公共施設になっているところにして、実在しないものとして視聴者に認識させる工夫がみられます。そしてごく一部の人に万一「特定」されたとしても、極力地域に影響を及ぼさないようにする配慮もみられます。
家のモデルも実在のものを活用する場合もあります。その場合は小規模な公共施設をモデルに流用していたり、実在するお店をモデルにしていたりする例があります。また、普通の人だと明らかに近寄りがたいタワーマンションが外観のモデルになっているケースもあります。
このように、特にキャラクターの家の場合は、視聴者に架空のものであると認識させ、「特定」させないような工夫がみられます。学校の場合はより公共性が高いため、近年全国で進んでいる廃校舎の活用につながっているケースも目立ちます。
今回の『ラブライブ!スーパースター!!』の場合、ファンが訪れたロッジにもあったブランコとヤギが作中のドラマにも関わっていたことから、ロケ地の構想は脚本や絵コンテ段階ですでに決まっていた話で、ロケ地を他の施設に変えたくてもできなかった事情もありそうです。
とはいえ、ロケ地との合意が取れている空間であれば、ファンの一つの交流拠点にもなっていたかもしれないだけに、『ラブライブ!』シリーズのファンの一人として残念でなりません。
(撮影/全て筆者)