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平川恵悟のアルバム『PIXEL(ピクセル)』はアメリカから正統派ジャズの香りを運んでくれる

富澤えいち音楽ライター/ジャズ評論家
カヴァーイメージ(写真:イメージマート)

平川恵悟は、米オハイオ州デイトン在住のジャズ・ピアニスト。本作は彼の3作目のリーダー作になる。

アルバム『PIXEL(ピクセル)』について

本作は2022年8月に米ミシガン州のスタジオで収録された、全8曲のストレート・アヘッドなジャズのアルバムである。

メンバーは、リーダーがピアノの平川恵悟、管楽器のラファエル・スタティン、ギターのスコット・コールマン、ベースのロバート・ハースト、ドラムスのアレックス・ホワイトという5人編成。スコット・コールマンがプロデューサーも担当している。

このラインナップを目にして、まずロバート・ハーストが参加しているところに「おっ!」となっていた。

ロバート・ハーストは1964年生まれ。1980年代後半のウィントン・マルサリスとの活動、ブランフォード・マルサリスとの共演が印象に残っていて、言うなれば20世紀の半ばにかけて膨張していったジャズという音楽概念のエントロピーに対して、可逆的なアプローチを試みたシンジケートの中心メンバーという認識だったりするわけだが、最近も大西順子率いるJATROITでゴンゴンと野太いベースを披露してくれたりしていた(アルバムになっている日本公演は2019年2月のものだ)から、この『ピクセル』のベクトルも1980年代以降のストレート・アヘッドと呼ばれるジャズに則ったものであろうと予想しながら、1曲を除いて平川恵悟のオリジナル曲で構成される作品がどんなシナジーを生み出すのか、はたまたロバート・ハーストのプロジェクト“Unrehurst”に対峙するようなピアニスト平川恵悟ならではの化学反応を体験できる演奏になるのかと、期待値を高めて聴き始めた。

ところが、冒頭の幾何学的なイメージをもたらすアルバム・タイトル曲で、期待値のベクトルが見当違いだったことに気づいた。

曲の断片を徐々にトランスフォームさせながら、緻密なアンサンブルのなかで各人のソロが炸裂するという周倒な計画性を備えた楽曲づくりがなされていたからだ。

アンサンブルに関しては、サウンドの接着剤役としてギターのスコット・コールマンの存在が効いていて、そうしたサウンドづくりから推察すると、おそらくは平川恵悟がピアニストとしてやりたいことの次のフェーズに突入したことを明示するための決意表明として本作を考えたのではないかということをうかがわせる熱量が、各曲から放出されている。

そしてこれは、日本のファンに断わっておかなければならないことなのだが、本作はアメリカのジャズのイディオムによって成立したサウンドで、いわゆるJジャズの範疇には属さない。

それは、平川恵悟が積み重ねてきたデュアルキャリアがあればこそ生まれた作品であり、だからこそ閉鎖や分断が一段と進んでしまったここ数年の世界状況にジャズというコミュニケーションツールで風穴を開けるに足るパワフルな内容になったと言える。

平川恵悟について

物心つくころから音楽に関心を示していた平川恵悟は、3歳でオルガン、4歳からピアノを習い始めると、いわゆる練習曲を譜面どおりにマスターしていく一般的なピアニストへの道をめざすというよりも、ショパンの曲を転調したりオーケストラの指揮者を妄想したりといった、“遊び感覚”でピアノを相手にするという小学生時代を過ごす。

11歳のときに東京からオハイオへ引っ越すことになるが、まったく英語が話せなかったためにピアノを中断して学業に専念。

そのかいあって、高校入学が近づくころには音楽をやる余裕ができて、クラリネットとサックスを手に演奏をするようになる。

そして、高校のときにミュージック・サマー・キャンプに参加したことをきっかけに、再びピアノの前に戻ってきた。

大学では工学を専攻しながら、夜中になると音楽棟にもぐり込んで、明け方までピアノの練習をしてから寮に帰って仮眠、授業へ出席──というハードなスケジュールをこなすようになる。

このころ、多くのプロ・ミュージシャンに師事するようになるが、なかでもスティーヴン・スコットからは多くを学んだという。

スティーヴン・スコットはボクも大好きなピアニストで、ソニー・ロリンズとともに来日したときの演奏がすばらしかったことから彼のリーダー作を買い集めたというミュージシャンなのだけれど、平川恵悟とスティーヴン・スコットの出逢いもソニー・ロリンズのコンサートだったとか。

ロリンズのコンサート終演後に楽屋に忍び込み、師弟の縁を始めたそうなのだけれど、そういう気持ちにさせるほどスティーヴン・スコットのプレイがすばらしかったことは共感できる。

大学院へ進んだ平川恵悟のキャリアパスにおいて、音楽で食べていくという道は薄らいでいくはずだったが、大学のジャズ科の運営が上手くいかない状況に陥っていることを知り、その手助けをするうちにジャズへの情熱が再燃してしまう。

エンジニアをめざしていたものの、ジャズも捨てられないことを悟った彼の決断は、どちらも捨てないという“デュアルキャリア”を選ぶという、自ら目の前のハードルの数を増やすという選択だった。

そして、ニューイングランド音楽院に通うかたわら技術論文を執筆し、2005年に工学博士号を取得する。

一方でニューイングランド音楽院では、“遅れてきた院生エンジニア・ピアニスト”としてのハンディを跳ね返すべく習練を重ねる。修士号を取得した卒業後は、ボストンの有名ジャズクラブでレギュラー活動を展開するまでになった。

そして現在、平川恵悟は、プロのジャズ・ピアニストとデイトン大学で工学を教えるエンジニアというデュアルキャリアをまっとうし続けている。

アルバム『PIXEL(ピクセル)』

平川恵悟『ピクセル』ジャケット写真(平川恵悟提供)
平川恵悟『ピクセル』ジャケット写真(平川恵悟提供)

Information

1. Pixel 10:12

2. Far Above 8:11

3. Home Somewhere 11:53

4. Origami Beetle 7:35

5. Unmarked Path 8:10

6. Yaw Pitch Roll 6:35

7. Dreaming Awake 6:08

8. Change of Plans 7:44

All compositions by Keigo Hirakawa | BMI, except (7), by Brandon Scott Coleman | ASCAP

PERFORMERS

Rafael Statin - saxophone, flute (5), bass clarinet (5,7)

Keigo Hirakawa - piano

Brandon Scott Coleman - guitar

Robert Hurst - bass

Alex White - drums

PRODUCTION INFO

Produced by Brandon Scott Coleman

Recorded by Geoff Michael / Assistant Engineer: Josef Deas

at Big Sky Recording, Ann Arbor, MI

August 8-9, 2022

Mixed by Brandon Scott Coleman at Golden Mean Studio

Mastered by Nate Wood at Kerseboom Mastering

Liner Notes by Gene Jackson

Front cover photo by Shon Curtis

Cover design & layout by John Bishop

平川恵悟OfficialSite:https://www.keigohirakawa.com/

音楽ライター/ジャズ評論家

東京生まれ。学生時代に専門誌「ジャズライフ」などでライター活動を開始、ミュージシャンのインタビューやライヴ取材に明け暮れる。専門誌以外にもファッション誌や一般情報誌のジャズ企画で構成や執筆を担当するなど、トレンドとしてのジャズの紹介や分析にも数多く関わる。2004年『ジャズを読む事典』(NHK出版生活人新書)、2012年『頑張らないジャズの聴き方』(ヤマハミュージックメディア)、を上梓。2012年からYahoo!ニュース個人のオーサーとして記事を提供中。2022年文庫版『ジャズの聴き方を見つける本』(ヤマハミュージックHD)。

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