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韓国が平壌に無人機を飛ばし、「金正恩批判ビラ」を散布した「5つの理由」

辺真一ジャーナリスト・コリア・レポート編集長
朝鮮労働党庁舎上空に飛来した無人機と散布されたビラ(朝鮮中央通信から)

 北朝鮮は昨晩(11日夜8時頃)、韓国が10月3日、9日、10日と計3回も無人機を平壌の上空に侵犯させ、中心区域である中区域に反北宣伝ビラを散布したとする外務省の「重大声明」を唐突に発表した。その際、証拠として赤外線監視カメラで撮影したとみられる無人機らしき物体と散布されたビラの写真を公開していた。

無人機から散布されたビラ(朝鮮中央通信から)
無人機から散布されたビラ(朝鮮中央通信から)

 北朝鮮は「韓国が限界線を越えて、仕掛けてきた挑発」は北朝鮮の主権侵害であり、国際法違反であると断じ、「必ず代償を払うべき重大な軍事的攻撃行為」と非難していた。

 これに対して韓国は直ちに金龍顕(キム・ヨンヒョン)国防部長官が「そうした事実はない」と否定しながらも「まだ状況を把握していないので確認してみる」とコメントしていたが、1時間後に金長官は「北朝鮮の主張が事実かどうかについては確認してあげられない」との公式見解を発表していた。

 金長官が完全否定しなかったことでどうやら平壌上空に韓国の無人機が飛来したのは間違いないようだ。但し、軍の無人機なのか、それとも対北宣伝ビラを散布している脱北団体の無人機なのかは不明だ。仮に脱北団体の無人機だとしても、軍がそれを制止せず、黙認した可能性もないとは言えない。その理由は5つある。

 その1.北朝鮮が執拗にゴミ風船を飛ばし、中断しないことだ。

 北朝鮮のゴミ風船は5月28日から始まり10月3日までの間、延べ24回に及んでいた。止めさせるため韓国軍が6月9日から拡声器による宣伝放送を始め、7月18日からは毎日午前6時から夜の10時まで16時間放送しても北朝鮮のゴミ風船は止まらないどころか、9月中旬からは北朝鮮が拡声器を使って金属を切るような騒音を流し始め、北朝鮮に近い仁川の江華島の住民らがノイローゼになるぐらい被害を被っていたことだ。

 その2.北朝鮮のゴミ風船がソウルに落下していることだ。

 脱北団体の風船ビラは主に休戦ラインの北側地域、江原道や黄海道に落下しているが、北朝鮮のゴミ風船の多くは首都圏の京畿道・仁川や首都・ソウルに落下している。このため仁川では航空機の離着陸に悪影響を及ぼし、ソウルでは火災が至る所で発生している。ゴミ風船は大統領室や国会議事堂、国防部や外国の大使館のエリアにも落ちるなどしていた。

 従って、対北強硬論者の間では「向こうがソウルに散布しているのにこちらが平壌に散布できないのは不公平だ」との不満がくすぶり、脱北団体が行っている対北ビラ散布を政府次元で行い、平壌に散布する「心理戦」を展開すべきとの声が上がっていたものの現実には休戦ラインから平壌までの距離は180kmもあり、無人機やドローンなどの手段を講じなければ、風船による散布は無理があった。

 その3.韓国が過去に北朝鮮に向け無人機を飛ばしたことがあるからだ。

 韓国軍は一昨年12月に北朝鮮の無人機5機が北方限界線(NLL)に近い江華島西側から軍事境界線を越え、侵入し、そのうちの1機が仁川、ソウルなどの上空を5時間以上も平然と飛行したことへの対抗措置として無人機2機を北朝鮮に向け飛ばしたことはまだ記憶に新しい。

 無人機は北朝鮮には気づかれず、無事帰着したとのことだが、当時、いつ、どこから発進させ、どこを通って北のエリアに入り、どこを撮影したのかについての具体的な言及は全くなかった。

 その4韓国が「(北朝鮮が)耐えられないようなあらゆる措置」を取ると予告していたことだ。

 北朝鮮担当所管の韓国統一部は5月31日に「汚物風船を止めなければ、耐えられないようなあらゆる措置を取る」と北朝鮮に警告の談話を出していた。また、9月23日には合同参謀本部が「北朝鮮が引き続きゴミ風船を飛ばし、その結果、我が国民の安全に深刻な危害が発生するなど線を越えたと判断すれば、断固たる軍事的措置も行う」と警告していたことだ。

 この警告談話を出した合同参謀本部の関係者はメディアに「北のゴミ風船を根絶させる根本的な対策はこれにより敵が得るものはないということをはっきりと見せつけることだ」と語っていた。

 その5北朝鮮が国防相を解任したことだ。

 北朝鮮は10月8日に閉幕した最高人民会議で人事を行い、強純男(カン・スンナム)国防相の解任を発表していた。強純男氏は昨年1月に国防相に就任したばかりである。僅か1年10か月で電撃解任である。政治局員でもある強純男氏は金総書記の視察に頻繁に同行していたが、今月は一度も軍関連の視察に同行していなかった。先月6日の呉振宇砲兵総合軍官学校の視察に随行したのが最後だった。

 敵機(無人機)の侵入を許し、「国家の最高尊厳」である金総書記を冒涜するビラの散布を阻止できなかったことの責任を取らされた可能性が大だ。1度ならず、2度も、3度も無人機を侵入させてしまったことは換言すれば、防空網の脆弱さを北朝鮮自ら露呈したことにもなる。恥をさらし、リスクを冒してまで「重大声明」を出さざるを得なかったわけだからやはり韓国の無人機が平壌の上空を飛来したのであろう。

 今回の一件で軍事紛争が起きる可能性が取り沙汰されているが、確かに北朝鮮は重大声明で今にも報復を示唆するような威嚇を行っているが、「我々は大韓民国に最終的にもう一度最後通牒として厳重に警告しておく。双方間の武力衝突とひいては戦争が勃発しかねない、このような無責任で危険な挑発行為を直ちに中止すべきである」と述べ、「我々のこの最後の警告まで銘記せず、引き続き挑発を仕掛けてくる場合、身の毛のよだつ事態に直面することになるであろう」と言っているところを見ると、韓国が無人機を飛ばさない限り、事を収める考えのようだ。翻って言うならば、韓国が無人機を飛ばさなければ、北朝鮮もまた、ビラ風船を止める用意があるとのメッセージにも受け取れる。

(参考資料:「政府が平壌に宣伝ビラを散布せよ!」 止まない北朝鮮のゴミ風船に苛立つ韓国の保守層!)

ジャーナリスト・コリア・レポート編集長

東京生まれ。明治学院大学英文科卒、新聞記者を経て1982年朝鮮問題専門誌「コリア・レポート」創刊。86年 評論家活動。98年ラジオ「アジアニュース」キャスター。03年 沖縄大学客員教授、海上保安庁政策アドバイザー(~15年3月)を歴任。外国人特派員協会、日本ペンクラブ会員。「もしも南北統一したら」(最新著)をはじめ「表裏の朝鮮半島」「韓国人と上手につきあう法」「韓国経済ハンドブック」「北朝鮮100の新常識」「金正恩の北朝鮮と日本」「世界が一目置く日本人」「大統領を殺す国 韓国」「在日の涙」「北朝鮮と日本人」(アントニオ猪木との共著)「真赤な韓国」(武藤正敏元駐韓日本大使との共著)など著書25冊

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