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ゲームで「心が落ち着く」は可能か?NZのスパークスをやってみた

中山祐次郎外科医師・医学博士・作家
ゲームアプリ「スパークス」の一場面。「行き詰りは人生の終わりではありません。」

学校や仕事で怒られて落ち込んでしまったり、イライラしてしまったり・・・そういうことってありますよね。しばらく仕事が手につかず、ぼんやりしてしまうことがあります。そんな時、自分の感情をコントロール出来ればどれほどいいんだろうと思います。この記事ではそんな「感情をコントロールする」方法が自然と身につくゲームをご紹介します。

今回取り上げるのは「SPARX(スパークス)」というゲームアプリ。これ、凄いんです。10歳代の自殺率が高かったニュージーランドで、若者のメンタルヘルスを良くするための国家的プロジェクト(Youth Mental Health Project 2012)の一環として作られたゲームです。後で紹介しますが、すでにこのゲームの持つ能力は研究で証明されています。

さっそく筆者はこのゲームをやってみました。

ゲームをやってみた

「あれ、結構面白い。しかも絵がきれい」これが私のはじめの印象です。実際のゲーム中のプレイ画像です。

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まずこんなお姉さんが出迎えてくれます。優しい、ゆっくりとした語り方。自分が動かすメインキャラクターの髪型や服の色などを選ぶと、

このような「メンター」と呼ばれる人から「宝石を見つけてください」と言われます。

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ゲーム自体はとっても簡単。ミッションがあり、解決をするようにお願いをされるのです。

例えばレベル5では、「Gnats(ナッツ)」と呼ばれる悪い者達がこの国をひどい臭いでいっぱいにしたので助けるミッションです。途中でGnatsがこんな無茶なことを言ってくるので、それを「相手の心がわかるという思い込み」と書かれたタルに入れます(タルをタップするだけです)。

Gnatsがネガティブなことを言ってくる
Gnatsがネガティブなことを言ってくる

すると、「あなたは他の人の心を読むことはできません。」などとコメントが出てきて励まされます。

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これを5個終えたら、一本道を歩きます。すると、ふたたびGnatsに遭遇し、このように言われるので正しそうなものを選択します。

再びGnatsが嫌なことを言ってきました
再びGnatsが嫌なことを言ってきました

さりげなく復習になっていますね。これを3回やれば、宝石を手に入れてミッション終了です。最後にお姉さんが再び出てきて、こんな会話をするという感じです。

ミッションの後にまとめてくれる
ミッションの後にまとめてくれる

たまにどうしていいかわからなくなったり、操作性が良くないところもちらほらあります。

一つのミッションは15分くらいで終了し、一週間くらい間をあけてから次のミッションをやります。

プレイ後、どんな変化が?

はじめに言っておくと、これは医師としての意見ではなく、筆者個人の感想です。

まず、ゲームをプレイすることでその日の気分がとても落ち着きました。

そして仕事途中にイライラしてしまったとき、ゲームで学んだ方法を思い出し実践することで、イライラを落ち着けることが出来ました。例えば「深呼吸をする」や「怒りが爆発しそうと感じたら、その場を立ち去り、落ち着いたら戻る」など、ゲームでやったことが自然に思い出されたのです。不思議なことに、ゲームをプレイしている間は「このスキルを覚えよう」とか「この方法は良いからいつか使おう」などと全く思わなかったのに、いざイライラした時にふっと自然に思い出したのです。このゲームは、開始時に「前回のことを思い出す」ことでさりげなく復習しているので、頭に残っていたのかもしれません。

また、画像で紹介したレベル5をやり終えて、自分が持っているネガティブな気持ちが可視化されました。筆者は「相手の気持ちがわかるという思い込み」や「完璧主義的な気持ち」を持っていることを自覚し、さらにはその解決策として「人の気持ちはわからない」「完璧でなくてよい」という考えを持つことが出来ました。これは大きな収穫でした。

医学的な根拠について

このゲームの元となったものはニュージーランドの国家プロジェクトで作られたものです。このゲームにどんな効果があるのか、医学論文になっています。実際に私が読んでみました。

論文を噛み砕いて紹介しましょう。12歳〜19歳までのうつの症状がある187人を、「これまでの治療」を受けるグループ93人と「SPARXによる治療」を受けるグループ94人に分けて比べたら、SPARXのグループは「これまでの治療」のグループと比べて悪くなかったよ、という結果でした。「これまでの治療」とは医師やカウンセラーによる治療を指します。論文の最後には「SPARXは、うつ症状のある青少年にとって、これまでの治療に取って代わる可能性がある」と結論付けています。

精神科のお医者さんにゲームをやってもらって聞いた

筆者は外科医で専門外ですので、メンタル専門の医師に話を聞いてみたくなりました。そこで精神科のお医者さんに、このSPARXを実際に最後までプレイしてもらってインタビューを行いました。お答え下さったのは小泉輝樹医師(慶應義塾大学医学部精神神経科)です。

Q. SPARXをプレイしてみて、率直にどんな印象でしたか?

A. まず感じたのは、「優しさ」です。キャラクターは絶対にプレイしている人をとがめないので、ストレスがほとんどありません。うつで自己評価が下がっている人などにとっては保護的で良いですね。そしてゲームが進むにつれ、少しずつやることが増えていくのも、「達成感」を得る上でいいと思います。

Q. 内容は、精神科医の立場からどうですか?

A. このゲームは、「認知行動療法」(詳細は下記※)の基礎を学ぶには良いと思います。これまで自分で本を読んだりカウンセラーのセッションを受けねば学べなかったが、それらと比べこのゲームは導入しやすいでしょう。

Q. SPARXの良い点は?

A. ゲームを進めるに従って、自分のゆううつな気分がどう変わったかが可視化されるのが興味深かったです(筆者注;ゲーム途中で何度かグラフのようにして自分のゆううつさが表示されます)。そして、このゲームはうつや人格障害などの方のみならず、広く一般の方が使ってもいいと感じました。実際に私がやっていても安心感がありました。

Q. 改善点は?

A. 多少「機械的な印象」があるので、もう少し人間らしいとさらに良いですね。もしかすると不安を煽られる方が中にはいるかもしれません。

Q. 将来、このようなゲームアプリが精神科診療の一端を担う可能性は?

A. 個人的には大いに期待したいのですが、賛否両論があります。精神科診療では、患者さんと直接会ってする診察がもっとも重要だからです。その一方で、診察の「補助ツール」としては、とても有用だと思います。こういうアプリによって精神科、精神医療に対する敷居を低くすることが出来るかもしれません。また、ストレスがかかった時の対処法として、最近話題となっている「レジリエンス」(ストレス時にゴムまりのように跳ね返す力)を鍛えることが出来るかもしれませんね。

作った人にインタビュー

このゲームを作った(正確には日本に導入して色々と改変した)株式会社HIKARI Labの清水あやこさんに、聞いてみました。

Q. なぜこのゲームを日本に導入したのですか?

A. もともと身近に精神疾患を持つ人がいたのですが、なかなかうまく心理ケアを受けられなかった経験があります。心理ケアを受けるためには、カウンセリングや医師への受診、そして本を読むなど様々な方法がありますが、値段も手間も、ゲームが一番「楽」だと思ったのでゲームという形でのアプローチにしました。

Q. こだわった点は何ですか?

A. ニュージーランドのオリジナルバージョンから、いくつか変更しています。例えば声のトーンは、出来るだけゆっくりにしました。抑うつ状態の時は全体的な認知力が落ちてしまうからです。そしてメインのガイドのキャラが男性だったのを女性にしました。理由は日本人の「カウンセラーのイメージ」が女性ということに加え、見ていて落ち着くようにです。また、専門用語はなるべくさけ、言葉遣いを出来るだけ丁寧なものにしました。

まとめ

このゲームは、現段階ではうつなどの治療として使うものではありません。しかし、このゲームで学べることは精神疾患の患者さんのみならず、一般の人の感情コントロールについても有益だと筆者は感じました。お値段はちょっとお高い(1000円前後)のですが、本1冊分くらいと思えばそれほどでもないでしょう。

また、将来的には治療の方法の一つとして有用であると感じました。家から出られない人も、これなら出来ますからね。

※「認知行動療法」とは

引用します。

認知療法・認知行動療法というのは、認知に働きかけて気持ちを楽にする精神療法(心理療法)の一種です。認知というのは、ものの受け取り方や考え方という意味です。ストレスを感じると私たちは悲観的に考えがちになって、問題を解決できないこころの状態に追い込んでいくのですが、認知療法では、そうした考え方のバランスを取ってストレスに上手に対応できるこころの状態をつくっていきます。

私たちは、自分が置かれている状況を絶えず主観的に判断し続けています。これは、通常は適応的に行われているのですが、強いストレスを受けているときやうつ状態に陥っているときなど、特別な状況下ではそうした認知に歪みが生じてきます。その結果、抑うつ感や不安感が強まり、非適応的な行動が強まり、さらに認知の歪みが引き起こされるようになります。

悲観的になりすぎず、かといって楽観的にもなりすぎず、地に足のついた現実的でしなやかな考え方をして、いま現在の問題に対処していけるように手助けします。認知療法・認知行動療法は欧米ではうつ病や不安障害(パニック障害、社交不安障害、心的外傷後ストレス障害、強迫性障害など)、不眠症、摂食障害、統合失調症などの多くの精神疾患に効果があることが実証されて広く使われるようになってきました。

出典:認知行動療法センター ホームページ

※筆者とSPARXの開発会社である株式会社HIKARI Labとの間に利益相反関係は一切ありません。本記事は宣伝を目的とするものではありません。

※株式会社HIKARI Labによると、料金は「今後月額制に移行する可能性がある」そうです。

外科医師・医学博士・作家

外科医・作家。湘南医療大学保健医療学部臨床教授。公衆衛生学修士、医学博士。1980年生。聖光学院中・高卒後2浪を経て、鹿児島大学医学部卒。都立駒込病院で研修後、大腸外科医師として計10年勤務。2017年2月から福島県高野病院院長、総合南東北病院外科医長、2021年10月から神奈川県茅ヶ崎市の湘南東部総合病院で手術の日々を送る。資格は消化器外科専門医、内視鏡外科技術認定医(大腸)、外科専門医など。モットーは「いつ死んでも後悔するように生きる」。著書は「医者の本音」、小説「泣くな研修医」シリーズなど。Yahoo!ニュース個人では計4回のMost Valuable Article賞を受賞。

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