たとえ面倒なクレームでも真摯に向き合ったほうがよいという研究
9月3日、時事ドットコムに「カスハラ電話にAIで対抗 オペレーター離職防止へ」と題する記事が掲載された。
コールセンターに寄せられる理不尽な苦情の電話からオペレーターを守るために、AI(人工知能)を用いたカスタマーハラスメント(カスハラ)対策ツールが開発されている。電話で苦情を申し立てる顧客は激高しがちなため、オペレーターの精神的負担となっている。そのためAIが、電話先の相手の声色を変えたり、怒りを静めるための練習台になったりすることで、負担を軽減するよう開発が進められているという。
記事にあるように、近年では情報技術の台頭により、コールセンターでは電話対応からチャット等に切り替える動きが広がっている。クレーム対応が大変であることが主な理由だが、クレームは顧客の率直な声として重要であるし、専門スキルをもった人が適切に促すことで、その声が生じた原因や背景、真意なども知ることができるため、何もかもと安直に機械化を進めてよいものではない。その意味でも、オペレーターの仕事のしやすさを確保することは重要といえる。
問題はクレームではなく、感情をあらわにし、無理な要求によってオペレーターに威圧的、攻撃的な態度をとるカスハラにある。すでに厚生労働省はカスタマーハラスメント対策企業マニュアルを作成し、働く人を守るために対策の強化を促している。そしてマニュアルにも記載のとおり「本来、顧客等からのクレーム・苦情は、商品・サービス・システム等に対して不平・不満を訴えるもので、それ自体が問題とはいえず、業務改善や新たな商品・サービス開発につながるもの」である。対して「クレームの中には、過剰な要求を行ったり、商品やサービスに不当な言いがかりをつけるもの」もある。後者の不当・悪質なクレームをハラスメントとみなし、厚労省は対策を促しているのである。
当たり前のことをいうなと、お叱りを頂くかもしれない。しかし昨今の一般的風潮には、クレームを言う人そのものを厄介者と考え、またクレーム対応をコストとみなして削減する向きがみられる。厚労省もいうように、本来クレームとは「業務改善や新たな商品・サービス開発につながるもの」であるから、有益な情報提供とみなされるのが妥当であろう。企業においてクレーム対応が重要な仕事であることを、この機会に振り返っておきたい。
クレームと再購入率の調査
顧客体験(CX)の第一人者であるジョン・グッドマンは、大多数の顧客は苦情を申し立てないが、実のところ顧客からクレームとして申し立てられたトラブルよりも、企業の耳に入らないトラブルのほうが、企業にとって5倍ものダメージがあると述べている。
まずもって顧客は、修理を手配するよりも故障したまま使うほうが楽だと考えている。また、過去の経験から苦情をいっても仕方ないと考え、すでに企業の対応に諦めを覚えている。企業からの報復も恐れており、例えば出入り禁止になるとか、サービス品質が下がるのではと不安に感じている。そもそも、どこに苦情を言えばよいのか、詳しく調べなければ分からない場合も少なくない。かくして顧客は、商品から得られる本来の価値を、十分に享受できていないのである。
かつてグッドマンが行った苦情と再購入率に関する調査では、例えば100ドル以上の高額商品に関して、商品に不満をもち、かつそれを申し立てた人は、わずか4%であった。残り96%は不満を申し立てなかったが、彼らの再購入率はわずか9%である。それでは不満を申し立てた人の再購入率はどうかというと、迅速に解決した人の82%、解決に満足した人の54%、解決に不満ではあれ仕方なく納得した人のうち19%が、再購入する結果となった。
この調査で注目に値するのは、大多数の不満を申し立てなかった人よりも、企業に不満を伝え、なおも不満を抱えたままであった人のほうが、2倍以上の再購入率となることだ。なぜなら顧客が企業に不満を伝える行為は、過去の関係により生じた期待に基づくからである。商品の一部の機能や企業のサービスに対する不満は、より価値を享受できることを期待しているがゆえ、申し立てられる。反対に不満を申し立てなかった人は、元々の関係が少ないがゆえ、商品やサービスにさほど期待していない。したがって次に購入するときは、再びフラットに商品を比較するのである。
グッドマンの調査によれば、顧客からの苦情が企業に届かない場合には、企業への愛着や信頼(ロイヤリティ)が20%も下がってしまい、5人に一人の顧客が競合他社に奪われてしまう。つまり企業は、クレームが申し立てられないだけで、新たに一人の顧客獲得のコストを費やすことになるのだ。グッドマンの計算によれば、トラブルの問題解決に要するコストに比べ、一人の新規顧客の獲得にかかるコストは5倍から10倍もかかるというから、クレーム対応の重要さは理解されよう。
そしてクレームを申し立てやすい仕組みを企業がつくらない限り、ほとんどの顧客はわざわざ苦情を申し立てたりしない。不満があれば、大多数の顧客は他の商品を買うだけである。そのため企業は「嫌なことがあれば教えてほしい」との姿勢で顧客を積極的に促し、クレームをいいやすい環境を整えねばならないとグッドマンはいうのである。
クレームを企業の資産とするために
顧客のクレーム対応はコストではない。顧客から教えてもらわねば、不快を与えた事実やトラブルを認識できない。よってそれらを解決できないのである。とりわけインターネット社会に移行してからは、年配者でもない顧客は企業の窓口に相談するよりも、自分で検索して解決方法を探っている。それでもなお解決できない複雑な事柄や、およそ企業の支援を得られねば解決できない面倒な内容に関してのみ、しぶしぶ相談するのである。
しかるに昨今、少なからぬ企業の相談窓口では「オペレーターに繋いでいます」と機械的にアナウンスし、顧客の電話代を顧みず何分間も待たせている。加えて一定の時間が経ったら「お掛け直しください」と伝え、一方的に電話をぶつ切りすることもある。顧客は困っているから、わざわざ電話しているのだ。困りごとを伝え、どうにか解決してほしいから、顧客は待っているのだ。それら企業の姿勢は、顧客にとって「私たちは商品を売ったら後のことは知りませんよ」とのメッセージとして記憶される。
そのように期待を裏切られた経験をした顧客の一部は、ネット上の口コミサイトに書き込みすることで報復に出る。グッドマンによれば、ネガティブな経験は大抵、ポジティブな経験の2倍から4倍もの口コミを生むようだ。顧客はマスコミによる提灯記事や企業の打ち出す過度な広告・PRよりも、実際に商品にふれた自分と同じ立場の人の評価を信頼する。ふつう人は、得をするよりも損をしたくない性向のほうが強いため、辛辣な評価が目立つ商品については、そもそも選択肢から外してしまうのである。
一方で、口頭での苦情にせよネット上の書き込みにせよ、それらは顧客による不満の声なのだから、顧客を満足させるための改善やビジネス創造のタネになる。できればネット上の書き込みにより衆目にさらされて損失を被るよりも、事前に顧客から得られる直接的なすべての声を膨大なデータとして収集し、かつ改善するためのルーチンな仕組みやシステムを整えたほうがよいであろう。そのときオペレーターは、苦情処理係ではなく、ビジネス創造のタネを集める仕事となる。ついには彼らの働く喜びを創造するための施策も講じられ、理不尽な苦情により変に気を病まなくともよくなる。
今後はAI等の発展に従い、クレーム対応も情報技術により人から代替される領域が増えそうである。人間が行うにせよ機械が行うにせよ、顧客の満足を維持し高めるには、顧客の声に真摯に向き合い、実際にビジネス活用することで顧客に見える形として示す必要がある。そのような姿勢をもつ企業であれば、安心して正当なクレームを、否むしろ企業の成長のきっかけを、顧客は日々提供してくれるはずである。