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なぜエムバペはパリSGに残留したのか?メッシやネイマールとの”序列”とちらつくレアルの影。

森田泰史スポーツライター
ネイマール、エムバペ、メッシの3選手(写真:なかしまだいすけ/アフロ)

この夏、欧州屈指の3トップがパリ・サンジェルマンに誕生した。

ネイマール、リオネル・メッシ、キリアン・エムバペ。ブラジル、アルゼンチン、フランスと各国のスター選手がパリに集まり、一躍注目を浴びた。

■メッシの加入

メッシは昨季終了時にバルセロナとの契約が満了を迎えた。年俸50%減を受け入れての残留を考えていたが、最終的にはサラリーキャップと選手登録の問題でバルセロナが放出を決めた。

そして、パリが素早く動いた。1年目の年俸3000万ユーロ(約39億円)、2年目以降の年俸4000万ユーロ(約52億円)という破格の待遇でメッシにオファーして獲得を決定した。2024年夏までの契約で、1年の延長オプションが付けられている。

だがビッグプレーヤーが集えば、エゴがぶつかることになる。ネイマール(年俸3600万ユーロ/約46億円)、メッシ(年俸3000万ユーロ/約39億円)、エムバペ(年俸2450万ユーロ/約31億円)と序列にもわずかな変化が生じていた。

写真:なかしまだいすけ/アフロ

「まずは考える時間が欲しいとクラブには言っていた。それから、ユーロ(EURO2020)の前に契約延長するつもりはないと伝え、その大会後に移籍の意思を伝えた」

「僕を売却したお金でクラブには代役を見つけて欲しかった。早い段階で移籍の考えを伝えていた。それはクラブがリアクションできるようにとの思いからだった。僕とクラブの両方が手を握って別れ、いずれも恩恵を受けるはずだった」

エムバペは先日、あるインタビューでそう答えている。長い沈黙をついに破り、移籍に向けて動いていたことを認めた。

■パリSGと選手売却

契約期間は2022年夏までで、“売り時”は、この夏だったのだ。しかし、結果的にエムバペはパリSGに残留している。

パリSGが欧州のフットボールシーンで存在感を示し始めたのは2011年だ。QSI(カタール・スポーツ・インベストメンツ)がクラブを買収。カタール投資庁の子会社にあたるQSIが実質的に覇権を握り、またナセル・アル・ケライフィ会長の就任により、まさに“国家クラブ”となった。

最初に獲得した大物選手は、ハビエル・パストーレだった。以降、次々とスター選手が到着する。ズラタン・イブラヒモビッチ、ルーカス・モウラ、エセキエル・ラベッシ、マルコ・ヴェッラッティ、エディンソン・カバーニ、マルキーニョス、ダビド・ルイス、アンヘル・ディ・マリア、ユリアン・ドラクスラー、レアンドロ・パレーデス、マウロ・イカルディ、ネイマール、メッシ…。この10年で、14億ユーロ(約1820億円)以上を、補強に投じてきた。

一方、その期間にパリSGが選手の売却で得た資金は4億5200万ユーロ(約587億円)である。過去には、アドリアン・ラビオ、ヴェッラッティ、ネイマール が移籍の可能性を模索していた。そのうち、目的を果たしたのはユヴェントスに移籍したラビオのみ。それも、彼は契約延長を拒否して、最後の一年は塩漬けにされていた。

入るのは簡単だが、出るのは難しい。それがパリSGというクラブだ。

■レアル・マドリーの影

それでも、エムバペは移籍を望んでいた。その背景には、彼の心のクラブ、レアル・マドリーの存在があった。

「僕のパリでの冒険は終わったと思っていた。新しい発見が欲しかった。この夏に移籍するとしたら、選択肢はレアル・マドリーだけだった。移籍するというのは、自分のキャリアにおいてロジカルなステップだった」とはエムバペの言葉だ。

マドリーはエムバペに狙いを定めていた。高年俸を受け取っていたセルヒオ・ラモスをフリートランスファーで放出し、ラファエル・ヴァランを移籍金4000万ユーロ(約52億円)でマンチェスター・ユナイテッドに、マルティン・ウーデゴールを移籍金3500万ユーロ(約46億円)でアーセナルに売却して、準備を整えていた。

先日、報道された2021−22シーズンのリーガエスパニョーラのサラリーキャップで、マドリーのそれは7億3900万ユーロ(約954億円)だった。ラ・リーガでトップの数字である。7番目に転落したバルセロナ(9700万ユーロ/約128億円)や2番目のセビージャ(2億ユーロ/約260億円)と比較しても、圧倒的な差がある。

マドリーと対戦した時のエムバペ
マドリーと対戦した時のエムバペ写真:なかしまだいすけ/アフロ

マドリーは今夏、エムバペ獲得に際して移籍金1億6000万ユーロ(約208億円)で第一オファーを出していた。その後、移籍金1億7000万ユーロ(約221億円)+ボーナス1000万ユーロ(約13億円)で第二オファー。ただ、いずれも断られた。

欧州スーパリーグ構想をぶち上げたフロレンティーノ・ペレス会長である。ただ、彼の狙いはUEFAとの抗争ではなかった。彼の本当の狙いは国家クラブの迎撃である。実際に、世間とメディアがスーパーリーグに注意を引きつけられている中、彼は水面下で動いてパリ・サンジェルマンのスター選手の心を奪っていた。

過去には、ルイス・フィーゴの禁断の移籍を実現させた人物だ。2000年に会長戦で当選したペレスは、その夏に移籍金6100万ユーロ(約79億円)と当時の史上最高額でフィーゴを確保。長年の宿敵であるバルセロナからエースを引き抜いたのである。

いま、ペレスの狙いはパリ・サンジェルマンであり、エムバペだ。それは単なる一人の選手の移籍ではない。国家クラブ対通常のクラブ(ちなみにマドリーはソシオ制)の対決の決着でもある。次の夏、フリーでの移籍が可能となっているエムバペ。布石は、すでに打たれている。

スポーツライター

執筆業、通訳、解説。東京生まれ。スペイン在住歴10年。2007年に21歳で単身で渡西して、バルセロナを拠点に現地のフットボールを堪能。2011年から執筆業を開始すると同時に活動場所をスペイン北部に移す。2018年に完全帰国。日本有数のラ・リーガ分析と解説に定評。過去・現在の投稿媒体/出演メディアは『DAZN』『U-NEXT』『WOWOW』『J SPORTS』『エルゴラッソ』『Goal.com』『WSK』『サッカーキング』『サッカー批評』『フットボリスタ』『J-WAVE』『Foot! MARTES』等。2020年ラ・リーガのセミナー司会。

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