Yahoo!ニュース

チーム史上初のCS進出を決めた大阪エヴェッサが受け入れざるを得なかった悲しい現実

菊地慶剛スポーツライター/近畿大学・大阪国際大学非常勤講師
チーム史上初のCS進出を決めた大阪エヴェッサの選手たち(筆者撮影)

【チーム初のCS進出を決めたエヴェッサ】

 大阪エヴェッサはこの週末、チームにとって大事な日を迎えようとしていた。

 滋賀レイクスターズとの2試合を控え、どちらかの試合に勝利するか、もしくは琉球ゴールデンキングスと2試合戦う名古屋ダイヤモンドドルフィンズがいずれの試合に敗れれば、チーム史上初のチャンピオンシップ(以下「CS」)進出を決めることができる状況にあったからだ。

 エヴェッサはBリーグ発足時からB1リーグに所属し、初年度の2016-17シーズンに最後の4試合を全敗し、あと1勝でCS進出の夢を絶たれたという苦い経験を持っている。

 その後2シーズンはCS争いにも加われないような低迷が続いた後、昨シーズンから天日謙作HCを招聘するなど新体制で臨み、CS圏内を維持していたのだが、今度は新型コロナウイルスの感染拡大でシーズン打ち切りが決定。再び涙を飲むしかなかった。

 それほどCS進出は、エヴェッサによってまさに悲願とも言える目標だった。

 だが滋賀初戦はそんな強い思いが空回りしてしまったのか、第2クォーターから滋賀に大量リードを許す展開になり、後半に入ってもなかなか反撃ムードをつくれずに68-84で敗戦。それでも試合終了後に名古屋Dも敗戦したため、CS進出を決めることになった。

 そんなスッキリしないかたちでCS進出に、納得している選手たちはいなかった。第2戦は立ち上がりからエヴェッサが滋賀を圧倒。96-80の圧勝劇で、自らCS進出に華を添えている。

【待ちに待った歓喜の瞬間をファンと共有できず】

 第2戦を勝利で飾った後、試合後セレモニーを終えた選手たちはコートに残り、それぞれがプラカードを持ち「大阪エヴェッサCS進出決定」の文字を掲げ、ファンにチーム初のCS進出を報告した。

 もちろん選手のみならず、ファンにとっても待ちに待った瞬間だ。本来なら観客席から選手たちに惜しみない拍手が送られていたところだが、残念ながらアリーナ内は閑散としていた。

 大阪府が4月25日から3度目の緊急事態宣言下に置かれたため、エヴェッサは滋賀戦2試合を無観客で実施せざるを得なかったからだ。

 長年スポーツ現場で取材してきた立場から、大一番の試合に勝利し選手とファンが一体となり喜びを分かち合う場面ほど、心に残るシーンはないと思っている。そんな最高の瞬間を奪われた、エヴェッサの選手たちとファンの気持ちを考えると、本当に残念でならない。

CS進出が懸かったホーム最終戦が無観客試合で実施された(筆者撮影)
CS進出が懸かったホーム最終戦が無観客試合で実施された(筆者撮影)

【チーム内にある複雑な思い】

 果たして選手たちはどんな思いで、この瞬間を迎えていたのだろうか。Bリーグ初年度の悔しさを経験している選手の1人であり、今シーズンはキャプテンを務める合田怜選手は、以下のように話してくれた。

 「負けたのにCSが決まっちゃっていうのは、その辺は大阪らしいのかもしれないですけど(笑)…。確かにファンの人たちと勝って喜びたかったですね、CS決めたぞっていうのは」

 同じく初年度の悔しさを味わっているジョシュ・ハレルソン選手も、同様の感情を口にしている。

 「ファン無しで戦うのは非常に難しい。彼らがアリーナにいないというのは悲しいことだ。ホーム試合ではたくさんの声援を受けてきたし、今回はホーム最終戦だったので、満員のファンが集まってくれていたと思う。

 選手ばかりではなく、試合を運営する側も同じだ。エヴェッサの安井直樹代表取締役も、ファンのいない状況に寂しさを感じていたようだ。

 「盛り上がりというか、人が創る空気っていうものはやはり違いますよね。こうして無観客になってみると、全然違うものがあります」

【チームは数百万円のコストカットで無観客試合に対応】

 実は、選手たちがファンと喜びを分かち合える機会を奪われただけではない。チームにとっては、大きな収入機会をも奪われてしまったのだ。

 ハレルソン選手が話しているように、今回の滋賀戦2試合は、CS進出を懸けた大事な試合だっただけではなく、チームにとって今シーズンのホーム最終戦でもあった。

 そしてエヴェッサは以前から、ホーム最終戦で様々な企画を実施し、多くのファンを集客してきた実績を有している。例えば2018-19シーズンのホーム最終戦では、同シーズンではリーグ最多の6760人の集客に成功している。

 今シーズンエヴェッサは、開幕当初から新型コロナウイルスの影響で、観客動員数が収容キャパシティの50%となる2950人に制限してきたが、チームとしてもホーム最終戦2試合とも最大限の集客を期待し、スポンサーを集め企画を用意するなど、万全の受け入れ準備を整えていた。

 にもかかわらず、緊急事態宣言に伴い大阪府から無観客試合での実施要請が届いたため、4月28日の横浜ビー・コルセアーズ戦を含め、3試合を無観客で実施せざるを得なくなった。

 チームからすれば、大きな収入源を失ったばかりか、逆に赤字ありきで3試合を実施することになってしまったわけだ。安井氏によれば、少しでも経費を削減するため試合演出などを最低限に抑え、数百万円のコストカットで対応したようだ。

 まさに天国から地獄とはこのことを指すのではないかと思えるくらい、エヴェッサはいろいろな意味で、不憫な状況に置かれてしまったのだ。

【エヴェッサを含め観客内で一度もクラスターを発生させていないBリーグ】

 そもそも今でも様々な指摘がなされているように、今回の緊急事態宣言でスポーツイベントを無観客にする必要性は、本当にあったのだろうか。

 例えば大阪府の場合、今回で3度目の緊急事態宣言になるわけだが、2度目の緊急事態宣言の際には、府下のスポーツイベントは有観客で実施されていた。

 もちろんBリーグも有観客で実施しており、エヴェッサも宣言下で3試合のホーム試合(1試合は平日開催)を実施し、計4974人のファンを集客している。

 そもそも今シーズンのエヴェッサは、前述の3試合を含めて観客動員数が制限される中でも順調にファンを集め、有観客25試合中20試合で制限数の半分に相当する1500人以上を集客。それでも観戦したファンから、陽性反応者を出したケースは一度もないのだ。

 これはエヴェッサに限ったことではない。Bリーグ全体を見ても、観戦に訪れたファンの中に陽性反応者が確認されたケースはプレシーズンマッチを含めて9件あるようだが、Bリーグの試合を通じて一度もクラスターの発生は確認されていない。

 そんなリーグやチームの新型コロナウイルス対策に関する努力や実績は完全に黙殺され、何らデータ的な裏付けがないまま、“人流”を抑えるためだけに無観客試合の実施を要請されたのだ。これほどの不条理はないだろう。

【無観客試合実施でも自治体からの補償はなし】

 確かに大阪府では他府県より先駆けて、感染力が高いとされる変異株による感染数が増え、それを受け入れる医療体制が逼迫しているのは事実だ。

 その点については安井氏も危機感を共有した上で、以下のように話している。

 「担当部局からメールで通達が来まして、今回は(無観客試合が)強制ではないので、すごく判断が難しいというのがありました。

 ただ『補償はない。でも(有観客試合は)やるな』というような雰囲気でしたし、原則無観客ということなので…。そこは経営面からすると、はっきりして欲しいというのが正直なところでした。

 もちろん逼迫している医療現場のことを考えれば、(無観客試合実施を要請されることに)納得はしています。ただ(無観客試合で)やるんだったら補償はセットだと思うので、そこに関しては納得できない部分はあります」

 今回安井氏から話を聞かせてもらって、無観客試合実施要請がメールで送られてきたこと、また休業要請を受けている飲食店等のように何の補償も受けられないことを知り、何ともやり切れない気持ちになった。

【無観客になろうともCSのホーム開催を目指す】

 大阪府健康医療部保険医療室感染症対策企画か発表している資料によれば、昨年の新型コロナウイルスの感染拡大第1波から現在に至るまで、Bリーグを含め府内で実施されたスポーツイベントがクラスター発生源になったケースは一例も確認されていない。

 そうした状況から大阪の人たちも、感染リスクの観点からスポーツ観戦を安全だと捉えている節がある。

 今回の緊急事態宣言初日となった4月25日に、東大阪市の花園ラグビー場でトップリーグの試合が実施されたのはご存じの方も多いはずだ。

 この試合に関しては、すでに前売りチケットを販売してしまったリーグ側は、混乱を避けるため有観客で実施する一方で、来られないファン向けに払い戻しで対応する措置を講じていたのだが、4500枚のチケットが配布される中3989人のファンが会場に足を運んでいるのだ。

緊急事態宣言初日の花園ラグビー場で実施されたトップリーグの試合に約4000人のファンが観戦に訪れた(筆者撮影)
緊急事態宣言初日の花園ラグビー場で実施されたトップリーグの試合に約4000人のファンが観戦に訪れた(筆者撮影)

 こうした状況を考えれば、むしろ緊急事態宣言はスポーツを愛する人たちから、スポーツ観戦という娯楽を奪っているように思えて仕方がない。

 念願のCS進出を決めたエヴェッサだが、残り3試合の結果次第では、5月13日から始まるCSトーナメント準々決勝をホームで戦える可能性を残している。

 だがここまでの府内の感染者数状況を見る限り、大阪府が期間最終日の5月11日で緊急事態宣言を解除するのは厳しそうだ。やはりこちらの試合も無観客試合になる可能性が高い。

 「僕らとしてはきれいごと抜きで、宣言が延長され無観客試合になってとしても絶対にホームでやりたいと思っています」

 安井氏の言葉には、間違いなく力がこもっていた。何とかエヴェッサの願いが叶い、選手たちがファンの見守る中でホーム試合を戦えるようになることを願うばかりだ。

スポーツライター/近畿大学・大阪国際大学非常勤講師

1993年から米国を拠点にライター活動を開始。95年の野茂投手のドジャース入りで本格的なスポーツ取材を始め、20年以上に渡り米国の4大プロスポーツをはじめ様々な競技のスポーツ取材を経験する。また取材を通じて多くの一流アスリートと交流しながらスポーツが持つ魅力、可能性を認識し、社会におけるスポーツが果たすべき役割を研究テーマにする。2017年から日本に拠点を移し取材活動を続ける傍ら、非常勤講師として近畿大学で教壇に立ち大学アスリートを対象にスポーツについて論じる。在米中は取材や個人旅行で全50州に足を運び、各地事情にも精通している。

菊地慶剛のスポーツメディア・リテラシー

税込550円/月初月無料投稿頻度:月3、4回程度(不定期)

22年間のMLB取材に携わってきたスポーツライターが、今年から本格的に取材開始した日本プロ野球の実情をMLBと比較検討しながらレポートします。

※すでに購入済みの方はログインしてください。

※ご購入や初月無料の適用には条件がございます。購入についての注意事項を必ずお読みいただき、同意の上ご購入ください。欧州経済領域(EEA)およびイギリスから購入や閲覧ができませんのでご注意ください。

菊地慶剛の最近の記事