井上尚弥vsカシメロはいつ実現?延期はボクサーにどんな影響を及ぼすのか
新型コロナウイルスの感染拡大により、4月25日ラスベガスで予定された井上尚弥(大橋)vsジョンリール・カシメロ(フィリピン)のバンタム級統一戦は延期となった。コロナ・ショックが世界中にまん延する中、他のスポーツイベント同様、新しいスケジュールは全く決まっていない。人類の見えない敵との戦いは長引きそうだという観測もあり、予断を許さない緊迫した状況が続く。
日本からのニュースで井上本人は事態を冷静に受け止め、動揺はなく、試合に向けてのモチベーションも低下していないという。ボクシングは他のスポーツと異なり、とくにプロは対戦相手の負傷などで頻繁に試合が延期される。偉大な先達や現役選手のケースを取り上げながら彼らはどうやってリングに上がれない時期を過ごしモチベーションを維持したかを振り返ってみたい。
本物ホリフィールドの場合
マイク・タイソンに2連勝した元ヘビー級統一王者イバンダー・ホリフィールドは1996年11月の第1戦(ホリフィールドの11回TKO勝ち)の後、翌年5月3日、同じラスベガスのMGMグランドガーデン・アリーナで第2戦がセットされた。だがタイソンがスパーリング中に左マブタをカットしたため延期を余儀なくされた。第2戦は6月28日に行われ、これが悪名高い「世紀のバイト」、耳噛み事件になるのだが、目のカットで2ヵ月弱の延期というのは間隔が短い。タイソンの傷が予想以上に早く回復したのと同時に、この再戦がファンに待望された証拠といえる。
第1戦の前はもちろん、再戦の前のホリフィールドも、まるで何かに取り憑かれたように意識が超人の域に達していた。タイソンが刑務所暮らしを送っている時、ホリフィールドは心臓病を患い、ボクシングどころではない時期があった。それを思うと同じ人間とは思えない。当時のコメントを再度チェックしてみる。
相手がタイソンだからやれた
「タイソンが相手だから、厳しい練習をやり抜くことができるんだ」
「ボクサーの偉大さが計られるのは、どれくらい強い相手と戦ったかだ」
「自分が相手を打つのと同じくらい相手も自分を強く打った来た時どう対処するのか、それが問題なんだ。ボクシングとは自分の意志に相手を従わせる戦いなんだ」
「現役で私ほど試練をくぐってきたボクサーはいない。みんな、私が誰とでも戦ってきたことを忘れているんだ」
オリンピックで銅メダルを獲得したホリフィールドには確固としたアマチュアのバックグラウンドがあり、スキルにも定評があった。だがクラスをヘビー級へ上げ、タイソンを大番狂わせで倒したジェームズ・ダグラスから王座を強奪したホリフィールドは、その後強敵たちとグローブを交えながら、よりスピリットを前面に押し出すボクサーへと変貌して行った。
同時に“ザ・リアル・ディール”(本物)と畏怖された彼は研究熱心な一面もあった。「プロ入り後のマイクの試合は、すべて見ていた。そして誰も彼のスタイルに太刀打ちできないと私は感じた」。あえて付け加えるなら、「でも俺は違う」となろうか。五輪はライトヘビー級、プロ転向後はクルーザー級で戦い統一王者に君臨。「ヘビー級では小柄だ」と言われながら頂点しかも統一王者に就いたホリフィールド。彼の崇高な精神はリングシーンに不滅の光を放っている。
ウズベキスタンのパイオニア
リアル・ディールから次はリアルタイムに移ろう。
中央アジアにウズベキスタンという内陸国がある。前回のリオデジャネイロ五輪でアマチュアのボクシング王国キューバと並ぶ金メダル3個を獲得。メダル総数ではキューバの6個を上回る7個を獲得しトップとなった。アマチュアの躍進はプロのリングにも波及しエリートアマたちが次々とプロで活躍し始めている。
その中で真っ先に世界王者に到達したのがWBA“スーパー”・IBF統一スーパーバンタム級王者に就いたムロジョン・アフマダリエフ(25歳)だ。1月30日、米マイアミで2冠を保持していたダニエル・ローマン(米)に判定勝ち。プロ8戦目(8勝6KO無敗)での統一王座獲得はモハメド・アリに勝ったレオン・スピンクスと並ぶ記録となった。
当初ローマンvsアフマダリエフは昨年9月ラスベガスで挙行される運びだった。ところが直前にローマンが左肩を負傷。腱(けん)炎と診断された。そのため、この指名試合(WBA)は4ヵ月半の延期を強いられた。
挑戦のモチベーションがマックスに達していたアフマダリエフは、ひとまず試合が流れるとあからさまに不満を表した。「(キッズ時代から)16年間この世界に生きてきて鼻が折れ、肋骨にヒビが入り、拳を痛めることもあった。そんなに簡単に大けがを負うものだろうか」と矛先はローマンへ向けられた。
だがアフマダリエフは切り替えも早かった。「私はウズベキスタンのために戦う。試合を終えて2本のベルトを持ち帰る」と愛国心を強調。ローマンが回復に向かうまで休まずジムで汗をかいた。彼はこうも言った。
「ウズベク人はスペシャルな国民だ。メキシカンのように熱狂的なボクシングファンがいる。彼らは他のどんなスポーツよりもボクシングを愛している。彼らの絶大なサポートは信じられないほど味方になる。本当にスペシャルなんだ」
ラテンのボクシング王国メキシコも前世紀半ば、世界王者が誕生し出した頃は同じ状況だった。私はプロの世界でも近い将来ウズベキスタンが続々とチャンピオンを輩出するのではと読んでいる。今後、日本人選手との対決も有望な先駆者アフマダリエフの言葉は、それを強く予感させる。
ツインの兄も認めた改心
延期された再戦で痛快にリベンジしたのがWBC・S・ウェルター級王者に返り咲いたジャメール・チャーロ(米)。テキサスのヒューストンが地元で双生児の兄ジャモール・チャーロはWBCミドル級王者だ。
チャーロは2018年12月ニューヨークでトニー・ハリソン(米)に僅差ながら3-0判定負け。内容はチャーロが押し気味だっただけにスコアカードが論議を呼んだ。そのため両者は昨年6月ラスベガスでダイレクトリマッチに臨むことになった。ところがハリソンがヒザの負傷を理由にリタイア。気勢をそがれたチャーロは同日ノンタイトル戦を行い、メキシコ人に3回KO勝ち。まずは肩慣らしを終えたが、ターゲットのハリソンと対戦するまで、それから半年を要した。
丸1年後カリフォルニアで実現したリマッチは序盤にチャーロがダウンを奪ったものの、テクニシャンで曲者のハリソンが中盤盛り返し勝敗の行方が混とんとして来る。しかし終盤11回、2度倒したチャーロがストップに持ち込み溜飲を下げた。
第1戦で初黒星を喫したチャーロは兄と並ぶトップボクサー。ハリソン戦は2試合とも有利を予想された。よって初戦は過信が敗因とも指摘された。しかし兄のジャモールは「ノンタイトル戦を飾った後、ジャメールはよりハングリーになった。真摯に(初戦の)敗北を認め、圧勝することに集中した」と回想。実績に驕ることなく、ハードワークの勝利であることを称えた。
こう見ると、延期や強敵に直面しても精神力の強さが結果を左右する要因のような気がする。心技体が充実している井上は頼もしい限り。最後に井上vsカシメロがホリフィールドvsタイソン2ほどの延期スパーンで開催されることを祈りたい。