【柳瀬氏問題】東京新聞・望月記者が孤軍奮闘も齋藤法相が衝撃の返答―入管法審議での疑惑解明は?
昨日8日、参院法務委員会で強行採決された入管法改正(改悪)案。本日9日の参院本会議で成立する見込みだ。だが、法律が成立しても、審議の中で明らかになった疑惑が消えるわけではない。その一つが、NPO法人「難民を助ける会」の名誉会長で、法務省・難民審査参与員の柳瀬房子氏をめぐる一連の疑惑だ。9日朝の法務大臣会見で、東京新聞の望月衣塑子記者が柳瀬氏問題について追及したものの、齋藤健法務大臣の返答は驚くべきものだった。
〇孤軍奮闘する望月記者
『1984』等で知られる作家ジョージ・オーウェルが残したとされる格言に、「ジャーナリズムとは、権力側が報じてほしくないと思うことを報じることだ。それ以外はすべて『広報』だ」という言葉がある。権力の暴走を止めるチェック機能こそ、ジャーナリズムにおいて最も重要なものであるという、先人の教えは、果たして今の日本のメディア業界に受け継がれているのだろうか。入管法改正(改悪)案については、様々な疑惑が国会審議の中で明らかになり、また人権擁護の観点から、新聞各紙の社説も批判的な論陣を張った。それにもかかわらず、法務大臣の会見では、入管法改正(改悪)案について質問した記者は少なく、いても、具体的な問題点をあげ、追及するのではなく、大臣の「受け止め」を恐々おうかがいたてるという、言葉が悪いが「腑抜けた記者」が多い。
そんな中、異彩を放つのが、東京新聞の望月衣塑子記者だ。今朝の会見でも、難民参与員制度等について追及した。
「難民審査参与員制度、いろいろな問題がクローズアップされました(中略)法案が通っても、大臣が見直していくというつもりがあるか、お聞かせ願いますか?」(望月記者)
〇柳瀬氏をめぐる疑惑の数々
望月記者の質問の意図を理解するためにも、難民審査参与員制度とこの間の疑惑について解説しよう。難民審査参与員は、法務省及び出入国在留管理庁(入管)による難民認定審査に不服のある申請者に、対面あるいは書面での審査を行うことが役割だ。その中の一人、柳瀬房子氏は、「これまで2000件の審査を(対面で)行ってきたが、難民と認められたのは6件だけ」「(難民認定)申請者の中に難民はほとんどいない」と、2021年4月21日の衆院法務委員会で参考人として発言。この柳瀬発言は、「難民認定申請の濫用を防ぐ」として、3回目以降の難民認定申請者を強制送還できるようにするとの規定を含む入管法改正(改悪)案の根拠(立法事実)とされた。ところが、法案審議の中で、この柳瀬氏をめぐって、様々な疑惑が次から次へ出てきたのである。
例えば、上述の2021年の法務委員会から遡ること1年半前の2019年11月の法務省会合の中で、「これまで1500件の対面審査を行ってきた」と柳瀬氏が発言したことが議事録に残っている。つまり、1年半で500件もの対面審査を柳瀬氏は行ってきた計算になるが、他の参与員の年間の審査件数は平均で36.3件である。この「1年半で500件の審査」については、筆者もファクトチェックの記事(関連情報)を書いたので、そちらを参照して欲しいが、齋藤法務大臣すら「1年6ヵ月で500件の審査を行うことは不可能」と認めたのである。他にも、
・今年4月の朝日新聞のインタビューに柳瀬氏は「これまで4000件の対面審査を行ってきたが、難民として認められたのは6件だけ」との旨で発言。つまり、2021年4月からの2年で2000件の対面審査を新たに行った?そんなことは不可能ではないか?
・4000件で6件というと柳瀬氏の難民認定率はわずか0.15%。異常に低すぎないか?例えば、やはり難民参与員だった阿部浩己・明治学院大教授は「500件中で40件を難民として認めるべきだと意見した」としており(関連情報)、認定率は8%だ。
・111人いる難民審査参与員の中で、柳瀬氏が扱う件数が突出している。年によっては全体の4分の1を柳瀬氏が引き受けており、配分が恣意的で偏りがないか?他方、難民認定率の高い参与員は外されるとの、元参与員の証言もある。
・柳瀬氏は支援者との間で「年間100件の審査が限度」と話しており、そうなると同氏が難民審査参与員として審査を行ってきた16年間で扱った件数は1600件前後となり、上述の「これまで4000件もの対面審査を行った」との発言と大きく食い違う。
等の問題がある。これらの一連の柳瀬発言の信憑性への疑いは、国会審議の中で「立法事実が崩れているのではないか?」と入管法改正(改悪)案の正当性に疑問を持たれる事態にまで発展した。立法事実のない法律は違憲である。断じて軽視してよいことではない。だからこそ、東京新聞の望月記者も、本日の会見で参与員制度等についての見直しを、齋藤法務大臣に質問したのだ。
〇疑問に答えない齋藤法相
ところが、望月記者の質問に対し、齋藤法務大臣は、「常に自分の判断、役所の判断に間違いがないかどうか、胸に手を当てながらしっかりやっていきたい」としながらも、肝心の参与員制度については「今、制度を変えなくてはいけないとは思っていない」と返したのだ。
この、齋藤法務大臣の発言は、まったく驚くべきもので、柳瀬氏に関する数々の国会議員や報道関係者、他の難民審査参与員らの疑問を無視するものだ。齋藤法務大臣は「柳瀬氏以外の参与員も、なかなか(難民として認定)できないとの発言をしているし、裁判の結果も、それを裏付けている」とも述べるが、これも疑問に答えるものではない。なぜなら、柳瀬氏に同調した参与員は、「難民認定申請者の出身国情報はたまにしか見ない」と発言し、その審査がずさんではないかと大いに批判を浴びたし(関連情報)、裁判では、例えばウガンダ出身で同国で迫害の恐れのあるレズビアンの女性の難民認定審査が、極めて不適切なものであったことが明らかになっている。
もし、齋藤法務大臣が本当に「常に自分の判断、役所の判断に間違いがないかどうか、胸に手を当てながらしっかりやっていきたい」と考えているのであれば、入管にとって都合の悪いことであっても、事実関係の調査を行い、正すべきところは正すべきではないのか。それを拒絶するというのであれば、そもそも大臣とは何のためにいるのか、という問題にも突き当たるのであろう。
(了)