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お受験ポルノにご用心

山口浩駒澤大学グローバル・メディア・スタディーズ学部教授

フードポルノ、ということばがある。我らがWikipedia先生によると、英語のfood pornとは若干ちがうニュアンスで使われているっぽいが、とりあえずここでは欧米風の「広告、インフォマーシャル、調理実演、その他の視覚メディアでの、調理や食事における魅惑的で豪勢な視覚表現」みたいな意味で使うこととする。

要するに、魅力を誇張した表現で人を「その気」にさせるようなもの、ということだろう。本来の意味でのポルノが性的な領域でやっているように、食べ物に関してそういうことをしたものをフードポルノと呼ぶわけだ。

これを応用したのか、「キャリアポルノ」ということばもある。「読んでる間に気分が良くなって俺って何か凄い」気分にさせてくれる自己啓発書とかを指してるらしい。まあ確かにそういう面はある。うまいこというものだと思う。

となれば、そのさらに応用編というのもあろう。最近一部で話題になった、3人の息子を東大に入れたママの話。あれなぞは、さしずめ「お受験ポルノ」ということになるだろうか。

自分のキャリアを切り開こうと鼻をふんがふんがさせている人たちに「よぉしがんばっちゃうぞ!」と意気上がる思いをさせる自己啓発書がキャリアポルノであるならば、子供たちの輝かしい学歴(当然その先にはキャリアを見ているのだろうが)を実現せんと鼻をふんがふんがさせてる親たちに「よぉしがんばっちゃうぞ!」という夢を見せるのが「お受験ポルノ」ということになる。

子どもの教育のために努力する親の話は、山ほど、それこそ吐いて捨てるくらいある。古くは、それこそ孟母三遷までさかのぼることができようか。お受験ポルノはかの3人東大ママ氏の専売特許などではない。したがって、ここでとりあげるのは件のママ氏個人やその著書自体ではなく、そうしたもの全般についてであることをおことわりしておく。

性的なポルノが人間の性的魅力を、ときに具体的な数字や臨場感にあふれた描写を駆使してこれでもかと強調するのと同じように、キャリアポルノで「マッキンゼー」だの「リクルート」だの(単なる印象論だがなぜかこの2社が多いように思う)といった社名や、「営業成績全国1位」みたいな数字などで「すごさ」を表現するのと同じように、お受験ポルノでは、子どもの合格した学校名や、成績を向上させた度合(当初低偏差値であるほどすごい)などで、その親の「功績」が測られる。当然、ヒエラルヒーがあるだろう。適当だが、東大は慶応より上で、ハーバードより下になるんじゃなかろうか、とか想像してみる。しかし東大が3人となれば、ハーバード1人より上かもしれない。そんな相場感だろうか。

「ポルノ」と呼ばれるゆえんでもあるが、こうしたものでは「主人公」の属性や努力が望ましい結果につながった、という点が強調される。男性向けのポルノであれば主人公たる男性の性的魅力や能力、フードポルノであればその飲食品を作った料理人などの技術やこだわり、キャリアポルノであれば主人公の努力ぶりや賢いやり方が成功の秘訣として描写される。それを見た人に「この人みたいになりたい」「これなら自分にもできるかも」といった期待を抱かせることが目的なわけだが、お受験ポルノでは、受験する子どもたちではなく、彼らを育てた親たち、上記のケースでは母親が、「よぉし自分も」と思わせるターゲットだ。

お受験ポルノの領域でどちらかといえば父親より母親の方が目立つようにみえるのは、もちろん父親が子育てを母親に任せがちになっているというジェンダー的な要素もあるのだろうが、それ以上に、子どもの成功がある種の女性、はっきりいえば専業主婦層の女性たちにとっての自己実現であるからだと思う。この3人東大ママ氏がどうかは知らないが、家庭における家事や育児を主な仕事としている女性で、そのことを何らかの意味で引け目に感じている人は少なくないだろう。よしあしの問題は別として、そういう状況があろうことは「専業主婦 引け目」のようなキーワードで検索してみればわかる。特に、子育てのためにキャリアをあきらめたような人であればなおさらかもしれない。自らがあきらめた夢を子どもに託す母親の話は枚挙にいとまがない。子どものお受験の成功は、自らの「勝利」と感じられるだろう。

さらに、そうした中で、専業主婦である女性が、自分の子育てをネタにして本を出したり講演をしたりといった公的活動を行うことができるようになったとすれば、それは自分が子育てにおいて他のお受験ママたちよりも優れた「業績」を挙げたからこそつかんだ栄誉であり、自らの価値の証明となる。それに触れた他のお受験ママたちは「よぉし自分も」と思うだろう。

いってみれば、「お受験ポルノ」は親、特に専業主婦であるお受験ママにとっての「キャリアポルノ」そのものであるわけだ。そこでは、受験に成功した子ども自身の努力も親である自らの教育やしつけの成果とされる。子供は親の「作品」であり、その意味で成功の「ツール」として扱われている。

こうしたお受験ポルノ本が次々と出てくるのはいうまでもなく、こうしたものをありがたがる人々がいるからだ。件の3人東大ママ氏も何やら著書を出版され、対談イベントなどにも出ていらっしゃる。

当然、それを聞きに来た人たちが少なからずいたのだろう。著書がどのくらい売れているのか知らないが、レビューなどをみる限り、絶賛している人もいるっぽい。

こうした流れに対して、批判の声も上がっているようだ。ネットでの批判をみると、「受験に恋愛は無駄」発言が相当の炎上要素になっているようだが、それを措いても、子どもの人格に対する配慮が足りないのではないかといった批判は少なからずありそうだ。その点をやんわりと指摘しているのが乙武洋匡氏だが、もっと直截な批判や罵倒のような表現もネットでは散見される。

乙武洋匡氏が息子3人を東大に入れた母親に対しTwitterで持論展開」(livedoorニュース2015年9月13日)

翌日の13日、乙武氏がこの記事に言及し「この3兄弟が幸せな人生を歩んでいけることを願うばかりです…」とコメントした。<br />

さらに次の投稿で「東大に入ることが幸せかどうかという論争にはあまり価値を見いだせない」とした上で、「『その目標は、みずから抱いたものか』という点は、やっぱり大切にしてあげたいと思うんだよなあ」とし、東大合格という目標が子どもたち自身の抱いたものであるかどうかが重要だ、と訴えている。

基本的に人は何をどう表現しようが自由なのであり、フードポルノやキャリアポルノが一部の批判を受けつつも社会の中で概ね受け入れられている(性的なポルノには規制があるがそれは別の話)のと同じように、お受験ポルノにもそれなりの「居場所」があってしかるべきだろう。子育てや教育に親の能力や努力、工夫などが少なからず影響することはいうまでもない。その努力や工夫自体は評価してもいいのだろうし、うまくいった人の話を聞いて、それをまねればうまくいく、という場合もあるかもしれない。それは自己啓発書も同じであり、場合によっては性的なポルノもそうした面があるはずだ(かつての春画は性教育にも使われたと聞くし)。

とはいえ、フードポルノやキャリアポルノのように、お受験ポルノが必要以上の誇張や魅力の強調によって人々の過剰な期待をそそり、過剰な反応や行動を誘発しはしないか、という点で、まったく気にならないということもない。これらの領域では、性的なポルノのように、それに触発されて具体的な「行動」に及んだ場合にふりかかるかもしれない刑事罰などの歯止めが存在しないため、現実と空想を区別すべき動機に欠ける部分があるのではないか、と懸念されるからだ。

特にお受験ポルノの場合、自分だけでなく子供を巻き込んでしまうところはポイントとなろう。成長期の子供に対する親の影響の大きさについては、3人東大ママの例を出すまでもなく、幾多の調査や研究で確かめられている。そうした親の期待がうまく回ればよいが、そうでなかった場合にどうなるかについてもさまざまな研究があるし、そうしたものを読まずとも、たとえば「親 期待」「毒親」などというキーワードで検索してみればすぐわかるだろう。

お受験ポルノに登場する親たちの経験談にウソがないとしても、それが個人の体験談であることにちがいはない。そのケースでうまくいったからといって、一般化できるようなものではないことは少なくないはずだ。そして、成功した例とおそらくそう変わらないくらいか、あるいはそれ以上に、失敗した「経験談」もあろうことは想像に難くないし、実際にそうした本も数多くある。問題があるとすれば、そのうち一方によく触れる人はもう一方にはあまり触れていないのではないかと思われるふしがあることだ。自分の考えに反する考えに触れたくないのは誰しも当然だろう。

というわけで、別にお受験ポルノを目の敵にするつもりはないが、ある程度意識的に相対化しておいた方がいいのではないかと思う。フードポルノが人を過剰な飲食に走らせたり、キャリアポルノが人を不毛な自己啓発の泥沼に陥れたりするリスクを内包しているのと同じように、お受験ポルノが親たち、子どもたちを過剰なお受験競争や押しつけ教育の加害者、被害者に仕立ててしまうリスクを内包していることに対して、私たちはもう少し、自覚的であっていい。性的なポルノやフードポルノ、キャリアポルノが現実とちがうことを自覚するのと同じ程度には、お受験ポルノが現実とはちがうことも自覚しておくべきかと思う。

駒澤大学グローバル・メディア・スタディーズ学部教授

専門は経営学。研究テーマは「お金・法・情報の技術の新たな融合」。趣味は「おもしろがる」。

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