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元世界ヘビー級チャンピオンが語る「俺ならワイルダーを再生できる!!」

林壮一ノンフィクションライター/ジェイ・ビー・シー(株)広報部所属
現役時代は優しいパパだったが、今はナイスなお爺ちゃんになったウィザスプーン(写真:Shutterstock/アフロ)

 「WBA/IBF/WBOヘビー級チャンピオンのアンソニー・ジョシュアは、6月20日にIBF1位、クブラト・プレフとの防衛戦を迎える。場所は、6万2千人収容のトッテナム・ホットスパーのスタジアム」と、英国の大衆紙『The Guardian』が報じた。そして、ボブ・アラムも「7月18日にタイソン・フューリーvs.デオンテイ・ワイルダーIIIをセットするつもりだ」と語った。

 ジョシュアとフューリーの頂上決戦実現は、年末となるか? 

Photo:Mikey Williams/Top Rank
Photo:Mikey Williams/Top Rank

 聞くに堪えない言い訳と、タオルを投げたトレーナーへの責任転嫁で、未だに非難と嘲笑の的となっているデオンテイ・ワイルダー。そのワイルダーは、かつてリング上で娘を抱き上げたことがあった。

 同シーンを思い起こしながら、娘が学校で苛めの対象とならなければいいな、と感じる。いかに父親がナンセンスな発言をしたとしても、子供に罪はないからだ。

 

 そんな感情を持ちながら、ペンシルバニア州フィラデルフィアに電話を掛けた。私の活動の拠点であるオレゴン州ビバートンとフィラデルフィアには3時間の時差がある。2日間は留守録だったが、4度目のコールで話せた。

 「ごめん、ごめん。このところ孫の宿題の手伝いが忙しくてさ」

 WBC、WBAでヘビー級チャンピオンの座に就いたティム・ウィザスプーンは、いつも通りの陽気な声で言った。彼はドン・キングとの奴隷契約に泣いた世界チャンプであり、ファイトマネーのおよそ90%を搾取され続けた過去がある。キングと法廷で争い和解金を得るが、全てを蕩尽し、家族を養うためにと45歳までリングに上がった。そして、引退直前まで世界十傑に名を連ねるだけの類稀なセンスを持ち合わせていた。

 ティムと私の付き合いは20年以上になる(※興味のある方は、拙著『マイノリティーの拳』をご覧下さい)。相変わらず家族を愛するティムの様子に、心が温かくなった。

 私が「ワイルダーの発言は話にならない低レベルなものだけれど、お子さんが可哀想だね」と語りかけると、電話口の元世界ヘビー級王者は「だよな」と応じた。

 そしてワイルダーについて、次のように話した。

 

 「空振りが目に付くが、ワイルダーの右は確かに強い。その証拠に41ものKO勝ちを重ねている。ファイト出来るヤツだよ。でも、ディフェンス力が全くない。だから、あの日のタイソン・フューリーにとっては簡単な相手だった。

 先日の試合では見せられなかったが、ワイルダーはジャブもいいものを持っている。ボクシングの第一歩はジャブだから、これが身に付かない選手は絶対に上に行けない。その点をワイルダーはクリアしている。

 ワイルダー陣営は、本人も含めてタオル投入について文句を言っているが、ヤツが深刻なダメージを負っていたのは間違いない。トレーナーなら選手の体を守るのは当然のことだ。でもさ……、今回のWBCヘビー級タイトルマッチは、近年にないメガ・ファイトだった。だからマーク・ブリーランドもタオルを投げたいのに、なかなか踏ん切りが付かなかったんじゃないか。自分の判断で全てが終わってしまうというプレッシャーがあった筈。そんななかで、大きな決断をしたブリーランドには、心から敬意を払う。彼は正しい選択をした。ボクシング界全体が、ブリーランドの判断を評価しているよ。

 ワイルダーがブリーランドに文句を言うのは、おかしい。10度も世界タイトルを防衛して長期政権を築いたから、他者を慮る気持ちが欠落してしまったように見える。コスチュームが重過ぎて足が動かなくなったなんていう発言をしたり、ブリーランドに怒りの矛先を見せるのはワイルダーの人格が未成熟であることと、ヤツの周囲にまともな人間がいない証だ。

 ワイルダーは敗戦に打ちひしがれて、どうしていいのか分からないのさ。だから子供みたいな言い訳をしているんだ。非常に見苦しいが、もうちょっと周囲が支えてやれないのかと俺は感じる。ワイルダーがメディアに何か述べる前に、トレーナーやマネージャーが「言っていい事」「言うべきでない事」を分からせてやったら、こんな集中砲火は浴びなかったんじゃないか……。

 実際、ワイルダーはディフェンスが出来ないという欠点を右の強さで補って来た。フューリーは、そこを突いた。右だけを警戒して攻め続けた。巧くクリンチしながらね。あんな防御しか出来ない選手なら、冗談抜きで昔の俺だって3ラウンドで仕留めたよ。

 ディフェンスってのは、対戦相手のパンチの軌道に合わせて腰を回転させてダメージを最小限に食い止めなきゃいけないんだ。俺もよくやったし、フロイド・メイウェザー・ジュニアも得意としていただろう。その腰の反転に、ガードしたりブロックしながら腕も動かしていくんだよ。相手の右ストレートを自分の左肩で受け、体を右に反転させてストレートのカウンターを狙うとかね。ワイルダーは、そういうブロックを覚えた方がいい。

 自分を伸ばしたいのであれば、ワイルダーは徹底的にディフェンスを磨く必要がある。俺、ヤツにディフェンスを教えてやりたいよ。俺が指導すれば、ワイルダーを再生させてやれると思うぜ」

 ワイルダーは、あれだけマーク・ブリーランドの顔に泥を塗っておきながら「やはり、自分のコーナーにいてほしい」と言い出した。

 デイヴィッド・ハルバースタムの著『The Breaks Of The Game』にO.Jシンプソンが語ったこんな一文が出て来る。

 名声とは蒸気のようだ。人気も幻に過ぎない。金は羽根が生えたように消え失せる。確かなものは一つのみ。アスリートの人間としての姿だ

 こういったことを把捉するのに、ワイルダーは若過ぎるか。リングの酸いも甘いも噛み分けたティムの言葉には、温もりがあった。

ノンフィクションライター/ジェイ・ビー・シー(株)広報部所属

1969年生まれ。ジュニアライト級でボクシングのプロテストに合格するも、左肘のケガで挫折。週刊誌記者を経て、ノンフィクションライターに。1996年に渡米し、アメリカの公立高校で教壇に立つなど教育者としても活動。2014年、東京大学大学院情報学環教育部修了。著書に『マイノリティーの拳』『アメリカ下層教育現場』『アメリカ問題児再生教室』(全て光文社電子書籍)『神様のリング』『世の中への扉 進め! サムライブルー』、『ほめて伸ばすコーチング』(全て講談社)などがある。

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