Yahoo!ニュース

資本主義を終わらせる新社会主義革命の悪夢「EU離脱より恐ろしい」戦々恐々の日系企業 公有化を提唱

木村正人在英国際ジャーナリスト
政権をうかがう労働党のコービン党首(中央)とマクドネル影の財務相(左、筆者撮影)

英国を世界社会主義革命の発火点に

[英イングランド北西部リバプール発]英国の欧州連合(EU)離脱交渉が瀬戸際に追い詰められる中、リバプールで最大野党・労働党の党大会が9月23日から4日間の日程で始まりました。在英の日系企業は「本当のリスクは労働党のコービン政権の誕生」と戦々恐々です。

強硬左派ジェレミー・コービン党首(69)を支える女房役ジョン・マクドネル影の財務相(67)が24日、演説。マクドネル氏は筋金入りのコービン党首より「左」と言われる正真正銘の社会主義者。英国で資本主義を終わらせるのはこの男しかいないと言われてきました。

コービン党首になって19万人だった党員は昨年12月時点で56万4000人を突破し、党員数では欧州最大となりました。保守党のメイ政権によるEU離脱が脱線して労働党のコービン政権が誕生すれば、経済財政政策はマクドネル氏に一任され、英国に新社会主義(公有化)革命が起こることを強く予感させました。

英国に進出するグローバル企業はそろそろ撤退という最悪のシナリオに備えた方が良いのかもしれません。

労働党の党大会には海外の若い社会主義者が入り込み、英国を世界社会主義革命の発火点にしようという空気すら感じられます。コービン党首を支持する草の根左派運動モーメンタムは党首選や各選挙区の候補者選びの敷居を下げ、労働党から中道勢力を駆逐する動きを強めています。

コービン党首もマクドネル氏もEU離脱に対する方針をあいまいにしたまま保守党の敵失を待つ戦術です。EUに離脱案を拒絶されたテリーザ・メイ英首相に助け舟を出すつもりは全くありません。マクドネル氏の演説を見ておきましょう。

水道料金は民営化で40%も引き上げられた

労働党大会で演説するマクドネル影の財務相(筆者撮影)
労働党大会で演説するマクドネル影の財務相(筆者撮影)

「『ゼロ時間契約』と呼ばれる待機労働契約を禁止する。生活賃金を時給10ポンド(1480円)に設定して貧困をなくす」

「大規模に租税回避する巨大なグローバル企業は私たちの病院や私たちの学校を否定している」「今こそ行動を起こすべきだ。教会や労働組合、年金基金といった株主の力を動員してグローバル企業に公正な納税義務を守らせよう」

「透明性を高めるため企業に公正な納税基準に署名することを要求する。租税回避企業への警告はこうだ。ゲームは終わったのだ」

「水道料金は民営化されてから実質40%も引き上げられた。配当として180億ポンド(2兆6640億円)が支払われた。水道会社を消費者、労働者、自治体とともに公有化する。今の経営陣は解雇し、報酬は減額する」「経済民主化を進めるため、エネルギー会社、郵便会社、鉄道会社も公有化する」

(注)水道会社テムズ・ウォーターの場合、株式は年金基金OMERS(27.4%)、アブダビ投資庁(9.9%)やクェート投資庁(8.8%)、中国投資会社(8.7%)などによって保有されている。

取締役会の3分の1は労働者に

「企業の取締役会の3分の1を労働者に振り分ける。賃金は部門別団体交渉で決定する」

「巨大企業は年1%ずつ最大で10%の株式を『包摂的所有基金』として積み立てる。1100万人の労働者に最大で年500ポンド(7万4000円)の株式が行き渡る」

(注)英産業連盟(CBI)は「マクドネル氏のしようとしていることは結局、労働者の取り分を減らす」と懸念。

「我々は地方への投資を怠ってきた財務省の偏りを是正する」「財務省に公有化部門を設ける」「『生産諸手段の共有』という社会主義の原則を表明した労働党綱領4条が100周年を迎えたことを祝福する。綱領4条は、肉体労働者または頭脳労働者に産業の完全な成果を保障している」

(注)「ニューレイバー」を掲げたトニー・ブレア党首時代に綱領4条は書き換えられ、「生産手段の共有と産業の民衆による統制」に代わって「権力・富・機会の多数者への付与」がうたわれる。市場原理を採り入れつつ国家の補完によって公正を確保する「第三の道」を実践する。

抱き合うマクドネル氏とコービン党首(筆者撮影)
抱き合うマクドネル氏とコービン党首(筆者撮影)

「世界経済危機の再発を防ぎ、貿易戦争や地球温暖化に対処するため、ノーベル経済学賞受賞者ジョセフ・スティグリッツ氏率いる国際社会フォーラムを設置する」

労働党はコービン党首とマクドネル氏のリーダーシップの下、完全に先祖返りしようとしています。マクドネル氏は過去に2度、党首選に立候補しようとしたことがありますが、必要な下院議員の数を集めることができませんでした。党大会のミニ集会では「インターネットを国有化しよう」という意見も飛び出すほど、左旋回が進んでいます。

新社会主義革命を防ぐには、企業が自発的に労働者の賃金を不当に低く抑える非正規雇用(英国の場合はゼロ時間契約)を止め、一定期間に生み出した付加価値額が上昇すれば賃上げを実施して労働分配率を一定の高さに維持していく必要があります。

資本主義と民主主義を健全に機能させるためには、賃上げに勝る特効薬はありません。安倍晋三首相の経済政策アベノミクスで過去最高益を更新する日本企業は内部留保を賃上げに回さなければ、いずれ新社会主義革命の波に飲み込まれる恐れがあることを覚悟しなければなりません。

(おわり)

在英国際ジャーナリスト

在ロンドン国際ジャーナリスト(元産経新聞ロンドン支局長)。憲法改正(元慶応大学法科大学院非常勤講師)や国際政治、安全保障、欧州経済に詳しい。産経新聞大阪社会部・神戸支局で16年間、事件記者をした後、政治部・外信部のデスクも経験。2002~03年、米コロンビア大学東アジア研究所客員研究員。著書に『EU崩壊』『見えない世界戦争「サイバー戦」最新報告』(いずれも新潮新書)。masakimu50@gmail.com

木村正人の最近の記事