すごいぞ、みずほ、資産運用改革の旗手になれ
みずほフィナンシャル・グループは、2月12日に、「〈みずほ〉のフィデューシャリー・デューティーに関する取組方針」を公表しました。金融庁がフィデューシャリー・デューティーの徹底を求めたことに呼応し、主要金融グループの一角において、こうした自主自律的な対応が率先してなされたことは、中長期的企業価値の向上を目指す金融機関経営への転換、および、金融機関の自律性を重視する金融行政手法の革新を象徴するものとして、歴史を画するものです。すごいぞ、みずほ。
フィデューシャリー・デューティーとは何か
みずほフィナンシャル・グループの今回の「〈みずほ〉のフィデューシャリー・デューティーに関する取組方針」(以下、「取組方針」)の公表については、背景の事情として、金融機関の自律と創意工夫を重視する金融行政手法の転換と、中長期的な企業価値向上を目指すコーポレートガバナンス・コードのもとでの金融機関経営の転換とをおさえておかないと、その深い歴史的意義を理解し得ないと思われます。
といっても、まずは、フィデューシャリー・デューティーとは何か、そこから始めないと、理解し難いでしょう。フィデューシャリー・デューティーとは、金融機関の資産運用関連業務全般についていわれることで、専らに顧客のために、ということに尽きます。このことは、みずほの「取組方針」においては、「お客様の利益を優先することを第一として」等の表現で、記述されています。
金融は、というよりも全ての商業は、それが商業としてなりたつ以上、顧客の需要を前提にしており、顧客の需要がある以上、そこに顧客利益のあることは、自明ですし、同時に、商業としてなりたつ限り、商人である金融機関の利益があることもまた、自明です。
要は、金融機関と顧客の双方の利益の均衡のうえに、金融業は成立しているのですが、現実には、どちらの利益を第一と考えるかは、高度な経営上の判断として、常に問題にし得るわけです。なかでも、投資信託の販売等、資産運用関連業務は、高度な専門性のために、顧客と金融機関との間の情報が非対称になりやすく、敢えてなそうと思えば、金融機関の利益を第一としても、なりたってしまう場合も少なくありません。
例えば、投資信託の販売において、表面的な配当が高くなるように設計されているものは、非常に投機色の強いものであっても、売り易いのみならず、高い手数料等も目立たないわけです。そして、それが事実として売れてきた以上、一方で、短期的な配当を得ようとする顧客の需要には適っているにしても、他方では、中長期的な投資収益を目指す顧客の真の利益には反している可能性があります。
こうした事態が横行してきた背景として、金融機関の経営姿勢において、自己の利益を第一に考えて、顧客の利益に反する結果になったとしても、法令違反等の事実がなく、しかも表層的な顧客ニーズには適合している以上、何ら問題ないとする考え方のあったことは否定しようがありません。
投資信託について、金融庁が問題としたのは、まさに、この点です。投資信託は、その本来の目的のために、専らに顧客の真の利益のために、運用され、販売されなくてはならない、表層的な顧客の利益を取り繕って、裏で金融機関自身の利益が追求されてはならない、金融庁は、ただ単に、この自明のことをいっているだけです。
この金融庁の問題提起を受けて、みずほは、「取組方針」を公表し、「お客様の利益を優先することを第一」とする経営の方針を明瞭にしたということです。
みずほにおける合理的報酬
もちろん、専らに顧客の利益のために、といっても、金融機関の利益は犠牲にされてもいいということではありません。それでは、金融機関の株主の利益に反することになります。
専らに顧客のために、ということは、今日では、フィデューシャリー・デューティーの英米法における歴史的理念であって、現実的な適用は、合理的報酬の考え方に集約されています。このことは、みずほの「取組方針」においても、正確に認識されており、そこでは、明瞭に、「お客様に提供する商品・サービスの内容に合致した合理的な報酬・手数料水準を設定します」と宣言されているのです。
この合理的な報酬には、金融機関として自己資本を稼働させて業務を遂行している以上、適正な資本コストを含むことは、自明です。また、例えば、投資信託において、的確な商品説明と適切なアドバイスを行ったうえで顧客に販売し、最高度の技能と知見を傾けて運用を行うについては、人件費等が嵩むのも当然です。
合理的な報酬の考え方は、適正なサービスを、適正な品質において、安定的に供給する体制を維持するための総費用に対して、適正な資本利潤を加えたものとして、合理的に算定された原価を基準に、手数料等の報酬を算定し、顧客に課金するという経営原則(金融庁は、片仮名でプリンシプルといいますが)です。
例えば、投資信託について、金融庁が問題にしていることは、実は、販売手数料の水準ではなくて、その算定の合理的根拠なのです。要は、サービスの製造原価とは無関係に、あからさまにいえば、とれる客からは、とれるだけとる、という姿勢が露骨であることを金融庁は問題視したのに対して、みずほは、合理的報酬の原則を確立し、それを宣言したということです。
みずほ内部の利益相反の統制
専らに顧客のために、という理念には、自己の利益を優先しないことだけでなく、第三者の利益を考慮しないということも含みます。
フィデューシャリー・デューティーにおいては、合理的な範囲内でならば自己の利益を考慮してもいいのですが、第三者の利益については、一切考慮してはならないことになります。この点は、みずほのような総合金融グループの場合には、非常に重要です。
つまり、フィデューシャリー・デューティーのもとの資産運用業務においては、金融グループ全体の利益を図る目的で、グループ内の銀行や証券会社等を意図的に利用することや、銀行等の影響力を利用した顧客開発を行うことは、一切なし得ないのです。金融グループの内部取引や内部連携等があり得るのは、専らに顧客の利益だけを意図した行為において、意図せざる結果として、なされる場合という特殊な事態のみとなります。
当然のことながら、みずほは、「取組方針」において、正しい問題認識のもと、重要な経営原則を掲げています。まず、「持株会社とグループの運用会社、グループの販売会社と運用会社との間の適切な経営の独立性確保に向けた態勢を構築します」とし、さらに、「グループ内の利益相反管理の高度化に取り組みます」としているのです。
これらの表現は、大きな金融グループとして、資産運用において、結果的なグループ内取引等の発生や、顧客の重複に伴う一定の情報連携等の可能性を考慮したうえで、それらが専らに顧客の利益を意図したものであることの確認等を経てなされるように、グループ内部の統制を確立することを意味しているはずです。
実際、取締役会の関与を含む高度な統制態勢が言明されており、金融グループとして、画期的な宣言となっています。
みずほの自主的な取組
ところで、金融庁は、金融行政全体について、ルール(規制)からプリンシプル(金融機関の経営原則)へ、という歴史的転換を断行しています。従って、フィデューシャリー・デューティーについても、それを具現化する規制等の導入は予定されておらず、どこまでも、金融機関自身のプリンシプルによって、実現されるべきものとされ、金融庁の機能は、金融機関の創意工夫と自主自律的行動を支援することとされています。
実際、この金融庁の施策を受けて、昨年の夏に、投資運用業者のうち、HCアセットマネジメント、セゾン投信、三井住友アセットマネジメント、東京海上アセットマネジメント(公表順)が、フィデューシャリー・デューティーの具現化のための経営原則を宣言の形で公表しています。
当然のこととして、投資運用業者に限らず、資産運用関連業務を行う全ての金融機関において、フィデューシャリー・デューティーは強く意識されていることなので、宣言の公表についても、検討しているところは少なくないとみられてきましたが、今まで、後続はありませんでした。
そこへ、今回、みずほが金融グループとしての「取組方針」を公表したことは、フィデューシャリー・デューティーの徹底にとって金融グループ内の利益相反取引の一掃が現実的に大きな意味を有する以上、今後の金融界の方向を決定付けるものとして、画期的な意義をもちます。
他の金融グループへの波及は必至ですが、みずほにとって、その先鞭をつけたことは、資産運用業務の改革の旗手として、業界における指導的役を演じるべく、重要な第一歩となるでしょう。みずほの今後の展開に、大いに期待します。頑張れ、みずほ。
みずほの中長期的企業価値の向上
最後に、金融機関にとって、フィデューシャリー・デューティーの自主的な取り組みの利益は何でしょうか。まさか、金融庁からの評価の点数を上げることが目的ではないのです。
実は、金融庁が規制による改革を放棄したのは、金融機関が短期的な利益の追求を図る限り、顧客の損失のうえに金融機関の利益を形成するような行為を抑制できないし、短期的な利益追求という経営姿勢を規制によっては変え得ないことを覚ったからです。
規制の強制から経営姿勢の改革へ、ルールからプリンシプルへとは、そういう意味です。フィデューシャリー・デューティーの実践とは、金融機関の経営姿勢において、短期的な利益の追求から中長期的企業価値の追求への転換を促すことにほかなりません。
例えば、販売会社の利益主導で作られたとしか思えない投機的で奇抜な投資信託でも、それが売れているという事実は、顧客からの信頼を前提にしないわけにはいきません。短期的な利益追求とは、その信頼を利用し、最終的に裏切ることであって、持続可能性のないものです。
それに対して、金融機関として、持続的な成長、即ち、中長期的な企業価値の向上を目指すならば、顧客からの信頼を守り、それを、より高度な信頼関係、即ち、フィデューシャリー関係(日本語を充てるとすれば、信認関係)へ高めることで、安定的な取引継続による事業の拡大を図るほうが得であるはずです。
例えば、投資信託についていえば、販売時手数料の増獲を目指し、次ぎ次と奇妙な投資信託を投入しても、裏では、費用が嵩み、また、解約も進むので残高は伸びませんが、真の顧客の利益にかなった投資信託を適正な手数料で販売すれば、残高は伸びて、残高比例報酬が増加する一方、相対的に経費率が改善して、中長期的な利益につながります。
フィデューシャリー・デューティーとは、規制ではなくて、中長期的な企業価値の向上を目指す金融機関のビジネスモデルなのです。
中長期的な企業価値の向上を求めるのは、コーポレートガバナンス・コードの主旨と同じです。金融庁の施策は、全体的に高度に整合的に作られているのです。巨大な上場企業であるみずほフィナンシャル・グループは、コーポレートガバナンス・コードとフィデューシャリー・デューティーの主旨を同時に実現するものとして、「取組方針」を公表したのだと思われます。
それは、合理的報酬の考え方に、象徴的に表れています。顧客に対して、合理的報酬を約束することと、株主に対して合理的な資本利潤を約束することとは、中長期な視点においてのみ、矛盾なく一致するからです。