ダンシング・プライムミニスター EU離脱交渉 離脱強硬派の圧力跳ね返すメイ英首相
「メイ下ろし」が加速
[英イングランド中部バーミンガム発]バーミンガムで開かれている与党・保守党大会最終日の10月3日、欧州連合(EU)離脱交渉で崖っ縁に立たされているテリーザ・メイ首相が党首演説を行いました。前日、メイ首相の離脱案を徹底的に攻撃した強硬離脱派の頭目ボリス・ジョンソン前外相らを軸に「メイ下ろし」の動きが激化しています。
メイ首相はABBAの「ダンシング・クィーン」の音楽に合わせて踊りながら登場。腰を抜かしそうになりました。こんな奇想天外な党首演説は初めて。
もう、後がないメイ首相は土壇場で開き直った格好です。
「私たちの未来は私たちの手の中にある」と題した党首演説で2回目のEU国民投票を明確に退けた上で、ジョンソン前外相が主張する強硬離脱案について「EU離脱の理屈に関する議論に有権者は関心がない」「50年後に良くなっているかもしれないが、目の前の生活が厳しくなればどうしようもない」と一蹴。
そして「完璧なEU離脱を遂行する」と宣言しました。
昨年の党大会の党首演説は痰が絡んで散々でした。しかし、今年のパフォーマンスは宿敵・ジョンソン前外相を圧倒する出来でした。
演説はEU離脱にとどまらず、内政全般に及び、世界金融危機のあとの緊縮財政に終止符を打ち、資本主義をみんなのために機能させる政策として自宅購入を支援する考えを明らかにしました。
「EU離脱後の英国の未来は完全に約束されている。私たちが成功のため必要とするものはすべて持ち合わせている」「私たちの前には最良の日が待っている」と力説しました。
しかし、これが彼女にとって最後の党首演説になるのではないかとの憶測が飛び交っています。
EUと同じルールブックを作って単一市場や関税同盟へのアクセスをできる限り残す穏健離脱(ソフトブレグジット)に舵を切ったメイ首相に対して怨嗟の声を上げる強硬離脱(ハードブレグジット)派は40~50人にのぼるとみられています。
保守系の英高級紙デーリー・テレグラフは「閣内にも来年3月にEUを離脱した後すぐにメイ政権を崩壊させようという声と、2020年まで退陣を先延ばししようという声がある」と不穏な動きを伝えています。保守党議員委員会(1922年委員会)に48人の書簡が寄せられると、メイ党首の不信任投票が行われますが、委員長はEU離脱交渉中の不信任投票には慎重な姿勢を示しています。
ジョンソン前外相は前日の演説でボサボサの金髪を逆立て「メイ首相のEU離脱案は詐欺そのものだ。もし我々が選挙民を欺くなら、不信感を増幅させることになる」とメイ首相を激しく糾弾しました。会場にはデービッド・デービス前EU離脱担当相ら強硬離脱派が顔をそろえ、党首選に向けた予行演習のような熱気でした。
EU離脱交渉の着地点は
強硬離脱派の論客で『クリーン・ブレグジット』の著者でもあるエコノミストのリアム・ハリガン氏はEU・カナダ包括的貿易投資協定(CETA)型に上乗せする自由貿易協定(FTA)を支持しています。強硬離脱派の間ではスーパー・カナダ型FTAと呼ばれています。筆者のインタビューにハリガン氏は次のように答えました。
――妥協点はありますか
「すべての混乱の中で、議会は、スーパー・カナダ型FTAか、世界貿易機関(WTO)の最恵国待遇の枠組みを適用する合意なき離脱かという二者択一を迫られる。メイ首相は、EUにも保守党にも議会にも受け入れられない現在の離脱案を最終的に捨てなければならないだろう」
――メイ首相がFTAに方向転換した場合、ニッキー・モーガン元教育相ら穏健離脱派はどう動きますか
「モーガン元教育相は僕の目からはEU離脱を止めようとしていると見える。彼女らのグループは2度目の国民投票を求めている。こうした動きは水面下で広がっており、十数人からもう少し増えるかもしれない」
「地方の保守党支持者はEUからの離脱を求めている。保守党は、党と地方の選挙区は強硬離脱で一致しているが、下院議員のグループが強硬離脱と穏健離脱に割れている。モーガン元教育相は将来、保守党の党首を目指しているのなら現実を理解すべきだ」
――スーパー・カナダ型FTAになった場合、議会を通過しますか
「スーパー・カナダ型FTAが議会を通過するかどうか、はっきりしたことは言えない。労働党は基本的にすべてに反対票を投じるだろう。保守党から15~25人の下院議員が造反するかもしれない」
「片や、労働党の下院議員もEU国民投票で離脱に票を投じた選挙区を抱えている。5~15人、いや20人のハード・コアな労働党下院議員は離脱に応じるだろう。いずれの結果になるにせよ、物凄い僅差になる」
――EUに最大の影響力を持つドイツのアンゲラ・メルケル首相の求心力が急速に低下しています
「メルケル首相のキリスト教民主同盟(CDU)の姉妹政党であるキリスト教社会同盟(CSU)が10月14日のバイエルン州議会選で苦戦を強いられている。CSUは選挙のため、不人気な難民の門戸開放政策をとったメルケル首相と距離を置いている。ドイツの政治力学が変われば、英国のEU離脱交渉に有利に働く可能性がある」
今回の保守党大会を取材していて気づいたのは貿易関係のイベントが多く、強硬離脱派の人気が異様に高かったことです。党員ら一般の保守党支持者は強硬離脱の熱にうかされています。
肩身が狭い金融セクター
一方、英国は国際金融都市シティー(シティー・オブ・ロンドン)を擁しているというのに、金融関係のイベントはほとんど開かれていませんでした。世界金融危機と経済危機を引き起こしたシティーは政治からは嫌われているようです。
シティーの行政責任者キャサリン・マクギネス氏は筆者の質問にこう答えました。
「英国のEU離脱まで6カ月を切った。交渉はヤマ場を迎えている。英国もEUも至急に金融サービスが打撃を受ける崖っ縁リスクについて言及する必要がある。金融市場が不安定化すると、英国とEUの消費者とビシネスを直撃する」
「金融の安定性をリスクにさらしてチキンレース(車を衝突寸前まで猛スピードで走らせ度胸試しをすること)をするのは双方の利益にならない。保守党は団結して金融への潜在的なダメージを避けるよう双方に働きかけるべきだ」
英国のEU離脱交渉は「経済合理性」を全く顧みず、「政治」の熱狂に完全に取り憑かれています。
英国のEU離脱交渉「秋の陣」
9月20日、非公式EU首脳会議。メイ首相の離脱案をEU側が拒否
9月23~26日、最大野党・労働党の年次党大会
9月30日~10月3日、保守党の年次党大会
10月18日、EU首脳会議。離脱交渉の事実上の期限だが、12月に先送りされる可能性も。移行期間、新たな貿易協定、アイルランド・北アイルランド国境問題を含め英国のEU離脱と将来の関係について合意を目指す
12月13~14日、EU首脳会議。もう後がない本当の意味でのデッドライン
EUと合意できれば英議会で採決へ
来年3月29日午後11時、英国がEUを離脱
メイ首相の離脱案の柱は(1)英国・EU間の「人の自由移動」は終結させる(2)アイルランドと英・北アイルランド間に「目に見える国境」を復活させない(3)製造業のサプライチェーンを寸断しないようEU離脱後も財については事実上、無関税で障壁のない自由貿易圏を維持。
しかし、単一市場と関税同盟の良いとこ取りはできないと先の非公式EU首脳会議で首相の離脱案は拒否されたばかり。
メイ首相の離脱案は首相公式別荘チェッカーズで協議されたことから「チェッカーズ案」と呼ばれています。EUの単一市場と関税同盟と同じルールブックを英国も作って、離脱後もEUとできるだけ摩擦のない関係を維持しようとしているのが特徴です。
(おわり)