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塾に通えない子供たちにも学びのチャンスを!「ルポ 無料塾奮闘記」

おおたとしまさ育児・教育ジャーナリスト
公共施設の会議室を借りての授業風景

指導はほぼマンツーマン

日曜日の夜、3時間、中野区の公民館のような施設を借りて、「中野よもぎ塾」は授業を行う。主に経済的な理由で塾に通うことができない中学生を対象にした無料塾だ。見学をしたのは、4月の初旬、新年度初っぱなの授業。3年生と2年生が10人弱、1年生が5人ほど。

3年生と2年生にはほぼマンツーマンで指導者が付いていた。中野よもぎ塾では「先生」とは呼ばず、「サポーター」と呼ぶ。この日はいつもよりサポーターの数が少なく、1年生に関しては5人まとめての集団授業となった。その代わり、この塾を卒業したばかりの高校1年生が1年生のサポートに入っていた。

生徒たちはサポーターのことをあだ名で呼ぶ。サポーターの年齢層は大学生から50代まで幅広い。登録しているサポーターは全部で約80人。ほぼ毎週指導に当たる人もいれば、時間のあるときだけ駆けつける人もいる。中には塾講師や家庭教師経験者もいるが、多くは普通の社会人。プロの教師として教えるのではなく、一社会人として、子供たちの自立を支える文字通りのサポーター的存在だ。当然、ボランティアである。

「教室」の後ろには大きなスーツケースが2つ。国語、数学、理科、社会、英語の教材が満載されている。そこから各自にふさわしい教材をサポーターが選び、指導する。毎回の授業でどの生徒にどのサポーターが付いて、何を指導するかについては、代表の大西桃子さんが事前に作戦を練る。25人分の作戦を考えるのには時間がかかる。急なメンバー変更にも対応しなければならない。

大西さんが作戦を練るための情報として、そして次のサポーターへの引き続き情報として、授業後、サポーターはその日の指導の内容や様子を、教室の後ろに置いてあるノートパソコンのエクセルの表に書き込むことになっている。そうやって約25人の生徒の学習履歴を記録に残す。

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13人中11人が都立高校へ進学

教室の外の机では、制服を着た3人の女子が、おしゃべりしながら問題集のようなものを解いていた。中野よもぎ塾を卒業したばかりの生徒たちだ。塾のおかげで都立高校に進学できた。入学早々に提出しなければならない宿題に取り組んでいるとのこと。話を聞いてみた。

----今日はなんで来たの?

「一応制服を見せに来ようかなと思って……」

「日曜日のこの時間はここに来ることが習慣になっているから、来ないと落ち着きません!」

----何年くらい通ったの?

「私は1年生のときから3年間みっちり通いました」

「私は2年生の夏くらいからです」

「私も2年生の途中からですね」

----どういうきっかけで来たの?

「ほとんど親に引っ張られてきました。塾というものに通うのが人生で初めてのことだったので、最初は怖かったですけれど、来てみたら『楽し〜い!』っていう感じで、すぐに慣れました」

「私も親に行きなさいと言われて来ましたが、最初は嫌でしたね。でもサポーターのみんなとか、めっちゃ楽しくて、勉強も楽しいと思えるようになりました」

----何が楽しいの?

「サポーターとのおしゃべりが楽しいですよ。授業中でも勉強のことばかりじゃなくて、いろんな話をします」

「むしろ、そっちに引きずり込もうとするよね、私たち(笑)。そうすると3時間なんてあっという間」

「行事がたくさんあって楽しいですよ。キャンプもするし、BBQ大会もやるし、クリスマスパーティもあるし」

----塾に通った成果は感じた?

「私はもともと勉強が大嫌いだったのですけど、好きになりました」

「塾に通う前は数学が10点ちょっとしか取れなかったのですけど、60点くらいは取れるようになりました」

「私は数学が12点だったところから、最高のときで99点も取れるようになりました」

授業があるのは日曜日の18〜21時の週1回だけ。しかしそれ以外の日でも、可能な範囲でサポーターが個別指導する。3年生の受験期は、ほぼ週5回のペースで個別指導が付く子もいる。専用の教室はないので、ファミレスなどで授業を行う。ドリンクバーの料金も中野よもぎ塾が負担する。近隣のレストランが営業時間外の店舗を自習室として利用させてくれることもある。

「お金はありませんが、この塾とその生徒たちは、本当に恵まれていると思います。これだけ多くの大人の善意に支えられているのですから」と大西さん。この春高校を受験した13人中11人が都立高校へ、2人が私立高校への進学を果たした。さらにもう一人は中高一貫校のため、そのまま進学となり塾を卒業した。

近隣のお弁当屋さんからの温かい差し入れ

2時間目の授業中、25個のお弁当が届いた。近隣のお弁当屋さんからの差し入れだ。大盛りのごはんの上に、アサリとしらすと焼き魚のぼぐし身が載せられている。そのお弁当屋さんのオーナーは、ニュース番組で無料塾の取り組みを知り、無料塾に通う子供たちを少しでも支援したいと思い、できる範囲で差し入れをしている。

塾生の7割は母子家庭だ。生活保護を受けるほどではないが、きょうだい全員を有料塾に通わせるほどの経済的な余裕がない家庭が多い。中には生活保護を受けている家庭もある。学校の授業に付いていけず、心配した学校の先生が、連れてきてくれたケースもある。

入塾は原則先着順。経済的な理由で塾などに通えない子が対象だが、収入を証明する必要はない。ほかに有料の塾や教育サービスを利用していないことが、入塾の条件だ。定員は約25名。現在は定員が一杯。ちなみに経済的な理由で有料塾には通えない子供を対象にするのだから、有料塾の経営を圧迫する心配はない。

3時間目はカリキュラムにこだわらず、自由にいろいろなことを学ぶ時間だ。全員で、英語などのゲーム大会や句会、またディスカッションなど、なんらかのイベントを行う。この日は年度始まりということで、みんなでお弁当を食べながら、サポーターの自己紹介を聞く時間となった。15人のサポーターは、大学生から中央官僚まで、さまざまな立場の大人たち。自己紹介の最中、生徒たちからの遠慮ない突っ込みで、5分に1度は爆笑が起こる。公民館の一室が、和気藹々とした温かいムードで満たされて、この日の授業が終わった。

学校だけでは基礎学力もおぼつかない現状

中野よもぎ塾は2014年の4月にスタートした。もとはと言えば、大西さんが行きつけのバーのマスターの小学校4年生の娘さんの家庭教師を格安で引き受けたことがきっかけだった。小学校は学級崩壊状態で、授業すらままならない。中学受験を見据えて塾に通っているような子供たちはそれでも影響が少ないが、そうでない子供たちは基礎学力すら身に付けることができないと聞いたのだ。

大西さん自身、進学塾には通ったことがなく、唯一公文式教室で数学を習うのが学校以外での学びのチャンスだった。昔はそれでもなんとかなった。でも今は違う。「それならば」。大西さんは決意した。「経済的理由で塾に通えない子供たちを、まとめて教えればいいじゃないか」。

大西さんはフリーランスのライターで収入は不安定だ。でも「フリーだからこそできる」。そう考えた。原稿の締め切りに追われながら、授業計画を立てなければならないこともある。出版社との会議中に携帯が鳴り、「進路のことで急遽相談に乗ってほしい」と呼び出されることもある。

サポーターは全員手弁当であるとしても、公民館を借りたり、教材や辞書を購入したり、自宅の一室を開放したりと、一定の費用はかかる。運営資金については、活動に共感してくれる人々からの寄付が月に十万円ほどあり、それでやりくりしている。

授業後、大西さんは私に聞いた。「おおたさんは有名私立中学の生徒さんをよく見てらっしゃいますよね。彼らは都道府県とか、全部言えますか?」。私は答えた。「中学受験をした子なら、だいたい言えるでしょうね」。「そうですよね……」と大西さん。都道府県名もままならない。かけ算九九ですらおぼつかない子も少なくない。

「おおたさんから見たら、うちの生徒たちの学力は、びっくりする(くらい低い)んじゃないですか?」

「いえいえ、それが現実であることも知っていますから。それよりも私が今日びっくりしたのは、生徒たちが塾での学習を本当に楽しんでいることです。高い月謝を払わなければいけない塾よりも、むしろその点ではレベルが高い。もともとできる子を集めてより高いレベルの問題集を解かせるのなら、実は教える側の力量はそれほど問題になりません。むしろ学校の授業にも付いていけないような子供たちを教えることのほうが、難しいはずです。それをサポーターの皆さんはよくやっているなと思います」

「私たちサポーターの役割は、勉強を教える以外の部分のほうが大きいかもしれないですね。相談に乗って、そこを整理してあげることで、ちゃんと勉強ができる状態をつくってあげることから始めなければなりません」

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いろんな大人がいることが、子供たちの安心感に

なぜ、まったくの無償でここまでできるのか。サポーター数人に聞いてみた。

「子供の貧困というと、海外の発展途上国での問題化と思っていましたが、日本にもこんなに身近にあるのだと気付いて、ショックを受けました。大人であればある程度の自己責任論は当たり前だと思うのですが、中学生に自己責任を問うのは酷です。自分にもやれることがあるのではないかと思い、サポーターになりました」

「中学の3年間は、子供が大きく変わる時期です。かわいくてしょうがありません。仕事との両立の問題はありますが、そこは無理せずできる範囲でと割り切ってやっているのでストレスはありません」

「30人とか40人に1人の担任が付くような学校では、担任の先生と馬が合わないケースは必ずあると思います。でもサポーターはたくさんいるから、必ず自分と合う人が見つけられる。中学生は通常、親と学校の先生くらいしか大人を知りませんが、ここに来ればいろんな大人がいることがわかって、安心できるのではないでしょうか」

偽善的な雰囲気はまったくない。暑苦しい使命感もない。自然体で取り組んでいることがわかる。そしてなにより、生徒たちを被支援者として見下している気配がまったくない。代表の大西さんがもともとそういうスタンスで無料塾を立ち上げ、それにフィットするサポーターが集まった。きっちりシフトを組んだりはしないので、毛色の違う人は自然に抜けていく。それで今の雰囲気ができあがっているのだ。

授業の後のサポーター同士の飲み会も恒例だ。サポーターの1人は「生徒をどこまで叱っていいものかは難しいです。せっかく来てくれた塾が嫌いになってしまうのではまずいですから」ともらす。学校の学習に大きく遅れをとっている生徒については「5教科の学力だけでテストをされると高校進学は難しいかもしれない。でも、学校の勉強以外の才能はたくさんある」「あの子はどうやって生きていけばいいんだろうね」など語り合う。しかし悲壮感はない。「結構しゃべれるから、芸能人もいいんじゃない!?」と、半分冗談、半分本気の発言に、笑いが起こる。

「なんとかなるさ」とみんなが思っている。いろいろな人生を歩んできたいろいろなサポーターがお互いを認め合っているから得られる総意である。普段は全く別々の社会で生きている大人たちが、お互いの肩書きなど関係なく語り合う。その飲み会自体が、なんともいえず「温かい場」であった。「みんなに幸せになってほしい」。サポーターは口をそろえる。

システマチックじゃないことがベスト

「無料塾が発展する」というのは、本来的な意味ではあまり歓迎されるべきことではないようにも感じるが、今後、中野よもぎ塾をどのようにしていきたいのか、大西さんに聞いた。

「今の形がベストだと思います。規模的にもシステム的にも。これ以上生徒を増やすと1人ひとりを把握することが困難になります。システムもこれくらいゆるいから、サポーターも生徒もストレスを感じることなく参加できているのだと思います」

普段は公務員として働くサポーターの1人は「役人の僕が言うのも何ですけど、システマチックじゃなくて、いつもバタバタしているのが中野よもぎ塾のシステム」と笑う。決めきってしまうとうまくいかない。ファジーであるからこそ現状に合わせて柔軟に対応できているのではないかというのだ。無料塾に限らず、教育現場には共通して同様のことが言える。ひとたびルールやシステムに規定されてしまい、自律性を失った教育現場は、必ず腐り機能不全を起こすのだ。

さらに大西さんは言う。

「うちのような塾が“効いている”のは、それだけ現代社会の人間関係が希薄化していることの裏返しなのだと思います。今『こども食堂』が全国に広がっていることも同じですよね。昔だったら地域のお節介おばさんやおじさんがやっていたことをやる人がいなくなってしまった。そこに社会の脆弱性がある。だからそこを埋めようとする活動が、自然発生的に広まっているのではないでしょうか。その意味では、自分でこれ以上無料塾を拡大するつもりはありませんが、ぜひ無料塾運営のノウハウを社会の中に共有して、全国に広めていきたいと思っています」

大西さんはときどき、無料塾運営のためのセミナーを開催している。中野よもぎ塾のブログに情報が掲載される。無料塾運営ノウハウを知りたい人、あるいは中野よもぎ塾への支援希望者・サポーター登録希望者は、ぜひ参照されたい。http://ameblo.jp/nakanoyomogi/

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善意を持ち寄れば、社会は変わる

中野周辺にはもう1軒似たような無料塾があるが、全国規模でどれくらいの無料塾があるのかは、大西さんも把握ができていないという。

ちなみに中野区は最近、公営の無料塾も始めた。運営は民間の大手塾に委託している。ただし、民間企業が事業を受託する形となると、どうしても与えられた資金の中で、本業を圧迫しない範囲での運営となってしまう。担当者レベルでどんなに高い志をもっていても、どうしても損得勘定が差し挟まれる。中野よもぎ塾のような「純粋な志による共同体エネルギー」のようなものが生成されるかどうかは未知数だ。もしかしたら、無料塾は公的な力に頼らないほうがうまくいくのではないかとも思われる。

学習指導による学力の向上はもちろんだが、それ以外にも、子供の居場所や話し相手として、現代社会における無料塾の存在意義は大きいと、今回私は感じた。そもそも学校だけではなぜダメなのかという問題はある。しかし学校には学校の問題が山積みだ。原則論ではなく、現実に対して柔軟に対応する意味で、無料塾がいま、全国で求められているのかもしれない。

できる範囲でサポーターをやるという関わり方でもいいし、できる範囲で運営資金を寄付するという方法でもいい。みんなが少しずつ善意を持ち寄れば、子供たちの学びのチャンスは広がる。子供たちの学びのチャンスを広げることは、子供たち自身の未来を変える力となるだけでなく、社会そのものを変えていく力になるだろう。教育の受益者は、社会全体なのである。

※最後までお読みいただき、ありがとうございました。この記事の原稿料は全額「中野よもぎ塾」に寄付いたします。SNSなどで記事をシェアしていただければ、寄付金が増えますから、それもみなさまから子供たちへの支援になります。よろしくお願いします。

育児・教育ジャーナリスト

1973年東京生まれ。麻布中学・高校卒業。東京外国語大学英米語学科中退。上智大学英語学科卒業。リクルートから独立後、数々の育児・教育誌のデスクや監修を歴任。男性の育児、夫婦関係、学校や塾の現状などに関し、各種メディアへの寄稿、コメント掲載、出演多数。中高教員免許をもつほか、小学校での教員経験、心理カウンセラーとしての活動経験あり。著書は『ルポ名門校』『ルポ塾歴社会』『ルポ教育虐待』『受験と進学の新常識』『中学受験「必笑法」』『なぜ中学受験するのか?』『ルポ父親たちの葛藤』『<喧嘩とセックス>夫婦のお作法』など70冊以上。

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