安倍政権の「若者政策」を振り返る
8月28日、安倍晋三首相が突然辞任を表明し、7年8カ月に及ぶ歴代最長政権が幕を閉じることになった。
若者政策において、安倍政権は何を実現し、何ができなかったのか。
7年8カ月にもわたるため、細かい点を挙げればキリがないが、それぞれのテーマで主な政策、課題を見ていきたい。
教育
教育基本法改正のような個人の思想を前面に押し出していた第一次安倍政権とは異なり、保守的な思想とはやや距離を置いていた第二次安倍政権。
(「道徳の教科化」といった保守的な政策も一部残ってはいるが)
教育費負担軽減
その象徴が、私的な教育費負担を社会で負担する、「幼児教育無償化」、「私立高校無償化」、「大学無償化」の実現である。
それぞれ他政策との優先順位(待機児童解消)や対象世帯の狭さといった課題はあるものの、これまで高齢世代の社会保障費ばかりが増えていた中で、現役世代への予算を約1.5兆円増やした「全世代型社会保障」を実現させた意義は大きい。
不登校に関する初めての法律、教育機会確保法
また、不登校の子どもが学校外で学びの場を確保できるよう、不登校の子どもへの支援を定めた「教育機会確保法」(2017年2月施行)。
法案作成過程において、フリースクール等を公教育(義務教育)の場として認める「オルタナティブ教育法」の要素は削除されてしまったが、「学校以外の場で、児童と生徒が学ぶことの重要性」と「学校を休ませる必要性」について取り組みが進んだことは大きな成果である。
失敗した大学入試改革
一方、教育の中身に関しては、課題が多い。
その代表が、2019年に頓挫した「大学入試改革」である。
その過程における改革反対者の排除、非公開での議論、エビデンスに基づかない議論など、改革の中身以上に、政策決定過程への課題も多く、見直し・検証が必要である。
また現状の日本では、教育に限らず、エビデンスに基づいた議論を行うためのデータが揃っておらず、まずはデータ収集・活用のサイクルを確立することを期待したい(その調査設計をできる専門人材の登用、体制構築を求めたい)。
経済ばかり重視の教育改革
そして、コロナ禍において、アルバイトにも休業手当が出ることを知らないなど、労働教育を受けていない弊害が明らかとなったが、昨今の教育改革では、プログラミング教育や英語教育など、社会に「役立つ」人材教育ばかりが重視され、働く上での権利や義務を教える労働教育、性教育、ジェンダー教育など、個人の尊厳、人権を守るための教育はほとんど行われておらず、児童・生徒主体の教育へと転換していくべきである。
解消されない教員の長時間労働
後述の「働き方改革」の浸透によって、教員の長時間労働も問題視されるようになったが、財源不足から「給特法(教職員の残業代を認めない代わりに基本給の4%を教職調整額として一律に支給することを決めた法律)」の廃止には至っておらず、教育の質を上げるためにも喫緊の課題である。
ICTの未活用
またこちらもコロナ禍によって明らかとなったが、教育に限らずどの分野でもICT活用が遅れており、改善が必須な項目である。
これまで日本の指導力の高さは高く評価されていたものの、今回OECDが調査した「COVID-19への教育対応の指針となるフレームワーク」の6項目(「必要な技術的・教育学的スキル」、「授業を準備する時間」、「使い方を学ぶための効果的専門的なリソース」、「授業に取り入れるためのインセンティブ」、「資格を持った技術補助者」、「オンライン学習支援プラットフォーム」)で日本は最下位となっており、新しい時代に向けたインフラ整備、指導方法の刷新が必要である。
労働
「若者政策」において、安倍政権の功績は何かと聞かれてパッとすぐに思い浮かぶのは、上述の「教育費負担軽減」と、失業率の低下、新卒内定率の上昇である。
過去最高の就職内定率
高校生、大学生どちらの就職内定率も過去最高となっており、失業率も2%台の完全失業率に達した。
「団塊の世代」の退職といった人口構造の影響や、実質賃金が上がっておらず、非正規雇用が増えているなど、課題も多いが、失業率を下げ、労働人口を増やしたのは大きな実績と言って良いだろう。
「働き方改革」の浸透
また、「働き方改革関連法」が2019年4月から順次施行されたばかりであり、まだまだ改革途中であるものの(法案の中身自体は、インターバル規制、割増賃金の拡充にもっと踏み込んでもらいたかったが)、「働き方改革」という言葉を世間に浸透させ、働き方を重視する雰囲気にさせたのは大きな成果と言って良いのではないだろうか。
最低賃金の引き上げ
自民党と言えば経団連のような経済団体が支援していることもあり、どうしても労働者より経営者を重視している側面は否定できず、世界的には相対的に最低賃金が低い状況にはあるものの、それでも経営者が嫌がる最低賃金を「年率3%程度」で上げてきたことは一定の成果である。
上がらない労働生産性
他方、労働生産性はOECD諸国の中で下位、G7の中で最下位にあり、上昇も鈍い。2010年代前半(2010~2014年平均)はやや持ち直したものの、近年(2015年~2017年平均)は横ばい傾向にあり、今回のコロナ禍で明らかになったように、一刻も早いDX推進が求められる。
ただし、最低賃金の引き上げも同様であるが、労働生産性が上がれば上がるほど、失業率が上がるリスクもはらんでおり、生産性至上主義になるのもまた危険である。
これに関しては、日本社会がどのようなキャリア観、社会像を望むか、どのようなセーフティネットを構築するかという話と密接に関わっており、キャリア教育の浸透も含め広く議論されるべき課題である。
子育て・社会保障
世代間格差是正に貢献した年金改革
年金の議論は、マスコミの報道で誤った内容も多く、毎回与野党間でも議論が紛糾するなど、説明するとどうしても長くなってしまうが、世代間格差を是正するための「マクロ経済スライド」の適用、正規・非正規の処遇格差是正、給付額を増やすための厚生年金の適用拡大は重要な施策であり、これらを実現できたのは安定した長期政権だからこそであり、本来的にはもっと高く評価されて良いと感じる部分である。
高所得者への国庫負担分の削減(クローバックの導入)、マイナンバーを活用した支払い免除制度、在職老齢年金制度の見直しなど、課題も残っているが、厚生年金の適用拡大が進んだ意義は大きい。
関連記事:年金制度改革、受給開始年齢引き上げより厚生年金適用拡大を(室橋祐貴)
現役世代への弱い再分配
一方、再分配効果は高齢層に偏っており、消費税以上に、社会保険料が現役世代への大きな負担となっており、可処分所得が一向に上がらない大きな要因となっている。
(余裕のある)高齢者への負担増(医療負担等)、高所得者への負担増は大きな課題のままであり、次の政権では、子どもの貧困率、ひとり親世帯の貧困率改善に本格的に取り組むことを期待したい。
他にも、「給付付き税額控除」など再分配を効率よく進めるために、マイナンバーへの所得・資産状況の紐付けが一刻も早く求められる。
進まない男性の家庭進出
また、一定数、待機児童対策も進み、女性の社会進出は進んだものの、家事・育児等を分担する、男性の家庭進出が進んでいないが故に、女性に負担が偏っており(「ワンオペ」状態)、少子化を加速させる一因にもなっている。
関連記事:なぜ小泉進次郎環境大臣の「育休取得」が重要なのか?若者世代から集まる期待(室橋祐貴)
数多く残されたジェンダーの課題
同様に、ジェンダー・ギャップは一向に縮まっておらず、むしろ2019年の「ジェンダー・ギャップ指数」では、前年の110位からさらに順位が下がり、153カ国中121位という悲惨な状態になっている。
男女間の賃金格差、女性管理職の割合の低さ、配偶者控除の見直し、選択的夫婦別姓、同性婚、婚外子、低いままの性的同意年齢(日本は13歳だが、世界的には引き上げが進んでいる)、アフターピルのオンライン診療・OTC化(薬局販売)、性教育など、数多くのジェンダーにまつわる課題がほとんど改善されていない。
これまで見てきたように、若者全体では評価できる政策もそれなりに存在するが、ジェンダーに関しては、あまりにひどい。
唯一、高く評価できるのは、未婚のひとり親の寡婦控除の実現だけだろうか。
そしてこうしたリベラル系の政策のほとんどは公明党がリードして実現したものである。その意味では自民党内での世代交代、女性・若手の台頭を期待したい。
少子化対策を進めるためにも、「男性は仕事、女性は家庭」という伝統的な家族観、家族主義、家父長主義からの脱却、共働き世帯を前提にした税・社会保障制度改革、ジェンダー・ギャップの是正が求められる。
政治参加
民主党政権が、若者の参画を大きく進めた「子ども・若者育成支援推進法」を実現したのとは打って変わって、なかなか前進しなかったのが政治参加の分野である。
主権者教育拡充のきっかけとなった18歳選挙権引き下げ
その中でも、18歳選挙権が実現したのは、若い有権者約200万人を増やした以上に、高校にて主権者教育が実施されるようになった、という意味で意義が大きい。
実際、中身にはまだまだ課題が多いものの、主権者教育の実施状況は約96%であり、ほぼ全ての学校で取り組まれている。
また個人的な感覚になってしまうが、日本若者協議会のような活動をしていると多くの若者に出会うが、主権者教育を受け始めた世代(2016年当時18歳だった1998年生まれ前後、現在の22歳以下)とそれ以上では、政治への関心度合いに大きな差があるように感じる場面が多い。
被選挙権年齢引き下げは実現せず
他方、2016年参議院選挙で全ての主要政党が公約に載せた「被選挙権年齢の引き下げ」はいまだ実現しておらず、高齢化が進む政界への若手進出、「主権者教育」が投票人を育てる「有権者教育」になっている現状を変えるという意味で、非常に意義の大きい政策であり、一刻も早く実現してもらいたい。
9月14日には自民党の次期総裁が選ばれ、総理に選出されるが、若者政策に絞ってもジェンダー系を中心にやり残した課題も多い。
(政策全般に広げれば、アカウンタビリティや国会改革、専門家登用など主に政治改革部分に多数課題が存在する)
また現在、筆者が代表理事を務める日本若者協議会では、若者が次期総裁に実現して欲しい政策を調査しており、若者(39歳以下)は下記まで意見をお寄せ頂きたい。