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事件で注目される「ネットカフェ難民」 そのあまりにも「異様」な実情

今野晴貴NPO法人POSSE代表。雇用・労働政策研究者。
(写真:アフロ)

 先日、渋谷区の児童養護施設の施設長が元利用者に殺害されるという痛ましい事件が起きた。

 その後の捜査の過程で、容疑者がネットカフェを転々として生活をしていたことが明らかとなっている。容疑者が昨年9月までアパートで暮らしていたが、家賃を滞納して退去したのだという。

 容疑者のように住居を失ってネットカフェで生活する人たちのことを指して、「ネットカフェ難民」という言葉がある。

 今回の事件から、こうした「ネットカフェ難民」が「危険な人たち」だと思われる人もいるかもしれない。

 しかし、「ネットカフェ難民」は決して特殊な人たちではなく、むしろ多くの人たちにとって無縁ではない。

 例えば、今からちょうど1年前、東京都が「ネットカフェ難民」に関する調査結果を公表し、都内に約4000人もの「ネットカフェ難民」が存在することが明らかとなった。

 しかも、調査によれば、「ネットカフェ難民」の中には正社員も含まれているという衝撃的な事実が示されている。約4000人の「ネットカフェ難民」のうち、約200人が正社員なのだ。

 比較的雇用が安定していると考えられている正社員すら「ネットカフェ難民」になってしまっている状況からも、日本社会の多くの人々が住居を失うという「悲惨」と隣り合わせであることが分かる。

 実際、非正規雇用のために低賃金で家賃が支払えなくなったり、派遣切りで会社寮から追い出されたりすれば、直ちに「ネットカフェ難民」になってしまう危険性がある。

 あるいは、ブラック企業でうつ病に追い込まれて働けなくなり、家賃滞納で追い出されてしまうというケースもありうるだろう。

 

 今回は、このような「ネットカフェ難民」への理解を深めるために、東京都調査と相談事例を通じて「ネットカフェ難民」の実態を紹介し、「ネットカフェ難民」に陥らないための、あるいは陥ってしまった時の対策を述べていきたい。

東京都「ネットカフェ難民」調査の内容

 東京都による「ネットカフェ難民」調査は、2016年11月から2017年1月にかけて実施された。この調査は、都内の全店舗を対象とし、実際のオールナイト利用者に対して聞き取り調査を行っているところが大きな特徴だ。

 これだけ大規模かつ詳細な調査は、おそらく2007年に厚生労働省が実施して以来初めてだと思われる。

 それでは、調査結果の内容に入っていこう。

 第一に、重要なのは、住居喪失の原因と労働問題の関連が明らかになっている点だ。

 「ネットカフェ難民」となった理由として、「仕事を辞めて家賃等を払えなくなった(なりそうな)ため」(32.9%)、「仕事を辞めて寮や住み込み先を出た(出ることになりそうな)ため」(21.0%)という理由が上位2つとなっている。

 少なくとも、自分の好みで「ネットカフェ難民」になっているのではなく、失業によって強いられた末の状況であることは分かる。

 ここでは失業の原因は明らかにされていないが、非自発的失業も少なくないだろう。

 実際に、今回の事件の容疑者も、仕事を失ったことから住居喪失し、その後「ネットカフェ難民」の状態にあったことがわかっている。

 次に、「ネットカフェ難民」の就業状況についても明らかにされている。彼らはネットカフェを転々としながら、どのように生活費を稼いでいるのだろうか。

 まずそもそも、「仕事をしている者」が86.5%と大半を占めている。

 

 仕事をしている者の労働形態については、派遣労働者、契約社員、パート・アルバイトを含む「不安定就労者」が74.7%と多数を占めている。

 非正規雇用がいかに住居喪失のリスクに晒されているかが分かる。他方、正社員も4.4%いるというのも驚きである。

 職種は「建設関係」が43.9%と最多で、「運転・運輸・倉庫関係」10.8%、「警備関係」8.0%と続く。

 さらに、フルタイム勤務の経験については、「現在フルタイムで働いている」が44.1%、「以前フルタイムで働いたことがある」が40.8%であり、大半が経験している。

 以上からも、「ネットカフェ難民」になってしまった人たちが、非正規雇用で何とか生計を立てようと働いてきた「普通の」労働者であることが分かるだろう。

 第三に、なぜ「ネットカフェ難民」から抜け出すのが難しいのかも、同調査は明らかにしている。

 住居確保にあたっての問題として、初期費用の貯蓄の難しさが最も多く(62.8%)、ついで入居後に家賃を払い続ける安定収入がない(33.3%)、保証人確保の難しさ(30.9%)、が主要なものとして挙げられている。

 ここから、日本の低所得層に対する住宅政策の不十分さが伺える。

 他方、求職活動をする上での問題としては、「日払いでないと生活費が続かない」(31.1%)、「求人条件の年齢が合わない」(26.4%)、「現在、履歴書に書く住所がない」(23.4%)が多く挙げられている。

 一旦「ネットカフェ難民」になると、日々の生活費の捻出に追われて安定した仕事を探しづらかったり、そもそも住所がないため就職に不利であるという困難が生じてしまう。

 「ネットカフェ難民」を抜け出すためのこれだけ高いハードルがあると、そもそも抜け出そうという「意思」自体が挫かれていく。

 なんと、住居確保の希望・活動として、「住居を確保したいと思わない」とする者が24.5%にも上るのである。

 この結果は衝撃的である。そもそも、居住権が保障されず、「ネットカフェ難民」が多数存在すること自体が問題だ。

 しかしそれ以上に、住居を確保しようとすら思えない状況はあまりにも異様である。いかに住居を取り巻く環境が厳しいものとなっているのか、これほどよく示している数字はないのではないか。

「ネットカフェ難民」に関する相談事例

 次に、上記調査で現れているような事態を、NPO法人POSSEに寄せられた具体的な相談事例から見ていこう。

関東地方の40歳女性のケース

 コールセンターで契約社員として働いていたが、事業縮小を理由に雇止め。その結果、家賃が支払えなくなり、住居を失ってからはネットカフェで生活している。

 経営の都合を理由に簡単にクビを切ることができるのが、非正規雇用の経営側にとっての「メリット」だろう。しかし、雇止めされる労働者の生活は大変である。

 この女性のように簡単に住居を失い、「ネットカフェ難民」になってしまうのである。

関東地方の48歳男性のケース

 2年前から会社寮に住みながら建設現場で働いていた。途中で新しい上司が来て仕事を教えてもらう際に、バールで殴られるなどの暴行を受けた。しばらく我慢していたが、めまいがするようになり仕事を休むようになった。年始の休みの間に会社寮から失踪し、ネットカフェに宿泊していたが、お金が尽きてきたので路上生活をしている。

関東地方の33歳男性

 住み込みで働いていた建設会社が倒産し、住居を失ったのでネットカフェで生活。職探しをしていたが所持金がなくなり、野宿するしかない。

 建設現場などには住居付きの仕事が多く、住居に困っている人には格好の仕事かもしれない。

 しかし、その生活は非常に不安定である。仕事上で暴力や違法行為がまかり通り、あるいは会社が倒産してしまい、働き続けることができなくなれば、すぐに住居を失ってしまうからである。

 以上はホームレスの方からの相談のほんの一部でしかなく、同じようなものは山ほどある。

 上に挙げたのはネットカフェに宿泊している事例だけだが、その他にも車上生活や友人宅に居候、他の住み込みの仕事を探す、などの方法で住居喪失を「乗り切っている」人たちがいるのだ。

「ネットカフェ難民」を防ぐには

 それでは、「ネットカフェ難民」になるのを防ぐにはどうしたら良いだろうか?

 まず、労働問題を原因として住居を喪失した場合には、その労働問題を解決することが重要だ。

 例えば、残業代未払いなどで家賃の支払いが困難になっていたとすれば、それを取り返すことで住居喪失を防ぐことができるだろう。

 会社寮などに住んでいて、雇止めにあって住居を失いそうな場合には、雇止めを争い撤回させることで住居を確保することもできる。

 これらの労働者としての権利行使は、労働組合や弁護士を通じて行うことができる。

 しかし、もし労働問題の解決を通じて住居を確保することが難しい場合には、居住権そのものを行使することもできる。

 一般の賃貸住宅は比較的強く居住権が保障されているため、仮に1ヶ月家賃支払いが遅れたくらいでは、住居を追い出すことはできない。大家などが口頭や文書で退去を求めてくる場合もあるが、裁判にかけられていない限り、法的拘束力はない。未払い分は分割で支払うなどの交渉が可能だ。

 会社寮などに住んでいる場合には、賃料によって対応が異なってくる。

(1)相場程度の賃料の場合

 普通の賃貸住宅と同水準の賃料を支払っている場合には、借地借家法が適用される賃貸借関係となる。

 そうすると、住居の明け渡しには正当な事由が必要となり、仮に正当な事由であったとしても、6ヶ月以上前に明け渡しの申し入れが必要となる。

(2)相場より安価か無料の場合

 普通の賃貸住宅よりも安価な賃料を支払っているか、無料の場合には、(1)のような賃貸借関係にはならない。会社に社宅使用規則があれば、それによることになる。

 判例では、明け渡しの猶予期間として、賃料が無料だと60日、有料だと6ヶ月を基準とすべきだとされている。

「ネットカフェ難民」になってしまった場合

 もしすでに住居を失ってしまい、「ネットカフェ難民」になってしまったとしても、住居を再び確保するための方法はある。

 第一に、住居確保給付金という制度の活用だ。「派遣村」の後にできた制度で、一定の条件を満たせば地域ごとの基準額で3ヶ月間(延長により最長9ヶ月まで)家賃補助を利用できる。利用条件は以下の通りだ。

  • 65歳未満で離職後2年以内であること
  • 離職前に世帯の生計を主として維持していたこと
  • ハローワークに求職の申し込みをしていること
  • 国の雇用施策による給付を受けていないこと

 合わせて、住居を失っている場合には、社会福祉協議会を通じて総合支援資金貸付により、アパートの初期費用を40万円以内で借りることができる。

 第二に、住居喪失だけでなく、生活全体が立ち行かなくなってしまった場合には、生活保護の利用がおすすめだ。

 世帯の収入と資産が条件を満たせば、毎月の家賃と生活費が支給される(都内単身で約13万円)。

 住居を失っている場合には、アパートの初期費用が一定の限度内で支給される(ただし、アパートを確保するまでの施設や宿泊所の環境が悪いことが多いので注意が必要だ)。

まずは専門家に相談を

 以上のように、住居を失いそうになったり、実際に失ったとしても、権利を行使したり、制度を活用することで解決することは可能だ。

 しかし、実際にはこれらを自分だけで実践することは容易ではない。権利行使や制度活用を支援する労働組合や弁護士などの専門家に、まずは相談されることをお勧めしたい。

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NPO法人POSSE代表。雇用・労働政策研究者。

NPO法人「POSSE」代表。年間5000件以上の労働・生活相談に関わり、労働・福祉政策について研究・提言している。近著に『賃労働の系譜学 フォーディズムからデジタル封建制へ』(青土社)。その他に『ストライキ2.0』(集英社新書)、『ブラック企業』(文春新書)、『ブラックバイト』(岩波新書)、『生活保護』(ちくま新書)など多数。流行語大賞トップ10(「ブラック企業」)、大佛次郎論壇賞、日本労働社会学会奨励賞などを受賞。一橋大学大学院社会学研究科博士後期課程修了。博士(社会学)。専門社会調査士。

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