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徳永英明 「頑張らなくていい」――二度の闘病を乗り越えたからこそ歌える、”応援しない応援歌”とは?

田中久勝音楽&エンタメアナリスト

「負けてもいい」「闘わなくていい」と肩を抱いてくれる、徳永流応援歌が話題

「バトン」(6/28発売)
「バトン」(6/28発売)

シンガー・ソングライター徳永英明の最新シングル、6月28日に発売した「バトン」が話題を集め、ロングヒットになっている。この作品は、一生懸命生きている人たちに対する、愛に満ちた壮大なバラードの応援歌だが、応援歌にありがちな「頑張れ!」「負けるな!」という押しつけがましい励ましではなく、「僕には出来ないって、心のままに伝えてみな」「闘わなくていい」「負けそうになった時は、その気持ちに寄り添ってて」という、優しく、肩を抱いて慰めてくれる言葉が並んでいる。誰もが自分なりに頑張っている。だから頑張れ!と言われても「結構頑張ってるんだけどなぁ」と、心のどこかで思う事が多々あるはずだ。

大病を経験し、見えてきたもの、気づいたもの

徳永は7月15日にオンエアされた音楽特番『音楽の日2017』(TBS系)に出演し、“一風変わった応援歌”と紹介されたこの曲について語っている。「頑張れという言葉が合わないような気がして。この曲はまさに今の自分というか、この時代の僕らに向けて歌っていて」。実は徳永は2001年に発病した「もやもや病」(脳の動脈が詰まったり細くなることで、血流が悪化する病気)が、昨年2月に再び悪化し、脳梗塞の発症を予防するためのバイパス手術を受けている。しかし入院~休養を経て3か月後の6月には早くもツアーに復帰している。不屈の精神でステージに戻り、待ってくれているファンに歌を届けた。そして復帰後第一弾シングルがこの「バトン」だ。「病気をしたり、色々な事、紆余曲折があってここまで来ているから。大人は30、40、50代になると誰もが壁にぶち当たっているはずで、「バトン」という曲は、そういう人たちに向けた希望の歌であり癒しの歌です」と語っている。

大きな病気を経験し、見えてくる風景が変わってきたのだと思う。そして“気づく”ことも多かったのだろう。当然それは歌詞やメロディにも出てくる。「バトン」もそうだが、自分のために歌うのではなく、人のために歌おう、歌いたいという想いが強く出ている。「いつも歌詞は未来に向けて書く」という徳永が2014年頃に書いたのが「バトン」だ。昨年再び病に倒れた自分を勇気づけ、慰めるように寄り添ってくれる存在が、この曲になっているのではないだろうか。2004年に発売した34枚目のシングル「My Life」では、“ときには泣いてもいいと ときには負けてもいいのだと 心で言えずに生きていた”と、当時の想いを吐露しているが、「バトン」でははっきりと「負けてもいいんだ」「泣いてもいいんだ」と言ってくれている。

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徳永といえばどうしてもカバー曲のイメージが強い。それはカバーアルバム『VOCALIST』シリーズ6作の累計が約600万枚と、大きなヒットになっているからに他ならないが、このシリーズも2015年の『VOCALIST 6』を最後に「封印」を宣言した。シンガー・ソングライターとしてこれまでに、おなじみの「レイニーブルー」「輝きながら…」「壊れかけのRadio」「最後の言い訳」など、数々のヒット曲を作り上げている。これからは人に寄り添う歌を、自分の言葉とメロディで伝えたいという強い想いが「バトン」には表れている。この歌を、いつもにも増して、真っすぐに聴き手の届けるために、「壊れかけ~」(「第32回日本レコード大賞」編曲賞受賞)など数々のアレンジを手がけた、音楽プロデューサー・瀬尾一三と16年ぶりにタッグを組んだ。瀬尾は中島みゆき、長渕剛、吉田拓郎をはじめ、数多くのアーティストのプロデュース、アレンジを手がける日本を代表する音楽プロデューサーの一人だ。

アルバム『BATON』には、苦難を乗り越え、紆余曲折あった徳永だからこそ言える言葉、愛が詰まっている

4年ぶり17枚目のオリジナルアルバム『BATON』(7/19発売)
4年ぶり17枚目のオリジナルアルバム『BATON』(7/19発売)

シングル「バトン」にも続いて、7月19日には4年ぶり17枚目のオリジナルアルバム『BATON』を発売した。今の徳永だからこそ歌える、何度も苦難を乗り越え、ステージに復帰してきた徳永だからこそ言える言葉、歌が詰まっている、愛に満ちたアルバムだ。

8月13日、世界陸上の4×100mリレーで、日本チームが“バトン”を繋ぎ、見事銅メダルを獲得したが、「バトン」では「期待というバトン、いつもつなげること出来なくても」と歌ってくれている。バトンをつないでも、つながなくてもいい、先に進めなくてもいいんだと、この曲を聴く全ての人を、プレッシャーから解き放とうとしてくれる。頑張りすぎることで悲鳴を上げる心と体を、とにかくいたわって欲しい、無理をしないで欲しいと、闘病や、激動の音楽シーンの中で31年間という長い時間、様々な経験を経てきた徳永にしかいえない言葉と、その想いとが込められた「バトン」と『BATON』。優しく、そしてとてつもなく強いシンガー・ソングライターであり、歌唄い、それが徳永英明だ。

徳永英明オフィシャルサイト

音楽&エンタメアナリスト

オリコン入社後、音楽業界誌編集、雑誌『ORICON STYLE』(オリスタ)、WEBサイト『ORICON STYLE』編集長を歴任し、音楽&エンタテインメントシーンの最前線に立つこと20余年。音楽業界、エンタメ業界の豊富な人脈を駆使して情報収集し、アーティスト、タレントの魅力や、シーンのヒット分析記事も多数執筆。現在は音楽&エンタメエディター/ライターとして多方面で執筆中。

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