“日本アメフト界のイチロー” 46歳QBの挑戦
メジャーリーグ歴代30人目となる通算3000本安打を達成したマイアミ・マーリンズのイチロー。42歳290日での記録達成は、史上2番目に高齢での到達だった。
イチローは現役選手としても野手最年長、メジャー全体でも5ヶ月先に生まれたバートロ・コロン(ニューヨーク・メッツ)に次いで2番目だ。
2013年に世界保健機関が発表した国別平均寿命ランクで、日本は84歳で世界1だった。長寿国日本は高齢アスリートも多く輩出しており、常識を超えた年齢でスポーツ界にて華々しい活躍を続けている日本人選手はイチローだけではない。
サッカー界では、“キング・カズ”こと49歳の三浦知良がJ2の横浜FCでプロ生活31年目を過ごしている。英国放送協会よると、キング・カズは世界最年長のプロ・サッカー選手だと言う。
そして、日本のアメリカン・フットボール(アメフト)界にも、46歳ながらチームの司令塔的役割であるクォーターバック(QB)として活躍を続ける選手がいる。X2(Xリーグ2部)のバーバリアンでプレーをする斎藤伸明だ。
サッカー小僧がQBに転身
サッカー日本代表メンバーとして1964年の東京五輪に出場し、68年のメキシコシティ五輪では銅メダルを獲得した鈴木良三氏の甥にあたる斎藤は、小学校1年生から高校3年生までの青春12年間をサッカーに捧げた。
「斎藤=サッカー小僧というイメージだったと思います。根っからのサッカー少年で、他のスポーツをするとは当時は夢にも思いませんでした」
東洋大学でもサッカー部に入ろうと決めていたが、「自分が目指すサッカーとは異なるので」入部を躊躇。そんなときに、「グランドの隣で一生懸命にやっていたアメフト部を見て、一気に興味を持ち」入部を決意した。
「先輩からの推奨もあり、華形の目立つポジション」と言う理由でQBに挑戦。サッカーで培ってきた運動能力には自信があったが、それだけで務まるほどにQBは甘いポジションではない。
「違うポジションの同期は1年生から試合に出る仲間もいましたが、私はQBとして試合に出られる能力もなく、更に先輩QBもおり、このままでは4年生まで試合に出られないのではないかと思いました」
しかし、斎藤はポジションを変えるのではなく、あえて難易度が最も高いQBへチャレンジする道を選んだ。
「QBは基本動作の重要性やリーダーシップの必要性など、とても難しいポジションであり、その難しさが私に火を着けました」
同じボールでもサッカーや野球とは異なり、アメフトの楕円形の球を投げるのは容易ではない。スパイラルと呼ばれる独特の回転を着けないと、ボールを真っ直ぐに投げられない。アメフトのボールを狙った位置に投げられるのはQBの最低条件だが、QBには判断力、戦術理解力、リーダーシップ能力など内面的な強さが必要不可欠だ。
「1年生でQBをやると決めてからは、戦略、戦術を学び、少しでも早く試合に出られる能力を身に着けるため、練習後に一人で自主練習を行なっていました」
大学時代からのチームメートで、現在は斎藤が所属するバーバリアンでヘッドコーチを務める横山一昭は、「大学では学部も一緒で、初めて見かけたのは教室でした。オシャレでスタイリッシュな姿が目立っていたために、とても印象に残りました」と斎藤との出会いを振り返る。
「アメフト部の練習で再会したときには、こんなにオシャレな人と付き合っていけるのかと不安になりましたが、話してみると気さくな人物で、練習への取り組みも真面目だったこともあり、すぐに親しくなりました」
2年生春のシーズンで試合出場のチャンスが巡ってくると、それまで一人で自主練習を積んできた努力が実り、その試合で活躍。巡ってきたチャンスを確実にものにした斎藤のパフォーマンスを横山はこう語る。
「途中出場で試合に入ると、水を得た魚のようにフィールドを駆け回り、一気に戦力として認められる存在になりました。出番がない間も、自分が試合に出た時のことを常にイメージしていたと思われ、その結果、最初のチャンスをものにすることが出来たのでしょう。その後は着実に力を着け、『投げれて走れて蹴れるQB』として活躍しました」
2年生秋のリーグ戦から先発QBの座を手にした斎藤は、卒業するまで不動のQBとしてチームを牽引。4年時には東洋大学を初の2部リーグ優勝に導いた。
社会人1部チームを引退後、2部チームで現役復帰
大学時代の実績が評価されて、卒業後は三菱銀行に入行。
実業団リーグ1部だった東京三菱銀行センチュリアンズ(現オール三菱ライオンズ)では5年間プレーしたが、「大学時代に痛めた肩の具合が悪く」現役引退を決意。
「三菱銀行時代はあまり良い状態でプレーできませんでした」
現役を引退しても、アメフトへの情熱は衰えず、母校東洋大学のコーチに就任。
「大学コーチを経験したことで、外からアメフトを見ることで、それまでに見えていなかったアメフトの世界が見えてきました」
大学で5年間に渡って後進を指導している間に、現役引退を決意する原因だった肩の具合も復調して、斎藤は現役復帰を決意した。
復帰の場として選んだのは、当時3部(X3)だったバーバリアンだった。
「1部の恵まれた良い環境でやっていたのが当たり前だと思っていましたが、X3だったバーバリアンは練習環境も悪く、スタッフなども少数で行っている状況でした。しかし、監督やメンバーの熱い気持ちを知り、チームがX2、Xリーグと昇格していき、日本一を目指す。そういうチームを作り上げていく楽しさがあることに気づいたのです」
2003年に斎藤が加入したときにはX3だったバーバリアン。02年には1勝4敗1分で、3部6位だったチームが、斎藤という大きな戦力を手にいれた途端に3勝1敗で1位に急浮上。当時の主将で、現在は監督を務める田村啓宇は斎藤効果をこう証言する。
「フットボールというのはチームスポーツでありながら、QBというポジションはピッチャーでありキャッチーであり4番バッターでもある最も重要な役割を担っています。その要のポジションに斎藤伸明という一人のアスリートを迎え入れることでチームは大きく動き出しました。斎藤君の活躍により、彼のボールを獲りたい優れたレシーバーが集まり、彼を支えたいラインマンが集まり、そしてそんなオフェンスと共に戦いたいディフェンスのメンバーが集い始めたのです。彼は目標を失いかけていたチームに勇気と希望を与えてくれました」
大学時代から斎藤をよく知る横山も「斎藤は副将且つオフェンスリーダーという立場で、自身が持っているスキルや経験をチームに注入する形で牽引していました。また、経験に基づくものだけに頼るのではでなく、新たな知識の習得にも貪欲でした。03年があと一歩というところで終わっていたため、04年には絶対に2部に上がるという雰囲気が出来上がっていました」と斎藤がチームに与えた影響を口にする。
04年にはシーズンを6戦全勝で終え、念願のX2昇格をかけて入れ替え戦に臨んだ。
入れ替え戦では第1クォーターに斎藤がタッチダウン・パスを決めて、バーバリアンが先制。しかし、最終クォーターに相手チームにタッチダウンを取られ、逆に1点差のリードを許してしまう。試合の残り時間が少ない中、バーバリアンは敵陣30ヤード付近まで攻めこむが、そこから相手ディフェンスが意地を見せ、フォースダウンまで追いこまれてしまった。
ここでバーバリアンが選択したのはフィールドゴール(FG)。ゴールポストまでの距離が長いために成功する確率は非常に少ない場面だが、サッカーで鍛え上げた斎藤の足にX2昇格の運命を預けた。
「ファーストダウンを狙うよりも、FGの方がまだ可能性があると思い、自らFGを選びました。確率は低くても、『絶対に入れる。俺が皆をX2に連れて行く』との気持ちを込めて蹴りました。ボールがポストの間を通過したときには、自分の力だけでは無い、チームメートやファンの方などここまで支えてくれた方たちの顔が頭の中をよぎり、フットボールの神様の存在も感じました」
斎藤が決めた逆転FGが決勝点になり、バーバリアンは2点差で勝利を収めて念願のX2昇格を勝ち取った。
得点プレー全てに携わる万能選手
バーバリアンでエースQBとして活躍する斎藤だが、チーム内での役割はQBだけではない。
大学チームを指導した経験を買われてコーチも兼任しているし、プレーヤーとしてはキッカーも務めている。
アメフトで攻撃陣が得点する方法は大きく分けて2つある。1つ目はパスプレーかランプレーでボールを持って敵陣地のエンドゾーンを超える「タッチダウン」。2つ目は敵陣地のエンドゾーン奥に立つゴールポストの間にボールを蹴る「フィールドゴール」。
このフィールドゴールを蹴るのがキッカーだが、サッカーの経験がある斎藤は大学1年生のときからキッカーも兼任していた。
大学2年生のときには優勝を決める試合の残り10秒でFGを外し、センチュリアンズ時代には決めれば当時の日本最長記録となるFGを失敗するなどFGには苦い思い出もあるが、前述した2部昇格をかけた試合での決勝FGを決めたようにキッカーとしての評価は高かった。
接戦の試合では最後にFGで試合の勝敗が決まることも多く、キッカーは正確なキック力だけでなく、プレッシャーに打ち克つ強靭な精神力が必要とされる。QBとして数々の修羅場を潜り抜けてきた斎藤にとって、キッカーはQBと同じくらい適したポジションなのだ。
QBとキッカーを兼任する斎藤は、一人でチームの得点プレー全てに関わる試合も珍しくはない。野球に例えるならば「エースで4番」の絶対的な存在といえる。
46歳、心身両面でのチャレンジ
クラブチームのバーバリアンの選手たちは、普段は社会人として働いている。
斎藤は東京三菱銀行を退行後、別の会社でサラリーマンをして家族を養う。会社では国内外での企画業務を担当しているが、ここでもQBの経験が大きく役立っていると言う。
「アメフトで培った分析力、戦略、戦術の考え方や取り組みは、仕事でも活かされています」
フィールドでのチーム全体練習は週に1回だけ。それだけでは足りないので、仕事後には個人で基礎トレーニングに励む。斎藤流のトレーニング方法は、バスケットボール、フットサル、ゴルフなど多様なスポーツをプレーすること。「インナーマッスルを強化するために、サーフィンはかなり良いトレーニングになっている」と語る。
バーバリアンでチーフ・トレーナーを任され、F1ドライバーや大相撲の横綱のトレーナーを務めた経験もある櫻井優司トレーナーは「とにかくバランスがいい!」と斎藤のバランス感覚の良さを褒め、「ディフェンスの選手と交錯したり、手足にコンタクトを受けたりした際に、ふらつきからの復元力が随一。怪我をしない点はこの復元するバランス力にある」と説明してくれた。
「40を超えてからの持久力の低下は否めませんが、QBに求められる体力は持久力ではなく瞬発力。そして、判断力に加味されたバランスの良さと思われます。瞬間的なバランスや加速度はチームの中でも上位です」
斎藤はベテランながらその地位に甘えることなく、「チームの中で最初にグランドに入り、ボールに空気を入れ、肩を仕上げる。グランドに最初に来て必要な準備を怠らないというルーティンは継続していきたい」と誰よりも早くフィールドに出て来て準備する。
イチローが42歳の今でも第一線で活躍できているのも、誰よりも入念に準備をするから。ルーティンには頑固なまでに拘り、自分のやり方を崩すことはない。スポーツは異なっても、40代で活躍を続けるイチローと斎藤から共通項が見えてきた。
「チームの練習メニューは全てこなすようにしています。悪足掻きかもしれませんが、ベテランだからと言って異なるメニューを行うのは自分としても納得がいかないんですよ」と斎藤は笑顔をみせる。
準備を大切にする姿勢はアメフトを始めたときから変わらないと横山は言う。
「大学1年生のときに上級生から『チームで一番練習しなければいけないのがQBだ』と言われたことがあります。斎藤は毎日一番早くグランドに出てキャッチボールをすることで、その教えを守っていました。その姿勢は20年以上経った今でも変わっていません。QBに必要とされる能力は当然兼ね備えているとは思いますが、努力を当たり前のように出来ることが長く続けられる一番の秘訣なのかもしれません」
また、斎藤は「もっとQBとして上手くなりたい。上手くなると思っています」と飽くなき向上心を持ち続けてフィールドに立つ。
これは、「来年50歳になりますけれど、なってもうまくなりたいと思っていますし、うまくなるんじゃないかと可能性を探している。気持ちがあれば大丈夫」と語る三浦知良と同じメンタリティだ。
斎藤が46歳の今でも現役QBとして活躍できているのは、イチローと同じ入念な準備、キング・カズに並ぶ向上心を持つからなのだろう。
「若いときは、自分でボールを持って走るQBランプレーも得意でしたが、今ではランニングスキルは他のメンバーの方が上」と冷静に自己分析することも忘れない。
「46歳になった私のQBスキルは、判断能力と経験値の強さ。その辺を高めて、チーム力を上げていきたい」
身体能力に関しては20代や30代前半の頃よりも落ちたのは否定できない事実。しかし、QBは身体能力と同じくらいメンタル面が大切。NFLコーチング・アカデミーで学んだ実績を持つ櫻井トレーナーは、「統率力、対応力、回復力、瞬間的な判断力これらが全て整っていなければ50歳に近い選手が第一線で活躍できるものではない」と分析する。
「QBはかなりのプレッシャーが掛かるポジションであり、その日のQBの出来で試合が左右されると言われています。メンタル的に強くないとやっていけないポジションです。フィジカル的には優れているが、メンタル的な重圧に耐え切れなく辞めてしまう。そんなQB仲間をこれまでに何人も見てきました。QBとして大事なことは、失敗しても自分の責任として抱え込まないこと。その失敗の原因を解明、克服して、次のアクションに繋げ、失敗を繰り返さないようにする」と斎藤もQBのメンタル面の重要性を力説する。
「何よりもチームの勝利のために、常に何が重要かを考え行動すること。常にポジティブに物事を考えて、具体的に次への前向きなアクションに持っていく。自分が抱え込まない分、他人の失敗も責めるのではなく、次への前向きなステップとして考える」
そんな斎藤はチームメートや後輩へのケアも怠らない。櫻井トレーナーは「練習が終了してからのメール、メッセージなど、他の選手への気遣いなど見習う事が多い時間の使い方をしています」と斎藤のリーダーシップ能力を高く評価する。
2部制覇、そして夢の1部昇格へ
斎藤が牽引するバーバリアンのXリーグ(1部)昇格へ向けて11年目の挑戦は、9月17日、土曜日に大井ふ頭中央海浜公園第2球技場で行われるラングラーズ戦から始まる。
05年にX2へ昇格してからの10年間。X2を制して、入れ替え戦への挑戦権を手に入れることはできなかった。昨季は所属ディビジョン2位で、今季こそ悲願のX2制覇に向けて選手たちの準備は整っている。
「夢のX(リーグ)昇格を目指せるチーム作りが現実となっています。バーバリアンのモットーである『誰からも愛されるチーム』。そのためにチームとして何ができるかを考え、チームとしてできることをやっていきます」と斎藤は意気込みを口にする。
田村監督も「春のトーナメントの終了後、様々なチームとの練習試合を組みながら初戦にフォーカスをして強化を続けておりますし、有望な新人も加入して優勝に向けた気運も高まっています」と言い、横山ヘッドコーチは「今季も斎藤がオフェンスの中心であることは間違いありません」と優勝へのキーマンに斎藤を名指しする。12年前にバーバリアン2部昇格の立役者だった斎藤が、今季は1部昇格にチームを導いてくれることを期待している。
ここ数年、バーバリアンには有望な若手選手が増えているが、その中の一人がアメリカからの帰国子女の永田晃一朗だ。
慶應義塾高校でアメフトを始めた永田は、2年生の関東大会でQBとして関東大会準優勝に貢献。慶應大学ではクラブチームの慶應ダックスのQBとして4年間プレー。1年生から所属するパイオニア・リーグのリーディング・パッサー(パス獲得ヤードが最も多いQB)に輝き、4年生でMVPに選ばれたほどの逸材。
そんな永田でさえバーバリアン加入後は出場機会を求めてQBからレシーバーへ転向。
「もともとQB以外のポジションに興味を持っていたこともありますが、エースQB斎藤さんの存在は大きいです。QBとしての実力はまだまだ斎藤さんの足元にも及びませんので、自分がチームに貢献する方法としてレシーバーという形が最善策だと思っています」
レシーバーとしてもすぐに頭角を現し、昨シーズンはX2のナンバー1レシーバーとして斎藤とのホットラインを確立させた。
学生時代にQBとして実績を残してきた永田にQBの立場から見た斎藤の長所を尋ねると、「プレー面で言えば、判断の早さ、パスのタイミング、パスの精度があると思います。斎藤さんはその瞬間のディフェンスの弱点を見極め、空いてるゾーンに確実にパスを通すことができる、ディフェンスにとって一番嫌なタイプではないかと感じます」とプレー面に言及した後、「周りのメンバーから絶大な信頼感があります。練習に取り組む姿勢や試合での結果も影響していると思いますが、人として魅力的であることが一番信頼につながっているように思います」と人間性を称える言葉が続いた。
斎藤と20年以上の付き合いになる横山ヘッドコーチは、「自分の思い描いたことを実行する力のある人」と斎藤を評するが、斎藤は1部昇格を思い描いており、あとはその目標を実行するだけだ。
斎藤のプレーには、見ている人を元気づける力が宿っている。アメフトを初めて見る方であっても、彼が全身全霊をかけてアメフトに取り組んでいるのを感じるはずだ。
この秋、手が届かないと思われた夢を掴みにいく46歳のQBを応援に出掛けてはどうだろうか? フィールドに声援を送る度に選手へ力を与えると同時に、スタンドのあなたも斎藤のプレーから力を得るはずだ。
2016年秋リーグ戦 パーバリアン試合日程
09/17(土)13:30 大井第二 バーバリアン対ラングラーズ
10/10(月)14:30 アミノバイタル ソニー対バーバリアン
10/29(土)13:30 大井第二 バーバリアン対オックス
11/12(土)11:00 大井第二 富士ゼロックス対バーバリアン
11/23(水)11:00 アミノバイタル バーバリアン対クレーンズ