金正恩の拷問部隊が命がけでこなす「難しい宿題」
正月の準備をするのに充分な経済的余裕がなく「年を越せない」という感覚は、日本だけでなく、北朝鮮にも存在する。
旧正月(今年は2月10日)、光明星節(2月16日の故金正日総書記の生誕記念日)が続けてやってきた今月、保衛員(秘密警察)は、年を越すために熱心に働いた。庶民からワイロを絞り立てたのだ。咸鏡北道(ハムギョンブクト)のデイリーNK内部情報筋が伝えた。
道内で中国との国境に接する会寧(フェリョン)、穏城(オンソン)などでは、今月に入って保衛員の活動が活発化した。
保衛員に限らないのだが、旧暦の正月を控え、上司から「宿題」が出される。上納金だ。
能力の有無や公正な人事制度よりも「カネとコネ」が物を言う北朝鮮社会では、誰にどのくらいの価値の「贈り物」をするかは、その人の1年、場合によっては一生をも左右する。まして、庶民の怨嗟の対象である保衛員は、その地位を奪われたら生きていけない。上納金を作れるかどうかに、彼らの命がかかっていると言っても過言ではない。
(参考記事:北朝鮮の女子大生が拷問に耐えきれず選んだ道とは…)
その「宿題」をこなすために、保衛員はワイロをかき集めるのに必死になる。コロナ前にはさほど難しいことではなかった。土地柄、密輸を営む人が非常に多く、保衛員と懇ろになって庇護してもらおうとする業者が少なくなかったからだ。
濡れ衣を着せ、暴力を用いて絞り上げる場合もあれば、決められた額を毎月支払うことで違法行為を見逃す場合もあった。そうすれば充分な儲けがあった。ところが、コロナで状況が一変した。
コロナの国内流入を恐れた当局は国境を封鎖し、人と物の行き来を完全に遮断した。商売上がったりとなった密輸業者は、韓国などに暮らす脱北者からの仕送りを故郷の家族につなぐ送金ブローカーへと変身した。
保衛員は、今でも儲かっている業種である送金ブローカーの家を訪ね歩き、ワイロを集金した。最低は1000元(約2万900円)で、ブローカー1人あたり3000元(約6万2600円)から5000元(約10万6000円)というのが相場だ。ブローカーの命や全財産は、保衛員のさじ加減ひとつでどうにでもなる。生殺与奪を握られたブローカーは、しかたなしに現金をかき集めて保衛員に手渡すということだ。
送金ブローカーが儲かっているとは言っても、以前ほどではなく、ワイロを支払うと赤字になってしまう。しかし、いつかは良い暮らしができると信じて、黙って耐えるのだ。
会寧でも事情は同じで、ブローカーは保衛員に1000元から1500元(約3万1700円)以上のワイロを手渡している。断ったとしても、ブローカーとその家族にストーカーのようについて回り、一挙手一投足を監視して恐怖心を与え、払わざるをえない状況に追い込む。
あるブローカーは、保衛員から2000元(約4万1800円)のワイロを求められた。さほど親しいわけではなかったため、「次に渡す」と遠回しに拒否したところ、保衛員は「後悔するぞ」との捨てぜりふを残して去っていった。
それ以降、その保衛員に尾行され続け、ブローカー業に多大なる支障が出てしまい、結局は2000元を払わざるをえなくなってしまった。
意外なことに、情報筋はワイロをせびり続ける保衛員に理解を示した。
「配給が途絶え、保衛員たちも生活が苦しいのだから、『宿題』のような不正はなくならず、住民は苦しめられる」
多くの人が餓死した、1990年代後半の大飢饉「苦難の行軍」のときですら、保衛員、安全員(警察官)などへの食糧配給は続けられていた。抑圧体制を末端で支えるには欠かせない存在だからだ。
しかし、コロナ禍で遅配や欠配が続いた。また、もともとは家族全員分の配給がもらえていたが、今では保衛員本人の分しかもらえないことも多い。生活苦にあえぐ保衛員とその家族の様子を見て、一方的に責める気持ちにならなかったのだろう。
「スパイを捕まえるべき保衛員が、住民の懐からカネを奪うのに血眼になっているのは、すべて国の責任だ」(情報筋)
今の深刻な不況は、市場を押さえつけ、自由な貿易を許さない今の北朝鮮の経済政策にある。すべては人災なのだ。