「金日成の命日」に軍将校が惹き起こした重大事件
北朝鮮の朝鮮人民軍では、普段から上官による部下への暴力が絶えない。そもそも人権が尊重されない国において、「一人の生命は全地球よりも重い」などという言葉は通用しない。
政治的に問題のある言動に対する監視の目は行き届いている一方で、暴力、性暴力などの個人の人権を侵害する行為に対する監視は十分とは言い難い。そんな状況で、また若い命が失われてしまった。両江道(リャンガンド)のデイリーNK内部情報筋が伝えた。
(参考記事:北朝鮮女性を苦しめる「マダラス」と呼ばれる性上納行為)
事件が起きたのは今月10日午前3時ごろのことだ。国境警備隊の第25旅団の某区分隊の隊員Aが、哨所(監視塔)で勤務中についつい居眠りをしてしまった。それをパトロール中だった副小隊長Bに見つかってしまった。
BはAに殴る蹴るの暴行を続け、周りの部下がなだめようにも手が付けられないほど極度の興奮状態だった。
体格の小さいAはその場に倒れ込んだ。それでもBの暴行はやまなかった。彼が正気を取り戻したのは、Aが口から泡を吹いているのを見てからのことだった。
Aはすぐ近隣の治療所に搬送されたが、既に息絶えていた。
部隊上層部はすぐさまBを逮捕した。処罰を恐れ、国境を越えて脱北するのを予想してのことだ。
上官が部下に暴力を振るうのは軍規違反であるため、降格に加え、朝鮮労働党への入党保留、厳重警告などの処罰が下されるのが一般的だ。
しかし、事件が起きたのが特別警戒週間であったために、平壌の国家保衛省に直接報告されることになった。毎年7月8日は、故金日成主席の命日で、今年は亡くなってから30周年になる。整周年(5や10で割り切れ、重要とされる年)であることから、普段にもまして重要視される。
このような政治的に重要な日の前後は、特別警戒週間となり、一切の事件、事故の発生が許されない。故意でない事故であったとしても、対象者は重い処罰を受ける。ましてや今回は、怒りに任せて部下に殴る蹴るの暴行を続けて死に至らしめるという事案だ。Bは見せしめとして、通常にもまして厳しい処分が下されるものと思われる。
事件のことはあっという間に恵山市民やその近接する地域の住民にまで広がり、怒りが広がった。
「一所懸命育てた息子を失った親はどれほど絶望しただろうか」
「殴り殺すなんてひどすぎる。極刑に処すべきだ」
北朝鮮では「軍民関係」、つまり軍人と民間人の関係が非常に重要視される。お互い良好な関係を維持してこそ、国が保たれるという考え方だ。今回は被害者が民間人ではなかったものの、社会的に大きな波紋を広げてしまった。もしかすると、副小隊長Bに対する処分は、市民の望む通りになるかも知れない。