絶滅危惧種のライターを追った映画『NO 選挙,NO LIFE』に見る「狂気」と「絶望」そして「希望」
『なぜ君は総理大臣になれないのか』(通称「なぜ君」/2020年)、『香川1区』(2022年)、『劇場版 センキョナンデス』(2023)など、選挙をテーマとした映画を連発しているネツゲンから、いよいよ”選挙映画の真打“が登場する。
先の3作のプロデューサー・前田亜紀さんが監督を務める『NO 選挙,NO LIFE』 。主役であり被写体は、「候補者全員を取材しないと記事にしない」という信条のもと、国政から地方選、海外までの取材歴は25年超、平均睡眠時間2時間というフリーランスライター・畠山理仁さん、50歳。
選挙取材においては誰もが知る有名人で、『黙殺 報じられない“無頼系独立候補”たちの戦い』(集英社)は、第15回開高健ノンフィクション賞を受賞している凄い人。
本作はそんな畠山さんの取材風景を肩越しから撮影した二重構造の作品だが、最初は珍妙に見えた光景が、どんどん狂気に見え、次第に純粋で愛おしく見えてくるから不思議だ。
なぜこの映画を? 前田亜紀監督にインタビューした。
「取材する人」を肩越しに取材する二重構造にした理由
「出会いは、2020年に『なぜ君は総理大臣になれないのか』の試写に畠山理仁さんがいらしていたこと。当時はほとんど存じ上げなかったんですが、ご挨拶をして、その後に遅ればせながら『黙殺』を読んで、こんな世界があるんだと感激しました。『なぜ君』『香川1区』などは選挙や政治家の面白さを知る機会にはなりましたが、地方とはいえ、見えてくるのは勝つか負けるかのトップ争い。でも、候補者全員に取材をする畠山さんの目には、全然違う世界が広がっているんだと知って、取材してみたいし、畠山さんが見ているものを肩越しで一緒に見てみたい。本当に畠山さんが言うように選挙が面白いなら、みんなでシェアした方が良いと思いました」
実は映画のオファー前、『香川1区』の取材時に現場で少し遭遇し、取材スタイルも見ていたと言う。そのときの印象について、前田監督はこう話す。
「畠山さんは記者なので、基本的に執筆が仕事ですが、カメラをずっと回しているんですね。その姿は新聞記者などと違いましたし、街頭演説が終わってからもその場で候補者を最後まで粘って撮ることが多いようでした。終わってから候補者を追いかけることもあるし、いなくなった後も現場を見て、自分なりの分析をしている人というか。選挙期間初日には選挙管理委員会に各メディアが集まり、囲み取材をしますが、写真をまず撮る、質問するといっても、求めるものはみんな同じなんですね。そんな中で畠山さんだけが、趣味はなんですかとか、周りの記者たちが呆れるような個人的な質問をする。求めるものが全然違うんだなと感じました」
オファーしたのは、畠山さんを取材するタイミングを探していたとき、昨年7月の参院選戦直前の6月に「これを逃したらまたいつになるかわからないと思った」ことから。
ちなみに、前田監督は著書に感激した一方で、「こんなに選挙を面白がるなんて、もしかしたらおかしいのはこの人じゃないかという問いを立てて現場に行った」とも語っている。
「『香川1区』で原稿依頼をした際、事務的なやり取りは何回かしているんですよ。でも、原稿のやり取りをしている中で、メールで取材のお願いをしたところ、返信がピタリと止まったんですね。私も、断られたらそれはそれで仕方ないと思っていたんですが、何日か経ってお返事が来て。『そんなありがたいことはございません!』とありましたが、いろんな葛藤の後の感じしかしない(笑)。もし本当にありがたい話なら、すぐに迷いなく返事をしたでしょうから」
取材はOKとなったが、条件付きのもの。それは、「候補者の全員取材で忙しいので、朝8時から夜8時までの選挙運動の時間帯は話しかけないこと」「肩越しから撮影することに対する取材者への説明は自分ですること」の2つ。
「初日はピリッとしていて、『おはようございます』しか言わない感じで、結構ややこしい人だったのかも、と思いました。でも、2日目からはベラベラ普通に喋っていたんですけどね(笑)」
突然の「引退宣言」、安倍晋三元首相の銃撃事件……想定外の連続
本作は、候補者と、取材する畠山さん、それを取材する前田さんという、二重構造の中で見えるそれぞれのベクトルや温度の違い、その変化が奇妙な味わいとなっている。
序盤は「バレエ大好き党」「超能力者」「トップガン政治」など、奇天烈な候補者たちが次々に登場。しかし、そんな人たちを茶化すことなく、ある種の共感を持って向き合い続ける畠山さんは「真摯な人」「優しい人」、途中からは「狂気の人」に見えてくる。
「本人に言わせると、25年以上取材しているから、強烈な候補者には散々会ってきて、もう驚かないそうです。超能力が使えるという候補者にも今まで何人も会ってきて、さらにすごいのは超能力を使えるけど、街宣などで外に出てこない、家からテレパシーを送っているという方もいるそうで。あらゆる免疫がついてしまっているそうですよ。逆に、同じルールで、出てくる人は替っていくとはいえ、公約や主張は類似しているだろうから、飽きないのかとも聞いたんです。そしたら、毎回新しいドラマを見ているような気持ちで全く飽きないと言うんですね」
「すごく選挙が好きな選挙のライターの横にいたら、どんな話をして、どんなことが聞けるのか、そこにたまたまカメラが回っているみたいな感じ」と、取材スタンスについて前田監督は振り返る。そうした作為のない現場だからこそ、思いがけない方向に転がっていくのが、ドキュメンタリーの面白さだ。
「もともと参院選だけを取材するつもりだったんですが、現場に同行する中で思わぬ事態がありました。それは突然やめるという話が出たこと。苦しい、お金も少ないから、いつやめようかなみたいなことはよく言う話なんだろうと思っていて、確かに大変ですよねと相槌を打っていたんですが、50歳になるし、本当に引退する、と。まさかそんな話だとは思わなかったので、肩越しに据えるはずだったカメラがブレていって『ちょっとそのお話、聞いて良いですか』というところに私の驚きが見えます(笑)。そこから卒業旅行として沖縄の選挙に長期滞在することも、予想外の展開でした」
さらに、想定外の大きな出来事――安倍晋三元首相の銃撃事件も起こる。その際の畠山さんのある種のピュアすぎる反応は、その人となりを強烈に印象付けるものだ。
「『なんてことしてくれたんだ』『選挙に行く人が減ってしまうかもしれない』と、選挙の心配をし続けるんですよね。いろんな人がいろんな発言をし、問題提起をする中で、畠山さんはずっと選挙の話をしていました。映画では短いシーンですが、1日中ずっと車で回りながら、過去の選挙ではこんなことがあったけど選挙は行われたとか、震災後の選挙はどうだったとか、過去の選挙ストーリーが延々と語られ、まさに選挙ずくめでした」
おそらく元首相であっても、誰も注目しない無名候補者であっても、「選挙」という視点において、畠山さんの中では完全に同価値なのだろう。同額の供託金を支払い、対等な立場で立候補しているにもかかわらず、テレビや新聞などでは無視される「泡沫候補」と呼ばれる人々を全員平等に取材する畠山さんの取材・報道姿勢には、頭が下がる。
コスパ無視・タイパ無視で、厳しい経済状態に苦しみながらも、楽しそうに取材する畠山さんの姿は、応援したくなってくる。
その一方、都内での取材機会が得られず、数十秒の取材のために長野まで行ったり、経費が出ずに持ち出し・赤字だったり、この分野で最も著名なライターでありながらバイトをしていたりという経済状況を見ると、絶望的な気持ちにもなる。
「経済的な話が出てくるたびに、妻はどう言っているのかと聞いていたんですよ。そこで返ってくる言葉が、ことごとく神すぎる言葉なので、次第に『本当かな』『妄想とは言わないまでも、そんな方が本当にいらっしゃるのかな』と思うようになっていました(笑)。一般の方であるご家族にまで踏み込んでいくことには躊躇も迷いもあるんです。でも、お願いしたら、ちょっと考えさせてくださいということで、1カ月後くらいにOKをいただきました。それで、実在確認もでき、発言に関するファクトチェックもできた一方、畠山さんが良いように解釈していただけだった部分もわかった(笑)。家族取材は、私もテレビ番組などでたくさんやってきましたが、たいていはみんな良いことを言おうとしてくださるんです。でも、そういうところの全くないご家族で、質問の角度を変えて、褒める話はないのかと聞いたくらいでした(笑)」
「民主主義の応援団長」で「民主主義のグラウンド整備をする人」
誰もやらない取材を25年超もしている畠山さんの取材力・知識量・人脈は当然ながら膨大だ。その能力を持ってすれば、いくらでも稼げる道はあるだろうに、畠山さんはそうした銭勘定をしない。
「一般のメディアでは、記者も入れ替わりますが、畠山さんはお一人で全員取材を25年以上もしているので、候補者の情報ストックがすごいんです。一般の記者が知らない情報や、アクセスできないものは必ず一定数あるものですが、その情報を1人で握らないのがまた、すごいところで。1人で握れば畠山さんだけのものになる情報を全部開放するんですね。聞かれたらなんでも答える。自分だけのものにしないんですかと聞くと、『私が持っているものは守るものではないですよ』と言うんです。畠山さんは名刺交換したり、原稿依頼したりという、ちょっとした出会いのときはすごくちゃんとした人、普通の人だと思っていたんですけど、静かな狂気の人だなと思いました」
改めて畠山さんの被写体としての魅力について聞くと、前田監督はこう言った。
「取材に同行して改めて、誰に頼まれたわけでもなく、なぜここまでやるんだろうと思うんです。でも、スルーすればいいところで、それはおかしいと憤りを見せるのも、全部自分のためではなく、公のためにやっているんですよね。畠山さんの肩書はライターですけど、『民主主義の応援団長』みたいな印象を持っています。ご本人は『民主主義のグラウンド整備をしています』と言っていますが、本当にそうだなと思います。広いグラウンドを1人で整備し、どこかに穴ボコを見つけたら、平らになるよう、プレイヤーがきちんとプレイできるようにグラウンド整備をしているそうです。私もそんな畠山さんを映画にすることで、グラウンド整備の応援ができたらいいなと感じていて。畠山さんはどこまでも公なんですよね。自分の損得ではなく、経済的に困った困ったと言いながら、タイパコスパ無視で公の感覚でやっているんだなと」
ちなみに、寄付を申し出る人もいるが、受け取らないのも信条だという。
「なんで受け取らないんだと怒られるそうですが、寄付を受けると、ご自身のフラットでフェアな取材姿勢を保てる自信がないそうです。それに、こうやってでも生きられる、稼げるようになるという道を作りたかったけど、今はまだ作れていない、と。今は50歳で、これまで試行錯誤してきたけれどそれができなかった。これからはなんとか作れるだろうかという絶望と闘っているようにも感じますよね」
とはいえ、ドキュメンタリー映画ながら、一部シネコンでの上映も決定した。気運の高まりを感じるところも?と聞くと、こう語った。
「全然感じてないです(笑)。ドキュメンタリー映画は厳しいですし、数でどういう結果が出るのかはわからないと、私はシビアに向き合っています。ただ、畠山さんの映画をやりますと公表してからの応援団がすごくて。1ライターの映画なのに、応援したいと言って、グッズを作ったり、広めようとチラシを配りたいと連絡をくれたりする人がすごく多いんですよ。わかりやすい見所があるわけではなく、面白いと感じるポイントはおそらく人それぞれの作品です。私が取材でそうしたように、同じく畠山さんの肩越しから選挙を、民主主義をのぞくような感覚で楽しんでもらえればと思います」
(田幸和歌子)
●東京先行プレミアイベント
新宿ピカデリー/11月14日(火)19:00スタート/2,000円(税込)
登壇ゲスト:前田亜紀(監督)、畠山理仁、ダースレイダー(ラッパー)、プチ鹿島(時事芸人)、大島新(プロデューサー)
●名古屋先行上陸イベント
ミッドランドスクエアシネマ/12月1日(金)
登壇ゲスト:前田亜紀、畠山理仁、関口威人(ジャーナリスト)、大島新
●大阪先行上陸イベント
なんばパークスシネマ/12月8日(金)
登壇ゲスト:前田亜紀、畠山理仁、川中だいじ(日本中学生新聞) 、大島新
※上映後の舞台挨拶になります。
※ゲスト・イベント内容は予告なく変更となる場合がございます。ご了承ください。