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愛知・知事リコール署名偽造公判、元会社社長の論告求刑で浮かび上がった事件の深い構図

関口威人ジャーナリスト
リコール署名偽造事件の公判があった名古屋地裁(2021年11月17日、筆者撮影)

 愛知県の大村秀章知事に対する解職請求(リコール)運動をめぐり、署名を偽造したとして地方自治法違反の罪に問われた名古屋市の広告関連会社元社長、山口彬被告(39)の論告求刑公判が11月17日、名古屋地裁であった。検察側が求刑理由を述べたのに対して、弁護側が情状酌量を求めるとともに、運動団体内外の実態をあらためて浮かび上がらせた。その内容を詳しく伝える。

「民主主義の根幹破壊する、看過し難い犯罪」

 検察側は、今回の署名偽造を、民意に基づかない不正な手段で、選挙によって選ばれた知事の解職を目論むという「民主主義の根幹を破壊する、看過し難い犯罪」だと指弾。多数人が関与し、多額の費用をかけ、多様な手段で行われた大規模かつ組織的で悪質な犯行だと言い表した。

 「主犯」は運動団体の事務局長を務めた田中孝博被告(60)=同罪で起訴=だと特定。しかし、山口被告も団体に関わることで著名人と友好関係を築き、新たなビジネスチャンスを作ることで将来的に大きな利益を得ようとしたと指摘。本業だったポスティングサービスと同様の手法で、佐賀県での作業に必要な人数や日数を確定し、進捗状況を田中被告に伝えながら期間延長も決めるなど、田中被告の計画を成功させるために関連会社を巻き込んで忠実に実行するという、一連の犯罪に「欠くことのできない重要な役割」を果たしたと断じた。

 一方で、山口被告が捜査機関への「出頭」後、「真摯な反省を見せた」と認めた。ただし、結果的に合意には至らなかったが、罪を隠そうとする田中被告との口裏合わせのやり取りはあったとする。そのため、罪を自発的に申告する「自首」による減刑はないとして、懲役1年4月を求刑した。

弁護側が供述調書から田中被告の動機を分析

 対する弁護側は冒頭、公判の前日に報じられた署名偽造関連の新聞記事を証拠採用するよう求めて提出。しかし、検察側は本公判に関連がないとして同意せず、裁判長も記事の信憑性を判断しかねるとして却下した。

 弁護側が提出したのは、運動団体の会長を務めた高須克弥氏が関わる「高須ホールディングス」の役員や社員が、佐賀での偽造に先立って名古屋市内で署名偽造をしていた疑いを報じる中日新聞の一面記事や、高須氏の女性秘書が愛知県警に書類送検された事実の一方、高須氏自身の調書が山口被告の公判で出てこないことに疑問を呈する朝日新聞名古屋本社版の記事のコピーとみられる。

山口被告の弁護側が証拠採用を求めてコピーを提出したとみられる中日新聞と朝日新聞の紙面。高須克弥氏の秘書の書類送検と合わせて、名古屋市内のビルで偽造作業をしていた疑いなどについて報じている(筆者撮影)
山口被告の弁護側が証拠採用を求めてコピーを提出したとみられる中日新聞と朝日新聞の紙面。高須克弥氏の秘書の書類送検と合わせて、名古屋市内のビルで偽造作業をしていた疑いなどについて報じている(筆者撮影)

 証拠としては却下されたが、弁護側はこの一連の動きも意識して、山口被告の情状酌量を求めて意見を述べた。

 その内容は、検察側が既に証拠提出していた捜査報告書や関係者の供述調書を引用して再構成し、弁護側から見た事件の経過や関係者の動き、思惑などを浮かび上がらせるものだった。

 田中被告が偽造を企てた背景については、「高須先生に今回認めてもらって、バックについてもらえれば、選挙やるにしても、何やるにしても強い」と、一緒に事務局を取り仕切った総務・経理担当者に発言したとする調書から、田中被告が高須氏の支援を得て衆院選に臨むためにリコールを成功させる必要があったと分析。事件は「田中被告の個人的な利益を動機として行われた犯行」であり、山口被告が田中被告に「巧みに利用された」との構図を示した。

不起訴の関係者との比較などから情状求める

 一方、山口被告が関わった佐賀県で偽造した署名には「指印(拇印)」が押されず、後に名古屋市内の生涯学習センターなどで田中被告が直接呼び掛けて指印作業が行われたとされる点に着目。そこでは大量のアルバイトなどは雇われなかったため、選管が不正とした36万人分の署名に指印するのは不可能で、仮提出されたものには「佐賀で偽造された署名以外の偽造署名が、相当程度含まれていたと考えられる」と主張した。

 この生涯学習センターの場所を予約し、朱肉やウェットティッシュなどを用意した上で、自らも指印作業に加わったのは、前述の経理担当者だった。この担当者は昨年9月下旬以降、田中被告から署名偽造の相談を受けて印刷業者への署名簿の発注や追加印刷などの作業を担当。そうした事務局内の実務に対して給料も受け取っている。今年5月に田中被告とともに逮捕されたが、6月には処分保留で釈放された。

 これに対して、山口被告は一連の作業について田中被告から全額の支払いは受けられず、経済的な損失があったとする。さらに、事件発覚をきっかけに会社の代表を退任。多数のメディアで氏名や写真、動画が公開され、ウェブ上で誹謗中傷されるなど社会的制裁を受けているとも訴えた。

 弁護士に付き添われて検察へ出頭した今年2月15日は、県選管が「被告発人不詳」で県警に告発している段階で、山口被告の行動は「自首」に当たるとも主張。こうしたことから弁護側は、公訴事実は争わないとした上で、起訴されていない経理担当者やその他の関係者と比べて不当に重い量刑がなされないよう、「罰金刑による処分」を求めた。

 最後に、山口被告自身が証言台に立って、こう述べた。

 「今回、すごくたくさんの方たちに迷惑をかけ、謝罪したい。その上で、まず自分の責任を理解し、向き合って、誰かのせいにしたり、逃げたりすることなく取り組んでいきたい」

 前回の公判後、今後のことについて「1カ月近く自問自答した」という。社会的弱者を守っていくのは、起業したポスティングサービスを通じてしていたことだったとして、これからは「犯してしまった罪を償う(自分と同じ)境遇の人たちをサポートする活動をやっていけたら」と述べた。

 判決公判は来年1月12日の予定。

ジャーナリスト

1973年横浜市生まれ。早稲田大学大学院理工学研究科(建築学)修了。中日新聞記者を経て2008年からフリー。名古屋を拠点に地方の目線で社会問題をはじめ環境や防災、科学技術などの諸問題を追い掛ける。2022年まで環境専門紙の編集長を10年間務めた。現在は一般社団法人「なごやメディア研究会(nameken)」代表理事、サステナブル・ビジネス・マガジン「オルタナ」編集委員、NPO法人「震災リゲイン」理事など。

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