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那須川天心、世界王座挑戦への青写真を読み解く─。「10・14アシロ戦」は本当に完勝だったのか?

近藤隆夫スポーツジャーナリスト
プロボクシング転向後、5戦目で初タイトルを獲得した那須川天心(写真:藤村ノゾミ)

残った2つの疑問

「腰にベルトは巻いたけど、俺の大事な顔に傷をつけやがって。顔で売ってるのに。格闘技を50戦して、初めて(顔が)傷ついた。この試合内容ですぐに(世界王座挑戦)はどうかなと思うので、来年中に世界戦どうですか、みなさん!来年に『那須川天心対世界』。もっと強くなってきます」

那須川天心(帝拳)はリング上からファンに、そう話した。

10月14日、東京・有明アリーナ『Prime Video Boxing 10』でジェルウィン・アシロ(フィリピン)に判定で勝ちWBOアジアパシフィック・バンタム級王座に就いた直後のことである。

デビュー5戦目での初タイトル挑戦で那須川は勝利したが、疑問の残る試合でもあった。

まず、9ラウンドのダウンシーン。あれは本当に「ダウン!」だったか?

試合後のインタビューで闘った両者は、次のようにコメントしている。

「皆さんも気づいていると思うが、あれはダウンではなく足を滑らせただけ」(アシロ)

「腹にパンチが当たり吹っ飛んで倒れたので、ダウンじゃないですか」(那須川)

記者席から観ていて「スリップだ」と思った。だが判然としないので映像で幾度も見直してみる。パンチによるダメージではなく明らかなスリップ。プロ野球のようにリクエストによるビデオ判定があったならば、ダウンは取り消されていたことだろう。

試合直後、インタビュースペースでメディアからの質問に答える那須川天心。左目上の傷は10ラウンド、偶然のバッティングにより負ったもの。プロ格闘技キャリアにおいて顔からの出血は初めて(写真:藤村ノゾミ)
試合直後、インタビュースペースでメディアからの質問に答える那須川天心。左目上の傷は10ラウンド、偶然のバッティングにより負ったもの。プロ格闘技キャリアにおいて顔からの出血は初めて(写真:藤村ノゾミ)

もう一つは、ジャッジペイパー。

98-91(スラット・ソイカラチャン/タイ)

98-91(吉田和敏/日本)

97-92(エドワルド・リガス/フィリピン)

ジャッジ3者は、5~7ポイント差をつけて那須川を支持した。そのため多くのメディアが「那須川完勝」と報じたが、果たしてそうか?

私の眼には、それほど差のないクロスファイトに映った。

前半から積極的に前に出てパンチを振るったのは那須川。だが、そのパンチのヒット率は高くない。むしろ、それをかわし続けたアシロの方が、カウンターで飛び込んで放ったパンチを那須川の顔面にヒットさせているようにも見えた。ただ、アシロのパンチにそれほどの威力がなかったことも確かだが…。

10ラウンド中、いずれかを明確に優位と見なせるラウンドは少なかった。それでも、どちらかを優位と判断するのが現在のプロボクシングの採点システム。よって採点に異を唱えるつもりはないが、ジャッジペイパーほどの差がある試合内容ではなかったのではないか。

ちなみに私の採点は、9ラウンドに那須川がダウンを奪ったと認めた上で〈95-94で那須川優位〉。大差をつけての那須川の完勝ではなく、僅差の勝負だったように思えた。

一夜明け会見でベルトを手に笑顔を見せる那須川天心。左は浜田剛史・帝拳プロモーション代表、右は元WBC世界フェザー&スーパーフェザー級王者の粟生隆寛トレーナー(写真:藤村ノゾミ)
一夜明け会見でベルトを手に笑顔を見せる那須川天心。左は浜田剛史・帝拳プロモーション代表、右は元WBC世界フェザー&スーパーフェザー級王者の粟生隆寛トレーナー(写真:藤村ノゾミ)

世界王座挑戦は来秋

さて、那須川の次戦はどうなるのか?

彼は現在(10月16日時点)、WBAとWBCで3位、WBO12位にランクされている。そして今回の勝利でさらなるランキング上昇が見込まれ、JBCが定める「世界挑戦には日本、東洋太平洋、WBOアジアパシフィックの王座獲得が必要」との要件もクリアしたことになる。

ならば、次戦で世界王座挑戦という選択肢もあるがそれはなさそうだ。

那須川は言った。

「来年じゃないですか。すぐじゃないと思う。あと1戦か2戦しっかりと勝って、そこから挑戦したいなと思っています」

<急ぐ必要はない。経験を積ませ、絶対に勝てる状態を作ってから挑戦させる>

これが帝拳サイドの方針のようだ。

決戦翌日、東京ドームホテルでの一夜明け会見の後に本田明彦・帝拳ジム会長は具体的プランを明かした。

「次の試合は来年2月、その後が6月。順調に行けば秋に世界挑戦をさせたい」

となれば、次戦は世界上位ランカーとの対戦、もしくはWBOアジアパシフィック王座を返上せずに、東洋太平洋バンタム級王者・栗原慶太(一力)との地域タイトル統一戦に挑むのか。

これまでの5戦はハードパンチャーとのマッチメイクはなされていない。そろそろ強打を誇る相手との対峙も見たいところだが─。正式発表を待ちたい。

スポーツジャーナリスト

1967年1月26日生まれ、三重県松阪市出身。上智大学文学部在学中から『週刊ゴング』誌の記者となり、その後『ゴング格闘技』編集長を務める。タイ、インドなどアジア諸国を放浪、米国生活を経てスポーツジャーナリストに。プロスポーツから学校体育の現場まで幅広く取材・執筆活動を展開、テレビ、ラジオのコメンテーターも務める。『グレイシー一族の真実』(文藝春秋)、『プロレスが死んだ日。』(集英社インターナショナル)、『情熱のサイドスロー~小林繁物語~』(竹書房)、『柔道の父、体育の父  嘉納治五郎』(ともに汐文社)ほか著書多数。仕事のご依頼、お問い合わせは、takao2869@gmail.comまで。

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