GTの観衆8万9400人!そろそろF1だけを頂点と考えるのはやめませんか?
晴天のゴールデンウィークに開催された「SUPER GT」第2戦・富士スピードウェイの観客動員数が2日間合計で8万9400人に達したことが発表された。決勝日だけで5万7200人を動員し、グランドスタンドは超満員の観客で溢れた。
ゴールデンウィーク開催の「SUPER GT」富士ラウンドは毎年多くの観衆が訪れ、周辺道路も大混雑する事で知られるが、観衆は前年よりも2日間でさらに9300人増え、決勝日の8700人増という事実は「SUPER GT」の驚異的な人気の高まりを示している。もちろん、景気の回復も大いに理由と考えられ、他のレースイベントも動員数は回復傾向にあるが、元々決勝日に5万人近くを動員する人気があった所にさらにこれだけの観客増なのだから、「SUPER GT」は国内レースの中で別格の存在になりつつある。
クルマファンの減少に反比例する人気
「SUPER GT」富士ラウンド(ゴールデンウィーク開催)の過去の動員データを見てみると、2011年の震災直後の大会は観客動員数が減少しているものの、最近の観客動員数はリーマンショック直後の2009年を上回り、さらに伸びて行く傾向だ。
2009年当時もSUPER GTの人気は高かったが、当時は自動車メーカーがディーラーなどで顧客に配布する無料チケットを利用して来場する人も多かった。ここ数年でそういった類いのチケットは減少し、現在は純粋にレースを楽しみに来場するファンの数が増加したことが動員数を伸ばす一因になっている。かつては一部の熱狂的なファンとVIPの招待客向けだった「パドックパス」(ピット側に入場できる券)も争奪戦になっており、高額チケットの売れ行きも各サーキットで伸びているという。
また、以前と比べて大きく変わった部分は来場者のクルマ。10年程前のサーキットの駐車場は「トヨタ・スープラ」や「日産スカイラインGT-R」「ホンダ・インテグラ」などエアロパーツを装着したスポーツカーがワンサカ停まっていたものだが、ここ数年はエコカーやファミリーカーが大多数を占め、ドレスアップされたスポーツカーでの来場は少数派になった。
かつてはクルマ好きのエンスーが主に来場したイベントが、今はそのエンスーたちがファミリーファンとなり、親子でレースを楽しんでいる。クルマに興味を示す人が減る中でも、かっこいいクルマのレースを見にくる人が反比例的に増えているのだ。特にクルマに興味の無い世代と言われる20代の若者の姿が目立つ。
痛車などが新しいファンを呼び込む
かつて、GTのレースに来場する若者と言えば、スポーツカーに乗るヤンチャな雰囲気の男性ファンが多かったが、最近のSUPER GTに来場する若者には純粋なレースファンが多く、マナーもとても良い。カップルで来場し、一緒にあちこちの出展ブースを周り、トークショーを楽しむ姿も目立つようになってきた。
クルマ好きが少ない世代を呼び込んでいる一因が、SUPER GTのGT300クラスで多数走る「痛車」の存在。マシンにアニメやゲームの「萌え」なキャラクターが描かれたクルマが2008年から登場。当初はキワモノ扱いされていた「痛車GTマシン」だったが、それまでサーキットに来場したことが無かったファンが多数来場したことで、ここ数年は「痛車」の数が一気に増加。「痛車」の先駆けとなった「初音ミク・BMW」が2011年にGT300クラスのシリーズチャンピオンに輝くと、「痛車」はもはやSUPER GTに欠かせない存在になった。
ただ「痛車」が走るだけでなく、チャンピオンまで獲ってしまうのだから、それまでレースやクルマに興味が無かった人たちも一気に虜になってしまったのだ。ドライバーがそのキャラクターとリンクしていようがしていまいが関係なく、「痛車」を勝利に導くドライバーとチームのレースそのものに魅せられている人が増えている。こういった痛車の活躍は若者が来場しやすい雰囲気を作っている大事な要素の一つになっている。
ネットでの盛り上がりもすごい
SUPER GTのレースが近づくと、TwitterではGT関連の話題が多数ツイートされる。土曜日の公式予選は「ニコニコ動画」で生中継され、大量のコメントが中継動画を埋め尽くし、ファンが応援のメッセージを送る。始まった当初は「痛車」の応援コメントが目立っていたが、ここ最近はレースそのものに関するツウなコメントもガンガン流れ、レース全体の高揚感がネットからも高まってきている印象だ。
日曜日の決勝レースは「ニコニコ動画」では放送されず、CSの「J SPORTS」で有料の生中継となるが、それでもTwitterのツイートは#supergtのハッシュタグを付けたGT関連のコメントで溢れかえる。今やそのコメント数、F1にも負けない程の盛り上がりになっているとさえ感じる。
米国NASCARの雰囲気に近づくSUPER GT
「SUPER GT」の人気を支えているのは現代の新しいツールを使ってもりあがるファンだけではない。今やドライバーやチーム、スポンサーが積極的にTwitterやFacebookのようなSNSを活用し、リアルタイムで情報をファンに提供している。数年前まではレース直前のツイートなんて「レースを真剣に戦っていない」という印象を与えかねないものだったが、レース前後にファンに対してメッセージを送り、それに対してファンが応援のコメントを送るのは今や当たり前のこと。「SUPER GT」は先日の富士ラウンドでGT500が15台、GT300が24台と台数が多く、チームの数、ドライバーの数、スポンサーの数も多いため、パドック側から発信される情報は凄まじい量だ。チームやドライバーとの距離の近さが縮まっていることがファンをさらに惹き付けている理由だろう。
また、10年程前は昼休みに行うファンサービス「ピットウォーク」に参加してもドライバーが出てこないというのはザラにあったが、今はチームもドライバーも積極的にファンサービスを行っている。通常の「ピットウォーク」に加えて、土曜日の夕方にキッズ向けに行う「キッズ・ピットウォーク」を行っており、これもSUPER GTが他に先駆けて行った企画。予選終了直後、明日に向けてのミーティングで忙しい時間に行われるが、選手とチームは積極的に子供と触れ合いファンサービスを行う。
以前は自動車メーカーがライバル心剥き出しで戦い、ピットのピリピリした雰囲気が半端なものではなかったGTのレース。自分たちの結果のためにレースをしていたチームの雰囲気は徐々に「ファンと一緒に戦う」姿勢に変化し、年を追うごとに来場するファンに向けた各チームの取り組みは積極性を増している。ピットウォークや各出展ブースの配布物も多く、なおかつ選手と気軽に触れ合えるチャンスがたくさん用意されており、来場するファンの満足感はどのレースよりも高いはずだ。
こういったファンに向けたレースという雰囲気はアメリカで国民的人気を獲得している人気レース「NASCAR(ナスカー)」が積極的に作り出してきた。SUPER GTのサーキットでの雰囲気はこれに近づいていると感じる。誰が勝つか、どのクルマが速いか、レースが好きかどうかは関係なく、ファミリーやグループでそれぞれの応援する対象が存在し、ファンサービスで触れ合い、レースを楽しむ。SUPER GTの雰囲気はとても良い。
メーカーの積極的なプロモーションにも期待
「SUPER GT」では今年からホンダ、トヨタ、日産がメーカー参戦するGT500クラスのマシン規定を刷新した。これまでは各メーカーが独自のノウハウで作り上げた独自のレーシングカーで戦っていたが、車体に使用する多くのパーツを共通化した。これはレーシングカーにかかる開発および製作コストを抑えることが主な目的で、戦うクルマの予算を削減した分をプロモーションとして活用して欲しいという思いがある。
この発想はSUPER GTがパーツの共通化を行った「DTM(ドイツツーリングカー選手権)」やアメリカの「NASCAR」でも採用されている手法で、日進月歩の強烈なマシンの進化と競争を促すのではなく、共通したものを使って真剣勝負のピュアなレースを展開し、観客を楽しませようという考えだ。実際に今シーズンから投入した新型マシンのコストがどれだけ削減できるのかは分からないが、市販車に直接フィードバックできない「このレースに勝つため」の開発コストよりも、ファンに触れ合い、ファンにPRするための宣伝コストに資金を投入するほうがメーカーにとっても後々のリターンが多いはずだ。決勝日だけで5万人が来場し、全国のサーキットで安定した観客動員を誇る「SUPER GT」の会場は、スポーツカーの売れ行きに直結しなくとも、絶好のプロモーションの場であることは間違いないのだから。
サーキットの盛り上がりを一般社会へ
これだけ多くの観客が楽しむ「SUPER GT」のレースだが、モータースポーツの頂点は「F1」と捉えるメディアが多く、まだまだ報道が少ないのが残念だ。確かにF1はモータースポーツのピラミッドの中では頂点に位置し、SUPER GTは日本独自のフォーマットで行われるレースなのだが、国内トップドライバーのほとんどが参戦するハイレベルなレースで、観客動員が多いだけに、もっと一般メディアでの報道が行われても良いと思う。F1には確かに一般的な訴求力があるが、今のSUPER GTにも充分な訴求力があるはずだ。
昨年からGT300クラスに積極的な関与を行っているドイツの「BMW」は最近の好調ぶりを好機と捉え、日本経済新聞にSUPER GTに関連した全面広告を出している。後日、富士ラウンドでも優勝し、開幕2連勝を果たした「初音ミク・BMW」の写真が大きく掲載されるはずだ。かつてはF1でこういうレース結果を伝える広告が出された時代があったが、(来年からホンダが復帰するが)日本企業の関与が少なく、ちょっと遠い存在のF1よりもSUPER GTを使ったプロモーションは意外と灯台下暗しな好材料なのかもしれない。
とはいえ、世間的な自動車レースのイメージはまだまだ国民全員に受け入れられるものではないのも事実。しかしながら、今までの「クルマへの関心」とリンクさせるだけに留まらないSUPER GTの盛り上がりはちょっと放っておけない存在になりつつある。自動車レースに対する理解が深まり、世間的にもっとメジャーな存在になって欲しい。
【SUPER GT】
1993年に「全日本GT選手権」としてスタート。本格的なスタートは1994年から。500馬力のGT500クラスと300馬力のGT300クラスが存在し、共に同じレースを混走で戦う。2005年から国際シリーズ化を目指して「SUPER GT」に改称。2014年シリーズは全8戦で争われ、第7戦は初開催となるタイでのレース開催を予定している。国内レースの中での人気は随一。SUPER GT公式サイト