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世界の28,686人の患者データから見るアトピー性皮膚炎の最新治療動向

大塚篤司近畿大学医学部皮膚科学教室 主任教授
(提供:イメージマート)

【アトピー性皮膚炎とは?症状と治療の基本を理解しよう】

アトピー性皮膚炎は、かゆみを伴う慢性的な皮膚の炎症を特徴とする病気です。子どもから大人まで幅広い年齢層で発症し、世界中で多くの人が悩まされています。皮膚のバリア機能の低下、免疫システムの異常、アレルギー反応などが複雑に絡み合って起こると考えられています。

アトピー性皮膚炎の症状は、年齢によって異なることがあります。乳幼児では、頬や頭皮に湿疹が現れることが多いですが、年長児や大人では、肘の内側や膝の裏側などに湿疹ができやすくなります。湿疹は、赤み、腫れ、かゆみ、湿潤、痂皮(かひ)などの特徴があります。

治療の基本は、皮膚の炎症を抑えることと、かゆみを和らげることです。まず、保湿剤を使って皮膚の乾燥を防ぎ、バリア機能を回復させることが大切です。次に、ステロイド外用薬や免疫抑制外用薬を使って炎症を抑えます。かゆみに対しては、抗ヒスタミン薬の内服が用いられます。

しかし、これらの治療で十分な効果が得られない中等症から重症の患者さんには、全身療法や光線療法が選択肢となります。全身療法には、免疫抑制剤、生物学的製剤、JAK阻害薬などがあります。光線療法は、紫外線を使って皮膚の炎症を抑える治療法です。

【149の臨床試験から見えてきた全身療法の効果と副作用】

研究者らは、世界中で行われた149のランダム化比較試験(RCT)に参加した28,686人の患者さんのデータを集めて解析しました。75の全身療法と光線療法の効果と副作用を比較するために、ネットワークメタ分析という手法を用いました。

その結果、JAK阻害薬の1つであるウパダシチニブの高用量が、皮膚の状態、かゆみ、睡眠障害、生活の質など、6つの患者さんにとって重要なアウトカムのうち5つで最も効果的であることが分かりました。ただし、ウパダシチニブは副作用の増加においても最も有害な治療法の1つでした。

同じくJAK阻害薬のアブロシチニブの高用量と、ウパダシチニブの低用量も、2つのアウトカムで最も効果的でしたが、副作用の増加も目立ちました。特に、ヘルペスなどのウイルス性皮膚感染症のリスクが高まることが示唆されました。

一方、IL-4とIL-13というサイトカインを標的とする生物学的製剤のデュピルマブ、レブリキズマブ、トラロキヌマブは、中程度の効果を示しながらも、副作用の増加は比較的軽度でした。ただし、結膜炎のリスクがやや高まることには注意が必要です。

従来の免疫抑制剤であるシクロスポリン、メトトレキサート、アザチオプリンなどの効果と安全性については、十分な証拠が得られませんでした。光線療法については、ナローバンドUVBが睡眠障害の改善に効果的である可能性が示されました。

【患者さんに合った治療法選びのポイント】

アトピー性皮膚炎の治療法を選ぶ際は、効果と副作用のバランスを考えることが大切です。症状の改善と生活の質の向上を最優先する患者さんは、最も効果が高いとされたJAK阻害薬を選ぶ傾向があるかもしれません。一方、重大な副作用を避けたい患者さんは、生物学的製剤など、より安全性の高い治療法を選ぶかもしれません。

また、アトピー性皮膚炎は慢性的に再発する病気なので、長期的な治療効果と安全性も考慮する必要があります。今回の研究では、最長52週間までのデータが含まれていましたが、さらに長期的な研究が求められます。

治療法を選ぶ際は、患者さん一人ひとりの状態や生活スタイル、価値観などを考慮することが大切です。医師と患者さんがよく話し合い、最適な治療法を決めていくことが重要でしょう。

【JAK阻害薬と生物学的製剤の可能性と課題】

今回の研究で注目されたJAK阻害薬と生物学的製剤は、アトピー性皮膚炎の新たな治療選択肢として期待されています。JAK阻害薬は、炎症に関わるシグナル伝達を幅広く阻害することで、皮膚の炎症を抑制します。生物学的製剤は、炎症を引き起こすサイトカインを特異的に阻害することで、炎症反応を抑えます。

これらの治療法は、従来の治療で十分な効果が得られなかった患者さんに新たな可能性をもたらすかもしれません。しかし、副作用のリスクや長期的な安全性については、まだ十分に分かっていません。

また、これらの治療法は高価であるため、医療経済的な側面からも議論が必要です。患者さんが安心して治療を受けられるよう、医療制度の整備や支援体制の充実が求められます。

アトピー性皮膚炎は、患者さんのQOLに大きな影響を与える皮膚疾患です。今回の研究結果は、患者さんと医療者が協力して、最適な治療法を選択するための重要な情報源となるでしょう。同時に、長期的な有効性と安全性に関するさらなる研究や、医療制度の整備など、課題も残されています。今後の研究の進展と、患者さんの生活の質の向上に向けた取り組みに期待が寄せられます。

参考文献:

Chu AWL, Wong MM, Rayner DG, et al. Systemic treatments for atopic dermatitis (eczema): Systematic review and network meta-analysis of randomized trials. J Allergy Clin Immunol. 2023;S0091-6749(23)01112-0. doi:10.1016/j.jaci.2023.08.029

近畿大学医学部皮膚科学教室 主任教授

千葉県出身、1976年生まれ。2003年、信州大学医学部卒業。皮膚科専門医、がん治療認定医、アレルギー専門医。チューリッヒ大学病院皮膚科客員研究員、京都大学医学部特定准教授を経て2021年4月より現職。専門はアトピー性皮膚炎などのアレルギー疾患と皮膚悪性腫瘍(主にがん免疫療法)。コラムニストとして日本経済新聞などに寄稿。著書に『心にしみる皮膚の話』(朝日新聞出版社)、『最新医学で一番正しい アトピーの治し方』(ダイヤモンド社)、『本当に良い医者と病院の見抜き方、教えます。』(大和出版)がある。熱狂的なB'zファン。

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