トヨタ・ミライが描く未来とは?
昨年、プロトタイプ試乗会を伊豆サイクルスポーツセンターで開催したトヨタの燃料電池車「MIRAI(ミライ)」の公道試乗会が、今週横浜を拠点に開催された。
ミライは燃料電池を搭載し、ここで発電して得た電気を使ってモーターを駆動し走る仕組み。700気圧のタンクに圧縮水素を充填し、この水素と空気が燃料電池内で化学反応し、電気と水になる。この電気を使って走り、水を排出するわけだ。
では、実際に乗ってみるとどんな感じなのかというと、電気自動車とほぼ変わらないフィーリングだ。これは駆動がモーターによって行われているからで、その感覚自体は変わらない。ただ、燃料電池車の場合は発電しながら走るため、アクセルを踏み込むと水素と空気を燃料電池へ送り込むための機器の音が聞こえる。コンプレッサーが回って空気を送り出すような音だ。
とはいえ基本的には静粛性が高い。ガソリン車のようなエンジンの音や振動がないため、聞こえるのは先の音に加えて、タイヤと道路が接する音(ロードノイズ)くらい。面白いのは極めて静粛性が高いがゆえに、ロードノイズがガソリン車等よりも大きく感じること。エアコンも風量を強くすると、ファンの音が良くわかるくらい静かだ。
加速はとても力強い。電気自動車に乗ったことがある方はわかると思うが、モーターはすぐに大きな力を供給できる。エンジンの回転上昇に応じて力が出る内燃機関とは違った印象。しかも力強い上に静かなため、得られるフィーリングもとても気持ちよい。加えてトランスミッションによる変速がないため、非常に滑らかな感覚が得られる。
ミライはモーターや燃料電池、水素タンクといった構成物を、できるだけ車両の中心の低い位置に集めて搭載しているため、乗り味も独特の感覚がある。全高は1500mm以上と決して低くないのだが、実際に走ると路面に吸い付くような感覚があるのはそのためだ。また乗り心地にも優れており、これまでの自動車では感じたことのない新鮮な乗り心地の良さがある。これも構成物がガソリン車とは異なるからゆえか。
その一方でカーブでハンドルを切ると、身のこなしがとてもしなやかなのも特徴的だ。重いものが低い位置にあるために、カーブでふらつく感じがなく、とても滑らかに曲がっていく感覚がある。この辺りはまさに、従来の内燃機関を積んでいないクルマならではのものだ。そんな具合で、実際に走らせた時の印象はとても好ましいものだった。
やや残念だったのは、安全装備に関して。最近ではイザという時の自動ブレーキや、前のクルマとの距離と速度差を把握してアクセル/ブレーキをクルマが制御するアダプティブクルーズコントロールが当たり前になりつつある。そうした中でミライは、自動ブレーキもアダプティブクルーズコントロールも備えるが、最新のものからすると少し差がある。自動ブレーキは最近のトレンドであるレーダー+カメラ式の一歩手前となるもので、アダプティブクルーズコントロールは全車速域対応ではない。つまり、前車に追従して停止まではサポートしない。また最近では、ステアリングアシストを行うクルマも増えつつあるが、そこまではサポートされていない。パーキングブレーキも最近のトレンドである電動式ではなく、旧来からの足踏み式となる。
もっともこの辺りは、ミライの開発スケジュールとトヨタの安全装備の展開時期とのズレによる。ただ、先日改良されたカローラが、Toyota Safety Sense Cという衝突支援回避パッケージを展開しているだけに、先進的なクルマであるミライではそれ以上の装備を備えてほしいし、この分野でもリッチな内容で新しさを表現してほしいと感じるのが本音だ。しかもこうした安全装備はメカニズムの構成上、後からアップデートすることが困難なものでもある。とはいえトヨタ的には機会があればアップデートを図ろうという狙いはあるはずだ。
そうした装備に対する不満はさておき、問題となるのはインフラ。つまり水素を充填するステーションがいかに増えていくか、ということ。本日の試乗会で水素ステーションの説明のために参加したJX日鉱日石エネルギーによると、現時点では1都4県に24箇所が整備されており、2015年には4台都市圏に16箇所を整備予定だという。もちろんこの他に他の事業者も参入するわけでさらに水素ステーションの数は増えて行くわけだが、水素ステーション建設のためのコストは現状でガソリンスタンドの4倍となる約4.6億と言われており、補助金なしでは実現しないものでもある。この辺りも当然、コスト削減を目指す方向ではあるが、ビジネスとして確立されるにはまだ時間を要するのは間違いない。
一方、補助金といえばミライの車両価格は723万6000円だが、国からの補助金が202万円、東京都であればさらに101万円の補助金が出るため、ユーザー負担は420万6000円となる。現時点では補助金の割合も額も相当に大きいゆえに、こちらに関しても様々な疑問符がつく感は否めない。とはいえ、純粋なユーザー視点で商品としてみれば、世界で見ても最先端の自動車を400万円代で手にすることができる、という事実には魅力も感じる。しかし現時点でミライの生産体制は日産3台となっており、現時点ではすでに数年待ちというウェイティング・リストとなっているようだ。もちろんこれに対してトヨタも増産体制を決めており、わずかずつだが待ちは解消されていく方向だ。
政府が推し進める水素社会へのロードマップが今後どのように展開し、その中で重要な役割を担う燃料電池車がどのように普及していくのか、また世界の中にあって日本がいち早く市販を実現した燃料電池車がどのようにイニシアチブをとっていくのか? 筆者にはとうてい推し量れない話だが、これまでとは異なる世界を創ろうとする意志は、確実に拡がっていることを感じた試乗会でもあった。